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君だけの青春が、ここにある  作者: 天満川鈴
前章:21年前
21/31

EP21:1996年7月2日「早く内定獲ってきて!」

 七月二日も終わり、へとへとになって帰宅。

 着替えるのは後でいいや。

 ネクタイだけ緩めて、冷蔵庫から買い置きのビールを取り出す。


 文部省はまいった。

 教育に絡めれば何か話せるかもと思ったけど、全く話の要領を得ない。

 日本語が通じないまである。

 アホ大の俺に言われたくないだろうけど、大蔵省はもちろん農水省とも厚生省とも明らかに職員の質が違う。


 そのくせ「現実」を見る能力だけは厚生省並。


「我が国にイジメなど存在しない。存在したとしても、それを揉み消すのがキャリアの仕事だ」


 この言葉に心を折られ、ついに回るのを止めた。

 文部省、今すぐ潰れやがってください。


 労働省にもまいった。

 入口から江田さんがいないのを確認してから、こっそりと回ったけど……。

 何というか、妙に陰険な印象を受ける人ばかり。

 そして文部省同様、心を折られた。


「私達だって深夜三時まで残業してるんだ。労働者は甘えるな」


 言いたくなる気持ちはわかる。

 でも、労働省が言ったらお終いだ。

 待合室で他の訪問者から聞いたところによると「ただですら官庁としての格が低い上に女性キャリアが強すぎて、男性キャリアは卑屈になってしまう」という話だった。


 外局を中心とする採用人数一~二人のところも回ってみたけど、手応えまるでなし。

 もちろんメジャーどころはとっくに終わってる。


 ──つまり、完全に積んだ。


 これからどうしよう。

 都庁上級は予想通り大壊滅。

 七日にある国家二種も間違いなく同じ結果になる。

 どうして数学しかできない身に生まれついてしまったんだ。


 はあ、今更勉強しても仕方ないんだけどな。

 ただの紙切れになろうと、ここまできたら最終合格はしておきたい。

 二次の論述試験に備えて参考書を手に取る。


〔ピロリロリ♪〕


 電話の呼び出し音。

 もう二三時回ってるのに、誰だ?


〔井戸、どうだった?〕


 出口だった。


「一次は通ってたけど、内定はだめだったよ」


〔だったらどうしてメールしない!〕


 できるわけないだろうがよ。

 出口こそ拘束されてて、まさに佳境。

 要らぬことで気を患わせられるか。


 ……とは言えない。


「なんとなく」


〔なんとなくじゃないから! 現状を詳しく聞かせて!〕


 なんなんだよ。


「詳しくも何も全部アウト。文部省と労働省は絶対行きたくない」


 仮に自分偽って採ってもらえたとしても、辞表出す未来しか見えない。

 全員が全員あんな感じじゃないだろうし優秀な人だって中にはいるだろう。

 だけど俺には昨日今日会った人達だけで十分だ。


〔ちょっと待ってて〕


 出口が電話を切る。

 本当になんなんだよ。


 ──一五分ほどして、再び呼び出し音。


 受話器をとるや出口が捲し立ててきた。


〔通産省に行って! まだやってる!〕


「は?」


〔拘束してた内定者が何人か一次落ちして欠員補充してるって。通産省なら面接官とのディベートを勝ち抜きさえすれば、学校も順位も関係なく内定もらえるみたい──〕


 わざわざ情報集めてきてくれたのか。


〔──面接のコツは絶対に怯まないで。とにかくごねて。見られるのは頭の切れとタフさ、どっちかが優れていれば何とかなるって。あと役所のスタンスに媚びる必要もない。今晩中には終わるって話だから今すぐ向かって!〕


 恐らく、あちこちに電話して。

 きっと頭も下げて。

 そういうのすごく嫌いそうなのに。

 しかも自分のことじゃないのに。


「ありがとう」


〔礼はいらないから! 早く内定獲ってきて!〕


 切りやがった。


 緩めていたネクタイを締め直す。

 大蔵省で話聞いたときは全く縁のないと思った官庁。

 例え学歴関係なくてもアホ大の俺がディベートなんて勝てるわけないだろ。

 でも好意には甘えるし、全力は尽くしてくるよ。


文部省については、発言の趣旨は事実

正確なところについては別エッセイ「文部省、今すぐ潰れやがってください」を御参照ください

(作品下にリンクがあります)

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