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君だけの青春が、ここにある  作者: 天満川鈴
前章:21年前
4/31

EP04:1996年6月16日「優が一個もないのに?」

 なんて凄い剣幕。

 かわいい容姿と声に全く似つかわしくない物騒な台詞。

 目を血走らせながら、歯をぎりりと食い縛っている。

 いったい何があったんだろうか。


「江田さん、お疲れ様。どうしたの?」


「『君みたいなかわいい子にキャリアは務まらないよ』って言われた」


 は?


「それ、褒めてるんじゃ……ないよね?」


 きっ、と睨み付けてくる。


「嫌味に決まってるじゃん! なんでわたしの顔がキャリア云々と関係あるの!」


 備前君が眉を寄せ、閉じた口を歪める。

 なんて複雑そうな顔。

 きっと「自慢なの?」と思いつつも、本当に嫌味なのは言い回しから明らか。

 適切な反応が思いつかないのだろう。


 確かに江田さんの顔はキャリア官僚というより、三次元でいうならアイドルだ。

 でも本人の言う通り、顔と仕事は関係ない。

 これって……。


「絶対にセクハラだよねっ!」


 俺の思ったそのまんまを江田さんが叫んだ。


 ただ、この場合の「かわいい」はセクハラなんだろうか?

 「例え誉め言葉でも本人が不快と思えばセクハラ」という主張もあるにはある。

 でも今回は「かわいい」があってもなくても怒るはずだ。

 仕事と容姿を結びつけている点でセクハラはセクハラなんだろうけど、判断に悩む。


 ……ついつい理屈っぽく考えてしまうのは、悪い癖だな。


 これ、「圧迫面接」なんじゃないかなあ。

 学校の友達によると、わざと意地悪な質問をすることで学生の反応を試すとか。

 「豚っ鼻で出っ歯な女の子にキャリアは務まらないよ」なら、もちろん論外。

 でも江田さんは誰が見ても「かわいい」。

 あえて褒めながら貶すことで反応を試してみたんじゃないだろうか?

 まさか本当に、かわいい女の子がキャリアに向かないなんてことはないだろうしさ。


 出口さんは一瞥しただけで、読んでいた本に視線を戻した。

 クールというか無表情というか。

 いずれにせよ、「ボクには関係ないね」と言ったところか。


 ──再び受付の大声が聞こえる。


「備前さんはいますかー」


「いってきます」


 ──三〇分経過。


「でねでね、それだけじゃなくてね。『厚生省は女性を採用する気ないから。女でキャリアになりたければ労働省でも回れば』って」


「うんうん」


「女性蔑視にも程がある、だから厚生省入ってなんとかしたいんじゃん! だいたい毎年一人は女性採用してるくせに何言ってるのって感じだよ!」


「うんうん」


 あれからずっと江田さんの独演会が続いていた。

 出口さんは無視して本を読んでるから、俺が付き合うしかない。

 女性の愚痴を聞くのは母で慣れてるから構わない。

 ただ、せめて、同じ事を何度も繰り返すのは止めて欲しい。


「ふう……」


 ようやく終わった?

 と思いきや、上目がちに見つめてきた。


「こんなにわたしの愚痴聞いてくれるなんて。井戸君って優しいなあ」


「うんうん……」


 肯定しても否定してもろくなことにならなさそうな予感がするので相槌を続ける。

 すると江田さんは、ねっとりした視線で手を絡めてきた。


「ね? この後お酒付き合って?」


 ひぃ!


 こんなかわいい子の誘い、普段なら二つ返事でOKする。

 まさにエロゲーがごとくのシチュエーション。

 しかしエロゲーと大きく異なるのは、この場が官庁の採用試験会場ということ。

 そして俺はまだ面接終わってない身。

 自分のことで精一杯だし、終わった後だって遊ぶだけの心の余裕なんてありそうもない。

 さすがに官庁訪問期間中くらいは就職のことだけ考えていたい。

 普通はみんなそうだと思うんだけど、いったい何考えてるんだ。


 でも……なぜだか逃げられる気がしない。

 蛇に睨まれた、というか巻き付かれてしまった蛙な気分だ。


 ──備前君が戻ってきた。


 助かった。

 このままなし崩しに巻き込んで、江田さんの相手を代わってもらおう。


 そう思ったのも束の間。

 備前君は席に座るや、拳をテーブルに激しく叩きつけた。


「郷原課長補佐、死にやがれ!」


 さっきの江田さんとまったく同じだ。


「備前君、お疲れ様。どうしたの?」


「『早稲田でこの成績ってすごいよねえ。さすが我が省を回るだけある』って言われた」


 江田さんが憮然とした顔で答える。


「それ、褒めてんじゃん」


 俺もそう思う、早大って私大の頂点じゃん。


「優が一個もないのに?」


「はあ? それってもしかして……」


「嫌味だよ。『たかが早稲田のくせして、こんなひどい成績なの?』って意味」


「うはあ」


「他にも何かにつけてネチネチネチネチ褒め殺し。その挙げ句に『君みたいに優秀な人は厚生省にもったいないよ』って言われた。なんて性格悪いんだ!」


 そうだよね、そうだよねと江田さんと備前君が盛り上がり始める。

 目論んでいた形とは違うが、とにかく江田さんから解放された。

 でも、これも圧迫面接の範疇だよなあ……多分、きっと。


「いったい何様なのよ。おなか突きだしてふんぞり返ってさ!」


「でかい声で威圧してくるしさ! 自信満々で、これまで負けてきたことがないって感じだよね!」


 勝手にやっててくれ。

 俺も出口さんにならって、経済職受験のバイブル「入門マクロ経済学」を開く。

 一ヶ月後には二次の論述試験を控えてるんだし、勉強頑張らないと。


 ──再び受付の大声が聞こえる。


「出口さんと井戸さんはいますかー」


「じゃあ、いってきます」

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