動乱群像録 112
「時に安東大佐……」
勿体をつけるように楓がつぶやく。まだ幼く見えるその言葉に警戒感を持っている自分を知って安東は苦笑いを浮かべていた。
「何か言いたいことがあるのかね……」
「法術と言うものをご存知ですか?」
突然の話題の変化に安東は呆然として楓を見つめた。
安東も知っていた。遼州人の一部に地球人には無い力を持っている人物がまれに見られることを、そしてその力を持っていた存在の一人が目の前の少女の父親だと言うことも分かっていた。実際、予科の時に嵯峨がふざけ半分で手に彫刻刀を突き刺しても血が出ないと言う他愛も無いそして信じがたい芸をその目で見ていなかったら今の引きつる頬を説明することはできなかっただろう。
「君がその術士だとでも言うのかね?」
そのようにカマをかけてみても少女は黙って微笑んでいるだけだった。
「君の父親の力を受け継いでいるのかね?」
もう一度安東は尋ねる。そこでようやく少女はまじめな顔をして首元に手をやった。
「頚動脈。重要な血管ですよね……ここを絞められると何分くらいで脳が酸欠状態になるか……試してみたことはありますか?」
「今度は脅しか」
不敵に笑う楓。安東がもし彼女が嵯峨惟基の娘であることを知らなかったら。そして嵯峨惟基がかつての彼の友人の西園寺新三郎と同一人物であることを知らなかったら。そのまま少女とはいえ殴り倒していたことだろう。だが事実は彼女は嵯峨惟基の娘であり、西園寺新三郎は絶家の嵯峨家をついで嵯峨惟基と名乗っていた。
「何が狙いだ?」
楓の笑みにようやく安東はそれだけ答えた。
「僕の望みはそれほどたいしたことではありません……いや、安東さんには難しいかな……」
そう言って少女は安東を見上げて再びにんまりと笑った。