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君だけの青春が、ここにある  作者: 天満川鈴
前章:21年前
23/31

EP23:1996年7月2日「では、井戸君は何があっても原発推進には反対するというのかね?」

 原発なんて訪問票のどこにも書いてない。

 それどころか原発なんてタブーでブラックなイメージしかないから絶対触りたくない。

 どうしてこんなことになったんだ。


 あっ!

 そういえばトオルちゃん、こんなこと言ってたっけ。

 「俺は通産省に入り原子力発電所を暴走させる。下等な民どもよ、滅ぶがよい!」って。

 きっと「興味のある欄」にも「原発」と記したんだ。

 確かに権力と直結していそうではあるし。

 でもリタイアしちゃったからトオルちゃんと面接するはずだった人が俺に回されたんだ。

 時間的に押し迫ってるから、人事も早く消化したいと思ってあてがったのだろう。


 なんて大迷惑!

 こんなデンジャラスなトピック選択するから警察庁も大蔵省も落とされるんだ!

 厚生省で薬害エイズ選択するようなものじゃないか!


 しかも、この藤田と名乗る課長補佐。

 岩石みたいないかつい顔してて、めちゃめちゃ押しが強そう。

 見た目からしてタフネゴシエーターという感じなんだけど。


 いや、引くな俺。

 全力は尽くすと出口に誓ったじゃないか。

 これまでの経験を活かして、考えられる最善の策を練り直すんだ。


 藤田さんが問うてくる。


「井戸君は原発を推進していくことについて、どう考えているかい」


「反対です」


 ディベートなんだから賛成と反対しかない。

 そして答えないことも許されない。

 問題意識を持つ姿勢がないということで失格の烙印を押されかねない。


「ほう──」


 すぐさま藤田補佐の発言を遮る。


「しかしそれは『一般国民』としての考えです。『官僚』としては判断すべき材料が足りませんし理由も説明できません。もし原発関係のパンフレットがあれば、先にいただきたいのですが」


 これでいい。

 何の武器も持たないまま漫然と答えるとどうなるかは厚生省で懲りた。

 「誰でも官僚が務まります」と言われるくらいなら「知らない」と認めた方がマシだ。


「少し待っててくれ」


 藤田補佐が広報用のパンフレットを渡してくる。


「『国民』と『官僚』で立場を使い分けるのは詭弁と思わないかい?」


「『国民』は思ったことを言えばいいですし説明責任もありません。しかし『官僚』はそういうわけにいきませんので」


 決して恥ずかしい姿勢ではあるまい。

 冷や冷やものではあるけど、先にパンフをくれたのだから単なる質問。

 難癖つけてどう答えるかを見ただけだ。


 パンフに目を通す。

 知りたかったのは知識そのものよりも話していい範囲。

 あくまで採用試験なのだから現実を見るといっても限度がある。

 パンフに書かれていることは通産省の「公に」訴えたいこと。

 つまり、その範囲までは話すことが許されるはずだ。


 ざっと目を通す。

 深く呼吸して息を整える。

 「俺は優秀、アホ大だろうとなんだろうと誰にも負けない」、そう言い聞かせながら。

 大蔵省で会った、あの自信満々な補佐になりきれ!


 ──自然と、ゆっくり大きな声が飛び出した。


「やはり反対です──」


 賛成したところで通産省の意見をなぞるだけだ。

 藤田補佐は「通産省として」とは言わなかった。

 つまり俺が賛成に回れば藤田補佐は反対に回るだろう。

 無理に賛成したところで通産省の意見をなぞるだけだし論理も破綻しそう。

 それなら反対の方がまだ話しやすい。

 出口も「媚びる必要ない」と言ってたしな。


「──その理由は事故リスクを考慮した総合的な社会的コストの大きさにあります」


 農水省の平岡係長に学んだ通り、争点を提示する。


「事故リスク? 原発事故の確率なんて一〇〇万年に一回だぞ」


「それがどういう試算によって生まれた数字か知りませんが、現実にチェルノブイリが起きていますよね。事故の可能性は決して無視すべきではありません──」


 事実に勝てるものはない。

 さらに続ける。


「──また仮に『一〇〇万年に一回の確率』が正しいとして、『一〇〇万年に一回だけしか起こらない』ことを示すものではありません。運が悪ければ二度でも三度でも起こります」


 シンプルに「出るか出ないか」を争点の前提に絞り込む。

 確率論の考え方には色々あるが、サイコロを振って「6」が出る確率は6回に1回。

 この考えに立つなら6回振って6回出るのも決して非現実的な確率ではない。

 現実に、他にもスリーマイル事故とかあるわけだし。


「そんなことを言い出したらキリがない。どんな事象でも一〇〇パーセントはないのだから。経済効用の最大化はリスクとの兼ね合いで図られるものだ」


「それを言いうるのはリスク発生確率に比較して効用損失が小さい場合です。また想定外のリスク発生確率を加える必要があります。例えば北朝鮮のミサイルが原発に飛んできたり、工作員がテロを行う確率は五〇年に一回より小さいとは思えません」


 そもそも一〇〇万年に一回という数字が正しいわけがない。

 絶対に国民向けの甘い数字、裏ではもっと厳しい試算をしているはずだ。

 それがここまでに学んだ「現実を見る」ということだから。

 しかし、そこに触れても泥沼になるだけ。

 ここは出口の言ってた北朝鮮リスクによって「本当はもっと高い確率」であることを強調する。


 藤田補佐が戦術を変えてきた。


「総合的な社会的コストといったが、原発の発電コストは低いぞ」


「事故が生じた場合の賠償費用なども含んだ上での試算ですか?」


「もちろん」


「事故の確率がいくつであろうと、一旦事故が生じてしまえば仮定ではなく現実のものとして転嫁されます。その場合の数字は決して低いものではないはずです。また、確率自体をもっと高く見込むべきです」


 とにかく「起こるか起こらないか」と「起こった場合のコスト」で押す。

 いわゆる「正論」。

 現実を踏まえた政策論に持ち込まれれば絶対に負ける。

 だから綺麗事で押し通して、とにかく論を一貫させる。


 電力需要の増加や環境面への影響など角度を変えた反論が続く。

 しかし全ての争点を同じ論法で押し返す。


 藤田補佐が強い語調で問うてきた。


「では、井戸君は何があっても原発推進には反対するというのかね?」


 ──ここだ。


「そうではありません。藤田補佐の持論は『現実』を見据えるなら必須と認めざるをえないものです。その前提に立つならば、どうすれば推進できるかを考えるべき。ここで私が賛成するための条件を提案させていただきます」


 はい、と言えばディベートには勝てる。

 でも俺の主張は「正論」にすぎない。

 現実を無視した暴論を押し通すだけでは官僚として失格。

 二人の主張を摺り合わせた落としどころを見つける必要がある。


 リスク試算のやり直し、警察庁や防衛庁と連携したセキュリティの強化、原発事故が生じた際のシュミレーションと対策の徹底などを、コスト引下げの対策として提案する。

 さらには通産省が率先して官邸で有事のシステム作りに動き主導権をとることも。


 出口ではないが、日本政府は「有事が発生しないことが前提」に政策を立てている。

 きっと原発事故もその中の一つだ。

 また縄張りの拡大は省益の拡大そのもの。

 しかし自らの主義信条にそぐうのなら、いくらだって「現実」をみてやる。


 藤田補佐が笑顔を浮かべながら議論を締め括る。


「これで終わりだ、なかなか楽しかったよ」


 ──再び、会議室へ。


 出口が話しかけてくる。


(どうだった?)


(酷い目にあったよ……)


 事情を話す。


(それは災難だったね。でも補佐さんの最後の言葉信じれば大丈夫じゃない?)


(そう思いたいよ)


 二人とも黙りこくる。

 時計の針の進みにじりじりする。

 みんなの俯いていた気持ちが痛いほどわかる。


 受付の声が聞こえた。


「井戸さん、いますか~」


 地図をもらえた、つまり通してもらえた。

 そして記されている部署を見た瞬間、俺はほくそ笑んだ。

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