動乱群像録 110
「連行しました」
そういう言葉に安東は一人複雑な表情を浮かべていた。
先行している巡洋艦『羽黒』艦内。そこに第三艦隊から発進した三式が捕獲されたのはある意味奇妙に思えて思わず首をひねった。そしてそのパイロットが親友嵯峨惟基の娘である正親町三条楓曹長だったと言うことでさらにそれを命じた赤松忠満の真意を測りかねていた。
狭い営倉につれてこられた楓はヘルメットを脱いでその長い後ろ髪を整えると壁際に立っていた安東の方を見上げてきた。
「君達は席を外したまえ」
安東がそう言うと教導学校の生徒である彼の部下は固そうな敬礼をしてそのまま部屋を出て行った。
「久しぶりだね」
そう言うと楓の正面のパイプ椅子に安東は腰を下ろした。机の上には一通の書状。筆まめな赤松らしい踊るような筆の書体が踊っているのが見える。
「ごらんにならないんですか?」
誰もその書状に手を触れなかったらしく、楓はいかにも自分の行為が無駄だったと言うような諦めた調子で訪ねてきた。
「忠さんのことだ。貴子姉さんに書状を出すと言うのは口実だろ?」
そう言いながら部下達にも確認させなかった書状を開きにかかった。じっとその手を見つめる楓に少しばかり照れながら安東は書状を開いた。予想通りそれは安東の妻であり赤松の妹に当たる安藤恭子への手紙だった。
「あまりにも読める展開だな。これで俺が動揺すると思っているのかな、忠さんは」
「それは無いんじゃないですか?公私混同は元々しない人ですから」
「そうだ。だからこそ狙いが読めない……」
しばらく安東は考えた後、ふと不安そうに目を泳がせる楓を見つけた。
「……いや、ある程度読めたよ。まったくこういうことには気の回る奴だ」
呆然とする楓。それを見て安東は一人合点がいったように頷く。書状はあくまで口実。問題は目の前の少女の処遇にあった。安東も赤松も公私混同をすることは無い。だが、正親町三条楓の父である嵯峨惟基にもそれが当てはまるかは別問題だった。切れ者で鳴らし、表情をほとんどその自虐的な笑みの底に沈めていた予科学校での悪友が何を考えているのか。安東はそれが昔から分からなかった。