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君だけの青春が、ここにある  作者: 天満川鈴
前章:21年前
8/31

EP08:1996年6月16日「アホ大って聞いた時は『現実見えない可哀相な奴』って思ったけど」

 厚生省の外へ出る。


「どこへ行くつもりだ」


「いいところ♪」


 わざと浮かれ調子で誤解させるような言い方しやがって。

 絶対そんなわけあるか。


「どこでも付き合うから、そろそろ離せ」


 どこであろうと、あのまま江田さんに付き合わされるよりはましなはずだ。


「むしろ『まだまだ肩組んでてくれ』じゃないのか? 行きがかり上仕方なかったとはいえ、ボクとくっつけるなんて光栄に思って欲しいところなんだけどな」


 確かにそうかもしれないけど、自分で言うか。


「くっつきすぎだ! ずっと胸が当たってるんだよ!」


 瞬間、出口が離れた。

 さらにずずっと後ずさる。


「ボクの、この小さな胸に欲情するなんて、変態?」


「欲情言うな! 女の胸に大きいも小さいもない!」


「往来でそんなこと叫ぶなんてドン引きだぞ」


「叫ばせてるのは出口だ!」


 出口がくすりと笑う。


「井戸が真面目なのはわかるよ。江田に手を握られて固まってたくらいだもんね」


 本読んでたくせに見てたのかよ。


「もういいや。これからどこへ?」


「答える前に聞きたい。『私は合格している自信があります』なんて郷原補佐に大見得切ってたけど、どのくらいできたの?」


 これも見てたのかよ。


「解答見て採点したわけじゃないから正確なところはわからないけど、専門は八割くらい。教養は足切りラインの二〇点は超えたはず」


「つまり曖昧なわけだね。行き先は決まった」


 出口が地下鉄霞ヶ関駅の階段を下り始める。


「どこへ?」


「郷原補佐の言う通り『夢想』なのか、それとも『現実』なのか確かめられる場所だよ」


 ほむ?


※※※


 丸の内線に乗り、後楽園駅で降りる。

 少し歩いて到着したのは「RECセミナー 水道橋校」。

 いわゆる公務員受験の専門学校だ。


 中に入る。


「ちょっと待ってて」


 出口が受付に行き、戻ってきた。

 もらったらしい冊子を差し出してくる。


【平成8年度 国家一種試験 解答速報】


「もう出てるんだ!」


 昨日試験終わったばかりだぞ。

 しかも問題持ち出し禁止なのに、どうやって。


「改めて自己採点をしてみようか。解説もついてるから思い出せるだろ?」


 ──喫茶店ルノアールに移動。


「ルノアールって、ふかふかしたソファーが気持ちよくって好きなんだ」


 慶應ときたらお洒落でお嬢様なイメージがあるだけに、ちょっと意外。

 チェーン系より流行りで洒落た店を好みそうなものだけど。


 ただ、俺も好きだ。

 広々していて席の間隔が離れてるから隣に気兼ねせず会話できるし、考えに没頭することもできる。


 そして目の前の自己採点にも落ち着いて取り組める。

 出口の言う通り、解説がついてるから当日の解答を思い出しやすい。

 正答したものには○、間違えたものには×。

 マークシート方式だから、わからない問題には全て「4」をマークした。

 お、この問題も「4」で拾えてるぞ。

 印を付け終わったので数えていく。


「自己採点終わったよ」


「どうだった?」


「教養が二二点、専門が四二点」


 合ってると思ったところは全て合っていた。

 むしろ「4」で教養2問、専門2問上乗せできた。

 教養二〇点獲れれば足切りをクリアでき、その上で専門三八点獲れれば最終合格できると聞いている。

 これなら「合格している」と口にしても恥ずかしくないはずだ。


 しかし出口は、ある意味郷原補佐よりも残酷に俺の夢想を打ち砕いた。


「随分と自信満々だけど、今年の専門はそのくらいとれて当然だよ。簡単だったから満点が続出してる」


「そうなんだ!?」


 なんてこった。

 つまり今年の試験は、アホ大の俺でも四二点とれる難易度だったってこと。

 自分では点数稼げたつもりだったが、まさか合格点の方が跳ね上がっていようとは。

 これじゃまさしく「夢想」じゃないか!

 自信満々に叫んだ分、よけいに恥ずかしいじゃないか!


 しかし落ち込む間もなく、出口が鞭打ってきた。


「アホ大って聞いた時は『現実見えない可哀相な奴』って思ったけど」


「現実見えなくて悪かったな」


 ついでに本当に可哀相で悪かったな。


「あの場にいた全員がそう思ってるよ。愛想良く接してた人達は『自分より下がいる』って優越感に浸ってただけ」


「言われなくても気づいてたよ」


 他人の口から改めて言われると泣きたくなるけど。


「でも、その点数なら一次は間違いなく突破してるね」


「はあ!?」


 満点続出だの、アホ大だの言った後で何を言ってるんだ?

 しかし出口は構わず続けた。


「いくら専門が簡単でも四二点あれば足りるよ。しかも教養難しくて、みんな壊滅してるし。多分だけど最終合格もギリギリいけるんじゃないかなあ……」


 おまっ!


「びっくりさせるな! 落ちてるのかと思ったじゃないか!」


「悪気はない。でも情報集めずに合格できると思い込んでた井戸が悪いでしょ」


 そりゃそうだけどさ。


「じゃあ『現実見えない可哀相な奴』ってのはなんだ!」


「『アホ大なのに、そんな点数獲れてるってすごい!』って言いたかった。ごめん、君を見下したボクの負けだよ」


「いや、そんな深々と頭下げなくていいから」


 出口が頭を上げる。

 素直というのか、潔いというのか。

 でもそのおかげで、はっきりした物言いながらも好感が持てる。


「口ぶりからすると出口も経済職なんだろ。何点だったの?」


「専門五〇点、教養四〇点」


 ちょっ!

 専門満点に教養もほぼ満点じゃないか!


「その点数で、俺をすごいも何もないだろ……」


「ボクと君を一緒にしてもらっては困る。ボクはトップで合格すると言われてるし、ボク自身もそのつもりだから」


「はあ……」


 しれっと、とんでもないこと言いやがった。

 出口が模範解答のプリントを指さす。


「これ作ったのもボク」


「はあ!?」


「わかりやすかったでしょ? 作るの大変だったから役立ててもらえて嬉しいよ」


 にこっと笑う。

 しかし笑われてる場合ではない。

 出口がとんでもなく優秀なのはわかったけど、話が全然飲み込めない。


「一体どういうこと?」


「ボク、去年国一合格してるんだ。それで、ここにバイトで雇われてる」


「去年?」


「高三の冬に体壊して休学してね。去年はまだ三年生だったけど、受験可能年齢には達してるから受けたってわけ」


 ということは俺より一つ年上なのか。

 大学だと年齢より学年だから、あんま関係ないけど。


「納得」


「他の訪問者にバレるといらない嫉妬買いそうだし、内緒にしといてね」


「了解。ちなみに去年の順位は?」


「六位。胸を張るにも張れない微妙な感じだから、今年はトップ獲ろうとしゃかりきになって勉強した」


「いや、誰が見てもすごい胸張れる順位だよ」


 出口が両手を腰にあて、胸を張ってみせる。


「ありがと。こんな薄い胸でもすごいって言われると嬉しいな」


「『すごい胸』じゃなくて『すごい順位』だ!」


「あはは」


 あはは、じゃねえよ。

 今のは絶対わかっててボケただろ。

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