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「これが……学校、なのか!?」


目の前に広がる大きな建物。

同じ服を着た同年代の少年少女達。

所謂、普通の学校に間違いないのだが、今の麗華にとっては衝撃的な光景だった。


(これが…普通の学校なのか?!)


麗華になる前は研究所くらいしか大きな建物を見たことはなかった。

その研究所というのも名ばかりで、住み込みで技術を磨かされていただけだった。

そう、殺しの技術を。

一般には対処できないことを秘密裏に解決する。

世界に表や裏があるのなら、それはきっと裏側だったのだろう。

研究所では毎日が殺伐としていた。

隣にいた子が次の日にはいなくなっている。

そんなことが当たり前の世界だった。


(皆、笑っている……)


少年や少女達が笑っていた。

今の僕……いや、私は笑えているのだろうか。

あまりにもブランクがあり過ぎて上手く出来る気がしない。

試してみるも、表情筋が引き付くだけで口角は上がらない。

笑うことも悲しむこともなく毎日を淡々と生きてきた。

そうしなければ生きていけなかった。

文字通り。物理的に。

そして、何もわからず、何も知らずに僕は死んだ。

勝手な都合で、今まで献身的に仕事をこなしてきた僕を切り捨てた。

あまりにもやるせない。

何かやり返さねば気が進まない。


(それでも……今は流されよう。下手に動けば、同じ轍を踏む。今度こそ上手くやるんだ。)


麗華は両手で拳を作り、胸の前に持ってきた。

無意識に頑張るというポーズを取ってしまう。

もしかしたら、元の精神がそうしたのかもしれない。

いや、そのはずだ。

何故なら、麗華の顔は羞恥に染まっていたのだから。


「ねぇ……あれ。」

「あっ、戻ってきたんだ……。」


生徒達の何人かが麗華の姿を見て話をしている。

さっきの行動を笑われてしまったのだと思ったが、それにしては感じが悪い。

微笑ましいものを見る目ではない。

物珍しい動物を見るような目。

疑問を感じながらも麗華は歩を進めた。

いつこの身体から自分が消えるのかわからない。

その時に困らないように最低限のことをしてあげたい。

この身体になった僕が出来ることはそれぐらいだった。


ーーーー


ガラガラガラ。

教室の引き戸を開けると、空気が一瞬止まった。

そして、何事もなかったように動き出す。

麗華は両親の話や自身の日記の情報からクラスと席がどこなのかは知っていた。

迷いのない足取りで進み、席まで着いた。

しかし、目の前の机は酷いものだった。

「バカ」「クソ」「淫売」と心無い罵詈雑言が書かれている。

試しに手で擦ってみるが、油性で書いたようで全然落ちなかった。


(これが……普通の学校の挨拶。なわけないか。)


麗華の周りの机にはそれらしい文字はない。

もしかしたら、机をデコレーションするのが流行っている。というわけでもないようだ。

結論から言うといじめと呼ばれるやつだろう。

クスクスと笑っている者もいれば、居たたまれない顔をしている者もいる。


(良かった……嫌な気分になっている人もいるんだ……。)


ならば、まだこのクラスは救いようがある。

麗華は他人事のようにそう思った。


「おい、ちょっと面貸しなよ!」


麗華は後ろを振り向き、それが自分に向けられたものだと判断した。

女生徒が三人立っている。


「今からホームルームという時間のはずですが……」

「いいから、貸せって!」


ドンと机を叩く。

その音に驚いたのか教室内の会話が止んだ。


(面倒臭いことこの上ないけど、このままここにいるのも迷惑が掛かるな)


麗華はすくっと立ち上がり、相手を見た。

醜悪な顔をしている。

名が体を表すように、顔が心を表していた。


「わかりました。手早く済ませましょう。」


その言葉を聞いて驚いたのは相手の方だった。

いつもとは違う言い知れぬ気配を感じたからだろう。

圧倒的なまでの余裕が女生徒達の心を揺さぶる。

もしかして自分達はとんでもない相手に喧嘩を売ったのではないか、と。


しかし、女生徒達は退けない。

ここまで来たのに退いていては自分達の面子が丸潰れだ。

元々大した面子でないが、この行為でマウンティングしていたのは事実。

スクールカーストの最下層になるつもりなど毛頭ないのだから。


「こっちだ!」


雑念を振り払うように女生徒は麗華に言った。

クラスから四人の姿がなくなると、いつもと違う空気に場は騒然としていた。


ーーーー


「ここで良いか。」


女生徒達が止まる。

麗華を取り囲むように三人が位置取りしている。

場所は人気がない校舎裏で、死角になっていた。

女生徒達にしてみれば最高の狩場。

もちろん、それは相手にも言えることだとは気付いていない。


「それでどういったご用件ですか?」

「なーに、ちょっとお金を貸してくれれば済む話よ。」

「あんたんとこの親、稼いでるんだから良いでしょ!」

「寄付よ、寄付。」


麗華はあからさまに溜め息を吐く。

あまりにもテンプレ過ぎる。

それでも荒事に関しては心得があることが唯一の救いだった。


「今日は生憎と財布を忘れてしまったので、むしろ貸して頂ければ有難いです。」

「なっ!」


恐喝した相手に恐喝される。

その状況に女生徒達の苛立ちが募る。


「この糞女。」

「まぁ、お下品な。でも、そんな糞女に集るあなたたちは蝿かしら。」

「このっ!」


言葉と共に女生徒の平手が麗華を襲う。

麗華は避けることなく、その攻撃を受け入れた。

左頬がわずかに赤くなる。

麗華の目に痛みや恐怖はない。

口元が不自然につり上がる。

麗華は笑えていた。

それは意図していたものとはだいぶ違っていたが。


「正当防衛……ですね。」


その言葉と共に女生徒達三人は意識を失った。

このときに何があったのかは覚えておらず、目を覚ましたのは夕方になってからだった。

まだ寒さの残る春の初め。

三人はもれなく風邪を引いたのだった。

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