表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君だけの青春が、ここにある  作者: 天満川鈴
前章:21年前
2/31

EP02:1996年6月16日「おっしゃあああああああああ!」

 試験監督の声が教室に響く。


「試験終了です。解答を直ちに止めて、筆記具を机の上に置いて下さい」


 マークシート答案の回収が終わり、退室。

 校舎を出て【国家公務員一種採用試験 一次試験会場】と書かれた看板を通り過ぎる。

 一歩、二歩、三歩、前に出す足が自然と軽やかに地面を蹴り上げる。

 あ、もうダメ。

 突き上げる衝動に任せて雄叫びをあげる。


「おっしゃあああああああああ!」


 目の前の大隈重信銅像よ。

 今だけはその冷ややかに見下した眼差しも許してやろう。

 大学受験の時には縁もゆかりもなかった早稲田大学の校門をくぐり抜ける。


 まさか、こんなに上手くいくとは。

 直前に張ったヤマがことごとく当たり、手応えは抜群。

 これできっと内定にありつけるぞ。


 今年の就職活動戦線は空前の買い手市場。

 身も心も凍る「氷河期」だ。

 それなのに俺が通うのは三流どころか超底辺の私立大学「荒川法科大学」。

 世間では「アホ大」と言われている。

 アホ大の上空を飛行機が飛べば日本晴れ、アホ大の地下に鉄道を通せば温泉が湧く。

 それほどにお気楽極楽で脳味噌すっからかんと言われるのが我がアホ大だ。


 東大はまだしも早慶MARCHな大学の学生すら内定獲れない状況。

 アホ大が真正面から就職活動しても勝てるわけがない。

 そもそも学歴によって門戸すら閉じられてる。

 ダイレクトメールは来ないし、採用説明会は「定員締切りです」。

 大手企業に入ったOBがいないのだから、リクルーターなんて当然いるわけがない。


 でも抜け穴を見つけた。

 公務員なら試験に合格さえすれば学歴関係なく採用されるという噂を聞いた。

 特に、いわゆる「キャリア官僚」になるための国家公務員一種採用試験──略して「国家一種」とか「国一」と呼ばれる試験は「万人に成り上がるチャンスを与える」という趣旨で設けられた制度だとか。


 国家一種は司法試験、公認会計士試験と並ぶ日本三大難関試験。

 キャリア官僚は世間でエリートと呼ばれ、その多くは東大出身者が占める。

 アホ大の俺が合格できるわけないし、なれるわけない。

 目指すと口にするのすらおこがましい。

 しかし試しに過去問集をめくってみたところ「これ、いけるんじゃね?」に変わった。


 国家一種は事務系と技術系がある。

 事務系には行政職・法律職・経済職があり、俺はこちら。

 技術系は主に理系、文系でも心理などの専門分野を持つ人用なので最初から縁がない。


 行政職の出題範囲は法律、経済、政治、心理、その他いっぱい。

 そんなに勉強できるくらいならアホ大なんて行ってるわけない。

 法律職はひたすら法律の問題。

 まるで国語の問題みたいに似たような文章ばかり並んでる。

 判例暗記が重要らしいけど、それができるくらいなら以下略だ。


 しかし経済職は違った。

 経済の理論は全く知らないしわからない。

 でも問題を解くだけなら偏微分を繰り返せばいけそうな気がした。

 そう思って計算してみたところ、やっぱり正解だった。

 計量経済学は統計の見方を知っているなら、すぐに正解がわかる。

 つまり事実上「経済学」というより「数学」の試験。

 覚えることも少しはありそうだったが、このくらいならという感じだった。


 さらに教養試験を見てみた。

 知識分野は行政職と同じ感じで出題範囲が幅広い。

 つまり何がなんだかわからない。

 しかし知能分野は英語と国語を除くと論理や確率の問題ばかり。

 案外一目でわかる問題が多かった。


 俺は確かにアホ大、でも数学だけは人並み以上に得意だ。

 高校も底辺だったけど数学だけは入学から卒業まで満点を続けた。

 今も統計の知識を駆使して生活費を稼いでるくらいに。


 俺って、もしかしてすごい?

 アホ大の俺に失うものはないし、あえて勘違いしたまま半年間勉強を頑張ってみた。

 そうしたら本当に上手く行ってしまったようだ。


 まだ二次試験が残っている。

 でも手応えからすれば最終合格のボーダーも超えたはず。

 あとは官庁回って内定を獲るだけだ!


 ──アパートに帰宅。


 六畳一間のワンルーム独り暮らし。

 机の上の遺影の前にスーパーで買ってきた「すあま」を置く。

 すあまは外見かまぼこ・食感ういろうな和菓子で、縁起物とされている。


 目を瞑り、手を合わせる。


「母さん。今日の試験、無事に終わりました」


 母さんは大学へ入学する直前に亡くなった。

 母さんの遺影しかないのは、父親が飲んだくれのギャンブル狂で蒸発したせい。

 以来、女手一つで苦労して俺を育ててくれた。

 なんとか第一段階は朗報を聞かせることができて幸いだ。 


 テレビのスイッチを入れるとニュース番組。


〔薬害エイズ問題で厚生省を取り囲む「人間の輪」は……〕


 背後からは「人殺し!」、「殺人者!」とシュプレヒコールが聞こえてくる。


 薬害エイズは、厚生省が製薬会社と結託して非加熱製剤を放置した結果、血友病患者の四割がHIVウィルスに冒されてしまったというとんでもない事件。

 被害者や義憤を感じたボランティア達はデモによって厚生省の責任を糾弾している。

 「人間の輪」もその一つ、参加者達が手をつないで厚生省の庁舎を取り囲むことで圧力を掛けるものだ。


 連日、朝も夜も、薬害エイズをめぐる報道。

 辟易するところはある。

 だけど、それ以上に患者がかわいそうだから仕方ないと思う。

 厚生省の担当課長は、搬送された病院で「私に輸血をするな!」と拒否したとか。

 当該病院の血液がHIVウィルスで汚染されていたのを知っていたから。

 そんな話を聞けば患者じゃなくても激怒して当たり前だ。


 厚生省をめぐる批判はそれだけじゃない。

 同省を懲戒免職された課長が「お役所の掟」という暴露本を出版。

 旧態依然の非合理的な職場環境を批判する内容で、たちまちベストセラーに。

 厚生省は「マゾすぎのバカすぎ(笑)」と、世間から嘲笑を受ける羽目になった。


 でも……関係ない。

 俺の第一志望は厚生省だ。


 俺はただ就職したいだけ。

 国を動かしたいなんて大それた野望があって官僚を目指すわけじゃない。

 でも官僚になれるのなら、俺と同じ母子家庭の人達のために働きたい。

 亡くなった母さんは俺のために苦労を続けてきた。

 世の中のシングルマザーは同じく辛い思いをしている人が多いはず。

 だったら助けてあげたい。

 そのためには厚生省しか選択肢がないのだから。


 もちろん内定もらえるなら、どこへでも行く。

 でも全く興味の無い役所は回りようがないし、行ったところで何も話せない。

 少しくらいは自分のやりたいことを優先させたい。

 アホ大の俺でも、その程度の贅沢は口にする権利あると思うんだ。


 明日から「官庁訪問」が始まる。

 「訪問」とは呼ぶけど実際には採用面接。

 試験会場の入口で受け取った専門学校のパンフレットに、そう書いてあった。

 だったら俺は厚生省へ真っ先に向かう。

 いっそスキャンダルで人気落ちてくれるならありがたい。


 壁にはネクタイ、ワイシャツ、紺色のリクルートスーツ。

 クリーニングに出して本日返ってきたばかり。

 明日はピシッと決めて面接に臨むぞ。


 さてと。

 一次試験が終わったことだし、今晩くらいは息を抜こう。

 机に向かい、パソコンPC9821──「98」の電源を入れる。

 OSが立ち上がったところでコマンドを入力。


【b:\> cd nanpa2】

【b:\nanpa2> nanpa2】


 ゲームメーカー「elf」のロゴ、続いて「同級生2」のオープニングテーマが流れる。

 同級生2は総勢一五人のヒロイン達を攻略する一八禁アドベンチャーゲーム。

 俗に言う「エロゲー」だ。

 しかし同級生2は、ただエッチに持ち込むことだけが目的のエロゲーではない。

 その過程が重要視されたシナリオによって、あたかもヒロインと恋愛しているような甘酸っぱい気分になれる。

 いわば恋愛シュミレーションゲームでもある。


 秀逸なシナリオと98の限界に挑んだ美麗なグラフィック。

 しかも開発したのはエロゲー界の雄たるエルフ社。

 これだけの要素が揃って売れないわけがなく、昨年一月に発売してから常に売上ランキングの最上位。

 俺含む購入した人達はすっかり虜になっている。

 こうして何度も何度もプレイを繰り返すくらいに。


 本来はエロゲーするために98を買ったわけじゃない。

 でも、はまってしまったものは仕方ない。

 今晩は久々にやりこむぞ!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ