動乱群像録 115
「明け渡すから待っていてくれ?」
醍醐は一人呆然と池の使者からの話を聞いてそうつぶやいてしまっていた。南極基地の包囲はほぼ完成し、いつでも突入を開始できる状況。それに合わせるように音信を途絶していた池の南極基地防衛部隊から使者がやってきたことだけでも十分驚くべきことだが平然と明け渡すと言い放った池幸重の息子池昌重中佐の言葉にただ呆然とするだけだった。
「お分かりになりませんか?部隊には元々烏丸公の恩顧の兵が大勢います。彼等を説得して投降させる。これに時間が必要なのはお分かりになりますよね?」
若きエリート士官。自分もそうだったがまるで言葉に酔っている様な表情が醍醐の気に障った。
「なるほど。分からないことではないな。でもそうは待てないぞ」
「三日。それで十分でしょう」
あっさりと答える池の次男。長男は海軍に勤務しており、第三艦隊所属の巡洋艦『愛宕』の副長をしていることを嵯峨は思い出した。
「やはり君も兄弟のことが気になるのか?」
そう尋ねてみるがこの場に連れ出されてからずっと崩れない笑みのまま使者は一言も話さなくなった。
「どうしますか、司令」
参謀の一人が声をかける。そしてその様子は醍醐から見てもこれが好機だと思わせるような用件だった。たとえ力任せに攻め寄せれば停泊中の軍用艦をすべて破壊する位のことは誰でも考え付く。そしてそのような事態になれば第三艦隊と清原准将貴下の揚陸艦を中心とした烏丸派の艦隊の激突には間に合わなくなる。
「もう一度聞くが確かに明け渡してくれるんだね、無傷で」
その醍醐の声に黙って大きく池昌重は首を縦に振った。
「他に選択肢はないですよ。とりあえず待ちましょう……それでだめなら……」
右目に眼帯をつけた初老の参謀が残った左目で昌重をにらみつける。それでもまったくその笑みは崩れることを知らない。
「それでは少し会議を開くから席を外してくれないか」
醍醐のその言葉に昌重の笑みはさらに明るくなるように見えた。