動乱群像録 114
そこまで聞いて安東は気がついた。
「やはり脅しに来たんだな……恭子のことで」
初めて楓の顔が驚愕のそれに変わるのでようやく安東は落ち着くことができた。
「体が弱い人間を出しに脅す。新三郎か……入れ知恵は」
その言葉に一瞬にそれまでの強気の楓の表情が崩れた。そしておずおずと頷く。安東は安心して立ち上がった。
「俺の決意は変わらない。手紙ならそのまま持って恭子に渡してくれてかまわないぞ」
「渡す?私を見逃すと言うんですか?」
今度は驚いて見せたのは楓だった。それを無視するように安東はそのままドアのところの端末を起動していた。
「いいんですか?」
「何が?」
すでに起動して画面には担当士官の顔が映っているのに振り向く安東。その冷たい視線を見つけて楓は静かにうつむいてしまっていた。
「お客さんはお帰りだ。一応第三艦隊所属の特機だから管制官に間違えられて撃ち落されると拙いからちゃんと連絡をしておいてくれ」
それだけ言うと安東はすぐに端末を閉じてしまった。
「帝都には恐らく五時間くらいで着くだろう。準備は好きにしてくれてかまわない。何なら護衛でもつけるかね」
笑みがあるというのにその安東の目は笑っていなかった。楓は静かに頷く。
「忠さんも新の字も俺が昔のお調子者だと思いたいんだろうな。俺も忠さんには要領のいい兄貴分であって欲しかったし新の字は飄々とした天才気取りでいてくれればよかったんだがな」
遠くを見るような安東の視線。それを見て楓は彼等高等予科の三羽烏達がすでに共存できない領域にまでこの戦いが来ているという事実をしみじみとかみ締めることになった。