動乱群像録 108
古風な筆で書かれた書状を開いた醍醐はしばらく沈黙した。参謀達はその様子を静かに見つめている。沈黙が続いた後、いかにも意外だと言う表情で醍醐は書状をテーブルに置いた。
「降伏するから時間をくれ?」
醍醐の言葉に幕僚達はざわめく。明らかに誰もの予想を覆す書状の内容にそれぞれが顔を見合わせた。
「時間稼ぎじゃないですか?」
「だろうな」
眼鏡の参謀の言葉に醍醐は苦笑いを浮かべた。すでにいつ第三艦隊はかなりの船速で清原側の艦艇群に向かっているのは誰もが知っていた。そして時間が惜しいと言うことにかけては一番知り尽くしているはずの醍醐が苦笑いを浮かべているのが奇妙に覚える参謀達は黙ったまま彼を見つめていた。
「だが、現状で南極基地の施設の無血接収は利益になるな」
醍醐のそんな言葉に参謀達はいきり立つ。
「池さんがそういう事を言っているのには理由があるはずです!それを見極めてから……」
「いや!即攻撃をかけるべきです!防御体勢の準備のための時間稼ぎですから」
「出撃命令を!」
下手の部隊指揮官達は逸ったように叫ぶ。だが醍醐はそれを見てもただ静かに座っているだけだった。
「どう思うかね、君達も若いのとおんなじ気持ちか?」
そう言う総指揮官の言葉に参謀達は沈黙した。攻撃を仕掛けて基地の施設が損壊すれば第三艦隊の支援にはとても間に合わない。またずるずる時間を引き延ばす池の策略に乗っても同じこと。
「無益な血を流さずに済む選択肢としてはいいことかもしれません」
手前に座っていた頬に傷のある大佐の言葉に満足げに醍醐は頷いた。
「私も書状を書こう。あいつとは同僚だからな。どういう返事が来るか楽しみだ」
そう言って無理のある笑みを浮かべると醍醐は立ち上がって静かに背を向けた。それを見た参謀達は立ち上がり、それぞれの持ち場へと散っていった。