動乱群像録 111
「そういえば新の字は元気かね?」
思わずそう言ってしまったと思ったのは安東だった。
「父上のことは私は知りません。事実上の家出状態ですから」
平然とそう言う楓にかつての友の表情を思い出す。
『やはり新三郎の娘だけある。喰えないな』
心の中でそう思うと安東の頬は緩んだ。何を考えているのかまったく分からない突拍子の無い友人、西園寺新三郎。同期だった胡州軍高等予科学校時代も、士官学校を経ずに直接陸軍大学に入学した際も、社交界で名の通ったエリーゼ・シュトルンベルグを妻にすると言い出したときもまったく安東の理解の外にいた友。
そんな男と同じようにポーカーフェイスで黙り込んでいる楓の前の椅子に座り苦笑いを浮かべている自分がずいぶんちっぽけに見えてくるのを安東は感じていた。
「まあ忠さんも新の字に遠慮して君を戦場から遠ざけたわけか……それなら……」
「どうするんです?」
まったく持って父と似て先に先にと話題を振ってくる。安東はさすがにこれには苦笑した。
「君の任務はこの手紙を恭子に届けることだろ?」
「まあそういう話ですが……個人的にはここで大佐殿と刺し違えると言うのも一つの任務遂行の形態だと思うのですが」
「ずいぶん物騒なことを言うじゃないか。何か武器でもあるのか?」
安東の言葉に不敵に笑う楓。身体検査は済んでいる。パイロットスーツのバックパックのパルス推進器も外してあり、完全に素手と言う楓。格闘術なら身長では互角の楓に対して安東は負ける気はしなかった。
「何か持ち込んできているのかな」
黙り込んでいる楓は今度は笑みを浮かべてきた。こういう口でのやり取りはさすがにその父の嵯峨惟基、かつての西園寺新三郎を髣髴とさせて安東にまでその笑いは伝染した。