表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君だけの青春が、ここにある  作者: 天満川鈴
前章:21年前
19/31

EP19:1996年6月28日「七月一日はどこを回るか重要ですから、よく考えて決めて下さいね」

 大蔵省の訪問を終えて庁舎外へ。


「主計局と主税局の二人に会わせてもらったけど自信満々だったなあ」


「ボクもその二つ、なんせ大蔵省の両トップだからねえ」


 一言で表現すれば泰然自若。

 郷原補佐みたいに攻撃的ではなく、掛かってくるなら掛かってこいという余裕があった。


「予算や税制に関する面白い話は聞けたけど、まるで相手にされてなかった感じがする」


「ボクも同じだよ。もう学歴とか女性とか以前に、この時期で初めての訪問だもの」


 二人とも、どう見ても冷やかしだものな。

 先方も割り切って業務に関連したレクに徹していた感じ。

 ただ、行った価値はあったと思う。

 この人達が日本を動かしてるという実感が一番掴めた官庁ではあった。


「次回のアポはどうだった?」


「『七月一日はどこを回るか重要ですから、よく考えて決めて下さいね』」


「俺も同じ」


 これが「当省を回っても無駄ですよ」って断り文句だものなあ。

 お役所言葉って慣れないとわかりづらい。

 さすがに俺達は状況からはっきりわかるけどさ。


「井戸、ついでに警察庁も回ってみる?」


「何をやぶからぼうに」


「何となく。あの待合室の二人が大蔵省と警察庁を名指ししてたからさ。井戸としては、どんなところか見ておくのも悪くないんじゃない?」


 物見遊山ついでか。

 警察ってことなら、ちょっと聞いてみたいトピックあるしな。


「よし、じゃあ行ってみよう」


※※※


 受付で名前を記して待合スペースへ。


「古い建物だよなあ」


 大蔵省は由緒あるって感じだった。

 しかし警察庁はそれを通りこしてボロいだけ。


「もうすぐ庁舎取り壊すからね。こないだ来た時は天井が剥がれて落ちてきたよ」


 どんだけだよ。

 広さは厚生省と変わらない大会議室なんだけどな。

 いや、学生達の雰囲気までも厚生省と似ている。


「郷原がよう、『君なんてキャリア官僚ってより歌舞伎町でホストやってた方がいいんじゃない?』とかぬかしやがって」


「ひっど、でもウケる」


 やはり聞こえてきた例の話題。

 しかし……出口に耳打ちする。


(これはさすがに盛ってるよな)


(台詞だけなら言いかねないけど、あの補佐に「歌舞伎町のホスト」って発想が湧くかが怪しいね)


(やっぱりお前って理屈っぽいよ)


(井戸に言われたくない)


 とにかく、あからさまなウケ狙い。

 ネタにされるだけのことをやったんだから自業自得とは思う。

 だけど本当に不愉快な目に遭わされた身としてはムカつくまである。

 きっと何かはされたんだろうけど俺ほどじゃないだろうよ。


 ……って、不幸自慢しても仕方ない。


(騒がしいし、とても本気で訪問してるように見えないんだけど)


 そこが厚生省との共通点だ。

 決して俺の決めつけじゃなく、そんな感じの学生が目立つ。

 他をあちこち回った今だとよくわかる。


(これが「警察庁の罠」。職員の外面がよくて、しかも落とす気配を臭わせないんだ。だから他の感触よくなかった学生達が勘違いして寄ってくる)


(ふんふん)


(しかも年によっては内定部屋と落とされ部屋の入替もあったりするから、学生の側も希望を持ち続けちゃう。ある意味悪魔みたいな官庁だよ)


(確かに。でも、なんでそこまでするのさ)


(エロゲーにはトラップの選択肢がつきものだよ)


(真面目に答えろ)


 出口がちっと舌を鳴らす。


(推測だけど、官庁を訪問する学生の人数も人気のバロメーターだからじゃないかな)


 騒いでた学生が話しかけてきた。


「こんちゃー」


「ちわー」


 このアホ大キャンパスと変わらない、チャラいノリはなんなんだ。


「ねね、お姉さん達って付き合ってるの?」


 はあ?

 否定しようとしたら、もう一人が話しかけてきた。


「さっきからずっとくっついてるしさ。仲いいなあって」


 どうでもいいだろ。

 まるで小学生。

 否定するのもバカらしくなるけど、それでも否定しないと。


 ──と思ったら、出口が肩を組んできた。


「そうだよ。ボク達、薔薇カップルだから」


 はあ!? 何を言い出す。


「『ボク』って!?」


「『薔薇』って!?」


「ボク、外見ガワも中身も『お兄さん』だから。そういうわけでそっとしといて」


 二人がまさしく変な人を見る目で離れていった。

 同時に出口も俺から離れた。


(何ということを言いやがる)


 しかし俺の言葉は耳に入らなかったらしい。


(今すぐ消えろ、カス)


 出口の本性を垣間見た気がする。


 ただまあ、気持ちはわかる。

 今の会話は論外だけど、そうじゃなくても軽薄そのもの。

 もっと場に応じた口の利き方があるだろう。


 ……って。

 俺、初日の厚生省でここまで思ったっけな?

 バカ騒ぎしてる人達見ながら、場に応じた行動くらいは思ったけど。

 知らない間に出口の影響受けてるのかな?


 ──名前を呼ばれる。


「井戸さん、いますか~」


「は~い」


 行き先は俺のリクエストした生活安全局。

 五年目の課長補佐が、にこやかに応対してくれた。


「サイバー犯罪に興味があるんだって?」


「はい、ぜひお話を伺わせていただきたいです」


 インターネットが一般に普及し始めて半年。

 数々の違法コピーソフトがネット上にアップされてばらまかれ始めている。

 もちろん我が愛するエロゲーも。

 さらにトロイの木馬などウィルスのオマケ付きで。


 胸を張れる話ではないが、友達同士でソフトを貸し借りしてコピーするのは常識である。

 しかしソフトの流通そのものが現状まだまだ限られているから、大半のソフトはお金出して買っている。

 俺の攻略してきたエロゲーも然り。

 発売日に買って、すぐさま中古ショップに売ることで節約してきた。

 少しでも早く売った方が買取り価格が下がらないから。


 しかし誰でもコピーソフトをダウンロードできるとなると、話が違う。

 将来的にインターネットの普及は進み、回線速度も上がって便利になるだろう。

 一方で頒布サイトが大規模になり取扱ソフトが増えてしまったら?

 誰もソフトを買う必要がなくなってしまう。

 その時はパソコンソフトメーカーが片っ端から倒産し、業界は終焉を迎える。

 そして俺はエロゲーができなくなる。

 これは決して夢物語じゃないと思うんだ。


※※※


 訪問が終わり、帰路につく。

 俺は浅草、出口は大学近くの田町。

 お散歩がてら共通する駅の新橋まで歩こうということになった。


「あー、面白かった」


 やっぱりプロは違う。

 自分でも興味あって色々調べてたけど、参考になる話をいっぱい聞けた。

 これこそ本当に官庁訪問だと思う。


「あはは。そう言ってもらえると連れてきた甲斐があったよ」


「次回は七月一日だって。本当に指定してきたよ」


 大蔵省と同じく採る気ないのわかってるからいいけど。


「ボクは六月三〇日。『訪問回数が少ないけど、上の人を君に会わせたい』って。仕方ないから『某省』にして内々定もらってるの正直に話した」


「見込みある人にはちゃんと言うんじゃん」


 しかし出口は首を振る。


「去年女の子で全く同じ台詞言われて、三〇日拘束されて、だけど翌日は落とされ部屋だったってケースあるよ。しかも実家の近所へ身辺調査まで入ったのに」


「ひえええ!」


「どこもそうだけど、この判断のしづらさはどうにかならないかなあ。全官庁共通で、もっと明確に採用のルール作ってくれればいいのに」


「その前にお役所言葉をなくせよ。わかりづらくてイラつく」


「あはは、本当だね」


 ──新橋駅到着。


「井戸、頑張って。三〇日から数日は連絡とれないと思うけどメール来たら読むから」


「ありがと。朗報届けられるように頑張るよ」


「じゃあ、また数日後ね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ