ハロー、ハロー、愛すべきニューワールド。
いつもいつも。夢の中に、いた子供がいた。
泣いてばかりで、私と同じくらいの子が悲しそうにうずくまって。
泣かないで。
そう言いたくても声は出なくて、近づくこともできなくて。
そんな夢をしょっちゅう見ていた。
成長するにつれ、私も彼も同じように成長して、どんどん近づくことはできた。
お互いにお互いを認識しているのに、見えない壁が私たちを阻んで、やっぱり声は届かなくて。
彼は相変わらず悲しそうで、でも記憶にある中で覚えているのは、いつの間にか彼は『泣かなくなっていた』ことで、そして。
そして、何故か、顔は思い出せないまま――私はその『夢』を見なくなった。
それは、私が『大人』として認定された、第三の性オメガであると判定を受けたその日から。
この世界には、男女の性とは別に第三の性が存在する。
アルファ、ベータ、オメガ。これらは特異性を持つ『第三の性』と呼ばれ、そしてそれは人為的に生み出されたものだ。なんとオメガ認定されたら男性も妊娠可能とかなにそれって感じだけど、一応理由はある。
それは世界政府『アネモイ』が、優れたる人類を生み出し淘汰すべきという思想から生まれた産物。
国という概念はもはやなく、アルファ性を持つ人員によって構成された『アネモイ』によって統治者側のアルファがいずれは世界を満たすという何百年、何千年、それらを見据えての大きな公共事業のようなもの。
アルファは世界をより良くするために社会に奉仕し、ベータはそれに従属する形で生活をし、そしてオメガは……オメガは、アルファと番になってアルファをたくさん産むこと。
そうすることによっていずれはベータがいなくなり、世界はアルファに満たされる……ということらしい。
正直に言えば、よくわからない。そして私はアルファを生むための道具としての性、オメガで、さらに女性体。引く手数多であるはずで、反吐が出る。
とはいえ、幸いにも私にはオメガ特有の『発情期』と呼ばれる現象が二十歳を過ぎてもやってこなくて、変なヤツに付きまとわれるような恐ろしいこともない。
発情期っていうのはそのままだ、オメガがアルファを誘惑する、そして妊娠するためのフェロモンが感情とはまったく本能として強制的に発せられる。私は本当にオメガなのかってくらい来てないけど。何回か病院で確認したけどやっぱり何回検査してもオメガって結果で、医者は首を捻るばかりだったけど。
まあそのおかげで、私はオメガでありながら発情期で苦しむことなく勉学にも勤しめたし就職もしたけど。
今日は休みだから、本当は体を休めた方が良いんだけど……なんだろうなあ、ご近所が最近新婚カップルばっかりで居づらかったんだよね……。
うん、まあ、別に恋人が欲しいとかないし、焦ってもいないし、私は職業上そうそう恋人とか作れないし。
私の職業は、世界政府『アネモイ』直下機関のひとつ警察機構『ボレアス』所属の情報捜査官。
一般的な刑事やおまわりさんっていうのとはちょっと違う、まあ一般的にヤバい案件担当、みたいな……だから警察手帳とか身分証明書で出せないタイプの……言うなれば日陰者。
だから偽名はたくさんあるし、セーフハウスとかもたくさん持ってるし、変装だってお手のもの。おまかせあれ。
「……おかしいな、今日は天気がいいんじゃなかったかな」
電波塔の観光用展望台で自分が守っている世界をちょっと見て気分をアゲようと思ったところで酷く黒い雲が空を急激に覆うのを見て眉を顰めてしまった。
洗濯物を干しているとかではないし、今日は任務とかではないから困ることもないのだけれど。天気予報は快晴とか言っていたのになあ、というだけ。
―― カッ、
黒雲の中で、鮮やかに光るそれ。
ああ、眩しいけど綺麗だなぁ、なんて暢気に思うが周囲の人はそうでもないらしい。
わぁだかきゃぁだか声があがるのを横目に見ていたら、何故だか雷が光るたびに、人と人の間に――別の、『人』が、見える。
それは一瞬で、向こうも多分気付かないほどの一瞬で。
―― カカッ
近づいてきている黒雲から放たれる雷の鮮やかさが、大きくなればなるほどそれは、はっきり見えてくる。
私を、今見ていなかった?
―― カァ、ッッッドー……ンン!!
ひときわ大きな雷は、電波塔に落ちたのか一瞬にして視界が、真っ白になった。
それでも私が目を反らせなかったのは、そこに居ないはずのスーツ姿の男性が、こちらをまっすぐに見ていたから。
そして雷鳴が止んだその時には、その人が目の前にいる。
(……なんだろう、違和感が)
思わず周囲を見る。
おかしい。
さっきまで窓の外は、黒雲に覆われ雷が光っていたけれど。
雨なんて、降っていなかった。
誰一人、傘なんて持っていなかった!
私の隣で、展望台のオペラグラスを見ていた家族もいない。
「さっきの雷、すごかったわねえ~」
「本当、今日は嵐だって言ってたけどすごかったよねえ!」
(嵐……?)
おかしい、私は夢でも見ているの?
『――ボレアスより通達。ラプラス計画に貴君、コードネーム“φ”が選抜された。これよりそちらの“世界”での適合を開始する。適合完了後、ボレアスよりコードは解除されチップは自動的に消滅する。繰り返す、ラプラス計画に貴君は選抜された』
脳内に唐突に響くアナウンス。
それは『ボレアス』に所属する人間の頭部に埋め込まれた極小チップから聞こえる自動音声。
でも、なんだって?
ラプラス計画?
それは頓挫したはずの、異世界移住計画だ。私たちの世界における、不適合者が幸せに生きるための移住計画だったか。そんな謳い文句のそれに、私が選ばれた? つまり私は、不適合者だと?
『答えはノ-だ。φ、きみはラプラス計画が実現可能であると証明するための個体として行動してもらう。とはいえ、いきなりの転移と適合では状況が掴めないため履歴や肉体の再構成、その他についてはおいおい覚えてもらうがまずはその世界に君は溶け込み、そして学び、こちらに情報を流す“端末”となってもらわねばならない』
なんていう一方的な指令だろうか。
つまり私は移住先の次元が今後の計画で移住先として適合かどうかを知るためのスパイになれって事だ。
何一つ情報の無い状態で、装備ゼロで放り出されたということだ!
なんていう一方的な指令だろうか!!
苦情のひとつでも言いたいところだが、このチップは有能で有効であるが一方通行というなんとも都合の良いものだ。
向こうはそれを理解しているからこそ、私にこの任務を押し付けているのだけれども。
φ、それが私を示す記号ですべて。
なんてことだろう、思わず眩暈を覚えた瞬間、少し離れたところで喧嘩をする声がして思わずそちらに目を向けた。
瞬間、起こった轟音と共に私は吹き飛ばされて――『あ、これ爆弾じゃね』と気が付いた時は死んだと思ったね!
なんでこっちが状況把握もできない状態でどこかもよくわからないのに爆弾テロに巻き込まれるってわかるだろうか。こちとらボレアス所属の(腕利きかどうかは微妙としても)捜査官とはいえ、生身である。
幸いにもどこかの誰かが私を引き寄せてくれたから、死なずに済んだらしい。
どこかで、『みつけた』なんて声が聞こえた気がしたけど気のせいだろう。……私が言ったのだろうか。
だって、顔を見れなかったけど、私を抱き留めてくれた人が――小さなころに、見えない壁越しに手を合わせたあの男の子のような気が、したから。
まあ気のせいだろうけど。
そして私が次に目を覚ますのは当然病院で、『ボレアス』の指示により記憶喪失を演じている間に戸籍だのなんだのを作成してこの世界で謎の情報屋『φ』として活躍をしていくだなんて誰も知る由もなかったのだ。
書きたいシーンだけ詰め込んだ感じ。