EP14:1996年6月17日「ボクがエロゲーを心置きなく楽しむためだよ」
「ゆっくりなディナー」の店として出口が指定してきたのは「天狗」。
東京の学生なら誰でも知ってる安くて美味しい居酒屋チェーン。
自称も他称も超絶美少女な出口には似つかわしくない店だが、気取ったレストランに連れて行かれても困る。
むしろこういう俗っぽい店を選んでくれる辺り、こちらも気楽に付き合いやすい。
生ジョッキが届いたので乾杯。
他にもサラダに鳥からにサイコロステーキにつくねにフライドポテトに。
全部出口の注文。
スレンダーな見かけによらず、よく食べる。
まずは俺の報告から。
どうだったかを、ざっと語る。
「農水省びっくりしたよ。厚生省と違いすぎる」
「それは何より。いい人に当たってよかったね」
「アポイントの時に気になったんだけど、やっぱりたくさんの人と会った方がいいの?」
「何とも言えない。省庁によるし、農水でも一回の訪問で上がった人もいるし」
「そっか」
「ただ熱意として受け取られるし、誰かが評価した時点で上に上がるというシステムならクジはたくさん引いた方がいい。時間が許す限り回った方がいいのは間違いない」
「なるほど。あーっ、サイコロステーキ全部食べやがった」
「天狗でサイコロステーキを食べずして何を食べるのさ」
いや、俺の分まで食べるなと……言ったら話が逸れそう。
そのまましばらく本題に戻れなさそうな気もするし、諦めて話を続ける。
「出口はどうだったのさ」
「いい人だったよ」
表情一つ変えず、たった一言。
「まるで出口が会ったのはいい人じゃなかったみたいな口ぶりだな」
「考えすぎ。ただボクには、あのフランクな雰囲気は合わないかなって。元々、農水省には興味ゼロだし」
出口はどちらかというとつっけんどん。
俺に対してはともかくとして、和気藹々なのが苦手そうなのは何となくわかる。
「そういうの聞くと、付き合わせて悪かったと思ってしまう」
「気にしないで、バイト先で官庁訪問体験談書けば報酬もらえるから。むしろ一人じゃ興味ないとこ行きたくないし、付き合ってもらえるのはありがたいよ」
そう言ってくれるなら言葉通り受け取っておこう。
ではさっき聞きそびれたことを聞いてみるか。
「出口の第一志望ってどこなんだよ」
「防衛庁」
「これまた初日の厚生省とは右と左で極端だな。理由を聞いていいか?」
「ボクがエロゲーを心置きなく楽しむためだよ」
「そんなの真顔で言われても──」
からかってる?
一旦はそう続けようとした。
しかしどうも素で言っている気配を感じて言葉を押しとどめる。
入れ替わりに、出口が訥々と話し始めた。
「ボクが呑気にエロゲー楽しんでいられるのは国家の平和、ひいては存続あってこそ。防衛はその根幹をなすものだ。それなのに日本では『危険が起こらないもの』として顔を背け、危険が生じた際の対策を立てようとも議論しようともしない」
前年の一九九五年、そうした危機感をおぼえさせるだけの事件・事故が続いたのは間違いない。
「軍事はよくわからないが、阪神大震災もオウム真理教も対応ひどかったらしいからな」
「軍事は尚更だよ。北朝鮮から東京にノドンミサイルが飛んできたらどうするのか。誰も考えないのならボクが考える。そして、その対応するための体制を作り上げる──」
言葉に力が込められる。
「──ボクの生活はボクが守る。国民の生活を守りたいなどと綺麗事を吐くつもりはない。でも結果としてはそうなるのだから構わないだろう。三流官庁とされる防衛庁だが、そのためにはボクの力で『省』にもしてみせる」
軍事関係に疎い俺でも、思いはわかったし伝わった。
やっぱり出口にしても、やりたいことがあるから防衛庁を志望しているんだな。
「よくわかったよ。ついでにもう一つ聞きたい」
「何?」
「どうしてそこまでエロゲーを愛する?」
「あのヒロインを攻略したときの達成感。同志たる君はわざわざ口にしないとわからないのかい?」
「いや。そりゃ、まあ……」
もちろんその通り。
さらにゲームそのものをコンプリートしたときに至っては絶頂がごとくの達成感がある。
「どうして女のお前が」という返しも、ここまで力強く断言されると野暮だ。
「じゃあ、代わりに聞きたい。出口はどうしてエロゲーを始めた?」
「一言で言うと『兄の影響』。高三の時に体壊した話はしたよね」
「うん」
「入院生活ってすごく暇でやることなくてさ。ぼやいてたら兄が98のノートパソコン持ってきてくれたんだ。『その中にゲームいっぱい入ってるから遊べ』って」
「うんうん」
「その全てがエロゲーだった」
「ぶっ!」
「妹にこんなもの持ってくるなんて何を考えてると最初は思った。だけど兄としては好意で持ってきてくれたわけだし、やらずして批判するのはよくない。そこで片っ端からハードディスクのエロゲーを攻略していった」
「うんうん」
って、頷いていいところなのか?
「これがやってみると実に楽しかった。征服欲が充たされるのはもちろん、シナリオは下手なミステリ小説顔負け。さらに出てくるヒロイン達はかわいいしで、退院する頃にはすっかりエロゲー大魔王になってしまっていた」
「うんうん」
エロゲー大魔王って、出口に限っては超絶美少女よりすごい自称だぞ。
「で、退院後もエルフとアリスはもちろん、シーズにカクテル、さらにリーフみたいな新興レーベルからPILみたいな凌辱系、その他星の数ほどあるマイナーレーベルに至るまで、片っ端から手にとっては攻略してきたってわけ」
女の子の口からエロゲーメーカーの名前をずらずら並べられると、さすがの俺でも引く。
特にPILなんて男でもプレイヤー選ぶレーベルなのに。
もっとも俺の側も同じ。
出口は「にわか」じゃなく、同レベルで語り合うことのできる本当の同志ということだ。
これは官庁訪問を抜きにしても、本当にいいヤツと出会えた。
「じゃあ本腰入れて語り合おうか。まずはやっぱりエルフから?」
「そうだね──あっ、その前に。井戸には環境庁とかいいかも」
「なんで突然、官庁訪問に話が戻るんだよ!」
「今思い出したから。農水省と違って噂の噂でしか聞いてないから確約はできないけど、優しい人多くて学歴も関係ないらしいから」
「ふむふむ」
「しかも役所の目指すところは『理想』そのもの。井戸って『現実』に嫌悪抱いてるところあるし向いてるんじゃないかな?」
その通りなんだけど。
「わかった。明日早速行ってみるよ」
「オーケー。店員さーん、サイコロステーキもう二皿追加!」
「まだ食べるのかよ」
「だって井戸、さっき文句言ってたし」
だったら二皿頼む必要はない。
そして新しく届いた二皿とも、再び出口が平らげてしまう未来が見えた。




