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教室に戻ったきた麗華がまずしたことは机を換えることだった。
さすがに前衛的過ぎる机で授業を受ける気はない。
晩年の芸術家でも首を横に振るレベルであろう。
そうは言ってもいきなりあんな机になるとも思えない。
クラスメイトが陰でやっていたとも考えづらい。
つまり、この学校の教師達も見過ごしていたということになる。
学校で問題にならないように隠蔽していたのか。
麗華の両親、その中でも父親は親バカな感じがある。
事が公になれば潰されるかもしれない。
その事が更に学校側の隠蔽に繋がっていたのだ!
まぁ、そんな憶測は麗華にとってはどうでも良かった。
目立たないようにしたい。
その一心である。
「はい、先生。」
「何かね、獅子堂君?」
「机を換えたいのですが、よろしいでしょうか。」
その発言に教師は動揺した。
今まで見て無ぬ降りをしていたのに、それを直視しなければならない現実。
どうして自分なのだ、と。
このクラスの担任なのだから仕方がないことなのだが、自分の運を呪いたくなった。
そして、教師が取るべき行動はひとつ。
「そうだね、すぐに新しい机を持ってこよう。」
この場からの離脱。
並びに理解ある教師の面目。
その二つの実現を謀る。
一方で麗華は替えの机があることを喜んでいた。
クラスメイト達はいつもと違う麗華を恐れていた。
今まで自分達がやってきたことの報復があるかもしれない、と。
さっき麗華を連れていった三人の姿も見えない。
鞍替えだ!勝ち馬に乗るのだ!
斯くしてクラスメイトは麗華に優しくなるのであった。
ーーーー
(ん?なんか教室の空気が変わった?)
麗華の鋭敏な感覚がそれを察知した。
(おかしいな……目立たないようにしていたのに。)
その為に目立つことをしてしまったことに麗華は気付かない。
(まぁ、良いか。それより今後の目標はと。)
1、学校で目立たずやり過ごす。
2、麗華が元に戻った際に良い環境を作ってあげる。
3、自分の心臓がどういった経緯でこの少女に移植されたかを知る。
4、自分を殺した奴に復讐する。もしくは再び襲われた際に自衛できるだけの力を得る。
(1と2に関しては少しずつ変えていかねば……3は病院に聞いたけどイマイチ要領を得ない。4は……絶望的だ。)
ただでさえ女になったことで筋力や身体能力が低下している。
それに麗華の身体は全く鍛えられていない。
モヤシも良いところだ。
(それに余計なものも付いてるし……。)
ゴクリと息を飲む。
自分の身体とは言え、興奮してしまう。
こんな感情は初めてであった。
(あの研究所に女の子はいなかったからな……。)
麗華はその感情を免疫のなさから来るものだと断定し、平静を保った。
でも……でも、である。
もしこのまま麗華の意識が戻らず、僕のままであったなら。
女になった自分は男に抱かれることになるのだろうか?
ゾクッと悪寒が背筋を駆け巡る。
(女の子!女の子が大好きー!!)
麗華は現実逃避をすることにした。
自由恋愛だから女の子同士でもオーケーだ。
世界は寛容になったのだ。
しかし、女の子同士でどうやって愛し合うのだろうか。
麗華はしばらく眉間に皺を寄せていた。
ーーーー
キーンコーンカーンコーン
つつがなく一日が終わった。
授業の内容は知らないことばかりだったが教科書を読めば、なんとなくわかった。
この身体が影響しているのだ。
加えて初めて学校に通ったという事実が知的好奇心を刺激していた。
知れることはすべて知りたい。
その欲求に抗えず、真面目にノートをとり、わからないことは質問していた。
麗華は意図せずして模範的生徒になっていた。
それに最も驚いたのは教師達だった。
いじめの事実を容認していた後ろめたさがあった教師達に罪の意識を感じさせない姿勢。
その姿勢に教師達は感銘を受け、二度とそんなことが起きないように目を光らせるのだった。
麗華の掲げた2の目標が早くも達成されたことに麗華は気付かなかった。
(4の達成の為に少しでも身体を鍛えるか……。)
授業が終わればあとは帰宅するだけであるが、ここから麗華にとっては重要だった。
一先ず並の成人男性程度の力は得たい。
その事を見越してかなり距離のある通学路を走るように送迎の車は既に断っていた。
父の明夫は心配で堪らない様子だったが、母の麗子が強く言わせなかった。
父は母の尻に敷かれているらしい。
(家までは10㎞くらいあるし、良い運動になるだろう。)
最初ということもあってスピードは期待出来ないが、徐々に上げていければ良い。
部活に行く生徒に混ざり、更衣室で手早く制服から動きやすい服装に着替える。
手早く着替えたのは他の女の子の着替えを覗くわけにはいかないからだ。
僕は硬派な男なのだ。
少し残念な気持ちもあるが諦めて柔軟をする。
(それにこの傷はちょっと見せられないよね。)
生きるためとはいえ、女の子には気になる傷痕だ。
麗華は心臓の位置に手をやると一瞬物憂げな表情になる。
その気持ちを吹き飛ばすようにと麗華は駆け出していた。