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「こっちです!早く来てください!」
委員長こと春香は近くにいた人達に声を掛け、路地裏に戻ってきていた。
麗華に言われてから、少し時間が経ってしまったのは人気がなかったからだ。
この商店街も時代の波には逆らえなかったというところか。
二人はこの商店街で小さい頃から遊んでいたため、大型ショッピングモールよりもこちらに足を運ぶことが多い。
そして、春香と楓が声を掛ければすぐに集まってくれる人もまた多かった。
「獅子堂さん!」
路地裏に辿り着くと、そこに麗華の姿はなかった。
あるのは四人の男の姿。
春香や楓に絡んできた連中だ。
「そんな……。」
春香の絶望した声が響く。
一方、事情の知らずに来たおじさん達はやれ救急車だやれ担架だと騒いでいる。
「うーん、これは……。」
「っ!? 何かわかったの楓ちゃん!」
「少女コミックを愛読する私の想像によると、これは既に王子さまが現れたパティーンだと思われ。」
楓の突拍子もない推理に春香は思考が追い付かない。
「楓って少女マンガが好きなのね、意外……。」
「誰が少年コミックで男の友情で(;´Д`)ハァハァですか!」
「……それはともかく、助けてくれたってことはいい人だと良いんだけど。」
春香の胸中に渦巻く不安が一体何なのか。
それは誰にもわからなかった。
ーーーー
「う、うーん……。」
麗華は徐々に覚醒していく。
そして、意識とともに思考も覚醒していく。
(あれ…僕、なんで寝て…あぁ、そうか喧嘩したんだった。)
そして、重大なことに気付く。
(それで良いようにぶっ飛ばされて……あれ、でもアスファルトじゃない!)
その事実が麗華を完全に覚醒させるきっかけとなった。
(もしかして、やっちゃった? 大事なもの失っちゃった?)
麗華は身体を触るが着衣に乱れはない。
そのことに少し安心しているとドアが開く音が聞こえた。
咄嗟に構え、状況を確認する。
(見たところ、どこかのマンションの一室。そして、家人らしき者が帰ってきた。あの状況から考えるに四人の男の内の誰か。でも、気配は一人だけ? 他の三人は? もしかして、第三者...それだとあの男を倒したということか?)
麗華は警戒のレベルを上げた。
敵か見方か判断はつかないが用心するに越したことはない。
全てに対応できるようにしておく。
(まずは平和的に対話を。それがダメなら実力行使で。)
ドアが開く。
しかし、男の顔はわからなかった。
なぜなら男の顔が見えなかったからだ。
手にしたベッドによって。
(えっ、これは何? 今からベッドでしますよっていう意思表示? そんな悠長なことをするより寝込みを襲う方が楽だと思うんだけど。)
「あぁ、目が覚めたのかい? 悪いね、生憎と寝具とか置いてなくてね。こうして買ってきたのだけど、徒労に終わったようだ」
ベッドを適当な場所に下ろす男。
だが、顔はわからないままだった。
なぜなら、その男は。
仮面をしていた。
舞踏会を彷彿とさせる目元から鼻を隠すタイプのものだが、派手な色や装飾はない。
シンプルな白い仮面だった。
「うーん、こうしてここに招くならもっと大きい部屋にすれば良かったな。でも、住み慣れた家の方が安心するし……」
男はぶつぶつ呟いている。
麗華はその間に冷静になることができた。
どうやら、目の前の男は敵ではないようだ。
それだけわかればとりあえずはオーケーだった。
「あなたは何者ですか?」
だから、素朴な疑問を口にしていた。
「君を拐いに来た怪人ってところかな!」
「……はぁ、そうですか。」
「ちょっと待って。今危ない人だと思ったでしょ?! 危なくないよーちょっと世間知らずなだけだよー。」
子供をあやすような口調で話す怪人。
ちょっとしたやりとりではあったが、悪人ではないようだ。
それこそ、少し面妖な格好をしているだけで。
「あの、どうして私はここに?」
麗華は続く疑問を訊ねていた。
長居をする気はないので、手早く済ませたかった。
「あぁ、あのままだと風邪を引くと思ったからね。それにあの程度の男に君をどうこうさせるつもりはないからね。」
「……ということはあの男を。」
「ちょっと退場してもらった。」
その言葉を聞いて、麗華は仮面の男の腹に拳を突き立てた。
反射的に危険人物だと判断したのだ。
避ける素振りや、防御する素振りすら見せない男。
そこに決まる完璧なクリーンヒット。
これが常人ならば数日はご飯が食べられない。
そう、常人であれば。
(嘘だろ、僕はタイヤでも殴ったのか? 手を出した方が痛いとかどんな身体してるんだ……。)
麗華の拳がビリビリと痺れる。
男には反撃する気配はない。
まるで、意に介していない。
それが麗華にとっては不満であり、どうしようもなく恥ずかしくなった。
「帰るっ!」
麗華はそれだけ言うと部屋を出た。
助けてくれたお礼も言わずに。
相手の名前も聞かずに。
冷静になった麗華は後悔した。
「ここ、どこ...?」
麗華が家に着いたのは母の麗子からの電話があってからだった。
この日以降、麗華はスマホの地図アプリが使えるようになった。