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君だけの青春が、ここにある  作者: 天満川鈴
前章:21年前
22/31

EP22:1996年7月2日「けけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけ!」

 通産省到着。

 待機室に入ると、文部省や労働省に比べて学生は少なかった。

 情報が出回っていないのか、それとも最初から無理だと思っているのか。

 きっと両方だな。

 待合スペースが小会議室な辺り、枠が少ないのも窺えるし。


 受付で名前を書いて着席する。

 庁舎が割と新しいせいか、大蔵省みたいな重みは感じられない。

 ただ……どんよりしている。

 誰も言葉を発しない、かと言って本を開いているわけでもない。

 俯いて、何かのし掛かってくるものに耐えている感じだ。

 無理もない。

 もし落とされれば官庁訪問自体がゲームセットなのだから。

 俺はダメで元々と開き直っている分、こうして冷静に考えられるだけで。


 ──すごい美人が入ってきた。


 ロングヘアで目鼻立ちもくっきりな正統派美人。

 こんな子も国家一種受けてるんだなあ。

 出口や江田さんもかなりだけど、さらに目を惹く。

 郷原補佐なら「君にはキャリアじゃなくて、モデルの方が合ってるよ」とか言いそうだ。


 美人さんが隣に座った。

 そんな場合じゃないのにドギマギするじゃないか。

 軽く漂ってくる香りは出口と同じなのに。


 ──って!


 小声で問うてみる。


(まさか、出口?)


(もう気づいたんだ、つまんない)


(その格好はどうした!?)


(以前に「こう見えても化けるときはすごい」って言ったはずだけど?)


(化けすぎだ。髪はウィッグとして、その顔は!)


(女性って化粧でいくらでも化けられるんだよ。特に私みたいな系統の顔は)


(「私」は止めろ。気持ち悪い)


(ひどい。江田さんの真似して、えーんえーんするぞ)


(それも止めてくれ。と言うか、どうしてここに? そしてどうして変装?)


(質問は一つずつするものってアホ大じゃ教えないの?)


(質問に質問で返すなって慶應じゃ教えないのか?)


 ちっ、と舌を鳴らす。


(せっかく応援しに来てあげたのに、その言い草は何?)


 いや、わざわざ来なくても……とは言えない。

 さっきの電話の剣幕思い出すと。


(ありがと)


(どういたしまして。変装は、井戸ってこういう派手やかな女性がタイプなのかなあとリクエストに応えたつもり。江田から手を握られた時、真っ赤になってたし)


(なってないから! で、本当の理由は?)


(知り合いに見られたくないから。拘束解かれたとはいえ、あらぬ噂立ってもまずいしね。受付には、訪問じゃなく待ち合わせって告げてる)


(そっか)


 やっぱ何だかんだ言って、こいつが傍に居てくれると落ち着く。

 最終決戦を前に心強い味方を得た気分だ。


 ──あれ?


(あそこにいるの、大蔵省で見たモブ二人組の片割れじゃん)


 何の特徴もない顔は激しく歪み、まるで般若。

 爪をカチカチ囓っている。


(あーあ、ボクの予想当たっちゃったか。不幸呪ったつもりじゃなかったんだけど)


 出口が苦笑いを浮かべる。

 こいつも根っこは人がいい。

 気まずくもなるだろうな。


(でも一人だけってのは?)


(しっ、何か呟き始めた)


「く、く、くそ……佐川のやつめ。何が『四大のどこか』だ、『大蔵省と警察庁の植民地行ってどうすんの』だ。こ、こ、こっそり経済企画庁の内定とってやがって。あ、あ、あそこだって大蔵省の植民地じゃないか」


(抜け駆けされたんだ……)


(相方からも友達扱いされてなかったんだね……)


「け、け、警察庁も警察庁だ。三〇日は拘束したくせに、翌日になって内定部屋から突然追い出しやがって。『上に会わせたい』って言われれば本気にするじゃないか。それで大蔵省行ってみれば、居丈高に『他をお回り下さい』。あんな愛想振りまいてたくせに」


(まさに出口の言った通りの犠牲者がここにいたな……)


(誰からも情報もらえなかったんだねえ……)


「し、し、仕方ないから通産省で我慢してやるよ」


(仕方ない!?)


(我慢!?)


「俺は、ママに言われた通り魁聖に入って、ママに言われた通り東大法学部に入った。ママからは『トオルちゃんは大蔵省か警察庁に入って、日本の頂点に立つのよ』って言われてるんだ。でも一応は四大官庁の通産省ならママもきっと許してくれるさ」


(こわっ!)


(やばっ!)


「けけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけ!」


 トオルちゃんがけたたましい笑い声を上げる。

 そして机の上に乗り、バタバタと大きなステップで踊り始めた。


「そうさ! 俺の人生は全てママが予言した通りになってきた! ママは偉大なる予言者なんだ! そして俺はママの力をもって日本に君臨する神なんだ! 俺は通産省に入り原子力発電所を暴走させる。下等な民どもよ、滅ぶがよい!」


(こわれ……)


(た?)


「うきゃっ、うきゃっ、いひひひ、あーひゃっひゃっひゃひゃあ!」


「君、やめたまえ!」


 受付にいた職員達が駆け寄り、トオルちゃんを拘束。

 部屋の外へ連れだしていった。


 会議室に静寂が戻る。


(あれ、なんだったんだ?)


(たまにいるらしいよ、官庁訪問で壊れちゃう人)


(そうなの?)


(東大受験失敗して自殺しちゃう人が時々いるじゃん? あれの延長。でもボクもいま目にするまでは都市伝説だと思ってた)


(都市伝説……)


 確かにあんなの現実にいるとは想像できないけど。


(通産省内定獲ればいいだけじゃん。ボクみたく来年受け直したっていいんだし)


(きっと他の選択肢が見えなくなってるんだろうな。ママのお仕着せ人生のせいなのかは知らないけどさ)


 赤の他人のことながら二人して溜息をつきあう。

 なんか気勢を削がれてしまった。


(ところで、何か戦略は練ってきた?)


(もちろん)


 電車の中で足りない頭をギリギリまで振り絞ったところ閃いた。

 筆記試験みたく図に当たれば勝ち目があるはず。

 もう、それを祈るのみ。


「井戸さん、いますか~」 


 受付の声を聞いて再び気合いが入ってきた。

 さあ、ここからだ。


「は~い」


(頑張って)


(あいよ)


 しかし渡された建物の地図を見た瞬間、いきなり目論見が外れたのを悟った。

 それどころか、とんでもないことになってしまった。


 ──一人目の職員が名刺を渡してくる。


【資源エネルギー庁 電力・ガス事業部 原子力政策課】


 つまり……。

 対面に座る課長補佐がニヤリと笑う。


「井戸君は原子力発電所についてどう思うかね? とことんまで語り合おうじゃないか」


 どうして、よりによって、こんなアンタッチャブルすぎる話題で!


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