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君だけの青春が、ここにある  作者: 天満川鈴
前章:21年前
5/31

EP05:1996年6月16日「国民がバカだからこそ、我々が現実を直視して導いてあげないといけないんです」

 ブースに入り、待機エリアの椅子に腰掛ける。

 正面に三人の面接官、右手に一人の面接官。

 四人が各自で学生を一人ずつ応対している。

 官庁訪問は現課訪問──職員が働いている課に行って仕事の話を聞くこと──から始まると専門学校のパンフレットに書いてたけど、全く状況が違う。

 これはもう完全に面接だ。


 流れを見ると、正面の誰かと面接してから右手の面接官で締め括る様子。

 右手の面接官が話題の郷原課長補佐っぽい。

 みんなが話していた通り、いかにも自信満々で貫禄あってふんぞり返ってる。


 正面の面接官の一人に呼ばれた。


「井戸達也です。よろしくお願いします」


「どうぞ」


 ぶっきらぼうで愛想の欠片もない促しに緊張を覚える。

 面接官は七三分けで銀縁眼鏡で線が細い。

 いかにも漫画に出てくる嫌みたらしそうなエリートっぽい人だ。


 質問が始まる。


「【母子家庭の福祉政策がやりたい】と書かれてますね。具体的に話していただけますか」


「私は母子家庭育ちです。私の家もそうでしたが、母子家庭は金銭的に困窮している方が多いと思います。私はそうした方々を助けるべく、生活保護など現状の制度をより一層充実させ拡大したい。そう思い、厚生省を志望しました」


 面接官が、ふんと鼻を鳴らす。


「困っている人がいるから援助を増やす。それで済むのなら誰でも官僚が務まりますよ」


 なんて言い草。


「困っている人を助けたいと思うのは、人として当然の発想ではないでしょうか」


「いいですか? 国は何をするにしても予算という制約があります。予算は決して無限ではありません。限られた資源の中でいかなる政策を立案できるか、これが官僚に求められる能力です」


 ぐうの音も出なくなってしまった。

 落ち着いた口調だけに、なおさら堪えるじゃないか。

 だけどとにかく返さなくては。


「理想を抱くのは悪い事でしょうか。社会政策を担当する厚生省においては必要な心構えと考えるのですが」


「逆ですよ。私達は『恵まれない者に施しを与える』という立場にあります。だからこそ理想ではなく現実を見なければいけません。あくまで国家あっての施し、施しのために国家が破綻してしまっては本末転倒でしょう──」


 コホンと咳払いをして、更に続ける。


「──マスコミはその場の人気取りだけしていればいいから聞こえのいいことしか言わない。そして国民は平気で騙される。国民がバカだからこそ、我々が現実を直視して導いてあげないといけないんです」


 ちくちくと正論並べやがって……。

 しかし「施し」に「バカ」に「あげないと」。

 言ってることには頷くしかないけど、なんて上から目線な物言いなんだ。


「それでも理想は理想として追いたいです。現に困っている人がいるのですから」


「『困っている人』の中身が問題です。果たして本当に困っているのか」


「どういうことでしょう?」


「本当は働けるのに働かない。残念ながら生活保護受給世帯の中には、そうした不届き者達が含まれるのが実情です。自助努力すらしない者に手を差し伸べる道理はありません」


「そんなバカな!」


 しかし面接官は首を振る。


「経済職でしたらモラルハザードという言葉を御存知でしょう」


 モラルハザードとは、充実した社会福祉制度に甘えて自分で努力しなくなること。

 しかし用語と意味を知っていても現実と結びついてはいなかった。

 ショックで言葉を失っていると、さらに面接官が続けてきた。


「私達が求めているのは、先程の問いに予算の制約その他様々な問題点を考慮した上で具体的な政策を立案し、この場で提示できる能力を有した学生です」


「そんな学生いるわけないじゃないですか」


「当省を訪問する学生なら当然のレベルです。例えば予算の制約があるなら財源をどこかに求める。こう指摘されれば何かしら思い浮かぶんじゃありませんか?」


「あっ」


「学生は政策のプロじゃありませんから、私達も正解は求めていません。幅広い視点に立った事案検討能力そのものをみているんです。適切な回答をするには当省の政策に関する知識も必要。残念ながら井戸さんは勉強不足のように見受けられます」


 勉強不足は自覚してるし怒られても仕方ない。

 でも、それを知らないから「訪問」させてもらうんじゃないのか。

 だいたい志望動機くらい理想を口にしたって構わないじゃないか。

 しかも「志望動機は自分の体験に繋げて述べると説得力を持つ」って面接マニュアル本には書いてたのに……。


 面接官が話を締める。


「面接はこれで終わりです。あちらの郷原課長補佐のところへ行ってください」

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