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見えない自分 3

 6月の新譜ではユッケが失恋の曲を書いて来た。しかも初のバラード。

 待てよ、いつの間に失恋したんだユッケ。

 そう決めつけるのは早くないか、でもそこは俺が言うことじゃないよな。

「新譜は恋愛の要素を入れてみることできる、失恋の曲とかもいいんじゃない」と内藤さんは言ったけど。

「コウはセクシーさを出して。謎があったほうがいい」

 というのはあれから至上命題になり、さらに「私生活は出さないで」という一言が加わった。

 いまいちわからないけど、俺は元からちょっと人見知り気味で慣れない人とあまり喋らない。

 だからそれでちょうど良いのかもしれないし、必要な役割なら全うするつもりで模索中。

 新譜が出ると生ライブを聴くべき成長株の注目バンドとして、女性誌で取り上げてくれることになった。

 その編集の人から「コウ君18なんだ。抱かれたい男企画には早いかな」と言われた。

 ユッケもセイも19になって、月単位だけどDarwinでは俺が一番年下だ。

「どういう企画なんですか」と聞いて見せてもらった過去の記事には俳優とか歌手がランキングされていた。

 上半身脱いでる写真とかも載っていて、女性向けにこういう企画があるのかと知った。

 こんな風に見せるためにカメラの前で脱ぐなんてハードルが高いし、やれる気がしない。

 謎とかセクシーさ、とかを考える参考になるかなあ。


 8月には待ちに待った初めてのロックフェスに参戦した。観るのさえ初めての何万人という規模のフェス。

 札幌とはレベルの違う暑さとものすごい数の観客とその熱気で圧倒されそうになった。

 同時に「やってやる」と言う気持ちがみなぎった。新譜からの曲を演って観客の反応は結構熱かったと思う。

 終わって何日かしてから内藤さんが「Darwin単独ライブ、決まったよ」と言って来た。

 デビュー後東京で初の単独ライブ。どの程度動員できるだろう、よし勝負だ。

 上京してから初めて、俺は未希に電話した。

 6月の新譜は手紙を書いて一緒に送った。未希は聴いて一曲ごとの感想を書いた返事をくれた。

「もしもし洸、久しぶり。元気」未希の声だ。胸がざわめいて熱くなる。

「久しぶり、元気だよ。蒸し暑くて参るけど。未希は」と俺は無駄に平静を装う。

「うん元気。夏休みに入ってるからチエと遊んだりバイトしたり、相変わらず。洸はどう、フェスは盛り上がった」

「すごい人だったし反応は割とあったと思う。ついに単独ライブ決まったんだ」

「え、すごいね。それすごいよ、みんな喜んでるでしょう」

「すごく張り切ってる」

「あの、洸…」

「なに、未希」

「ライブ、行っちゃダメかな」

 未希それを俺に言うの。俺は会場で必ず未希を見つける自信がある。

 でも、見つけてしまったら会わないでいられない。今だって胸が苦しいんだ。

 そして、会ったら。

「うーん、嬉しいんだけど。未希の顔見て札幌帰りたくなったら困る。また今度きて、その時は招待するからね」

 バカっぽい言い訳だ、そう思う。

 わずかの沈黙があって、いつも通りの未希の声が言った。

「わかった。きっと呼んでね。洸、応援してるから」

 沈黙の長さに未希の心がわかる。でも会ってしまったら、本当に未希を札幌に帰せなくなりそうなんだ。

 どうにかなりそうなんだ。

 本当は隣にいてほしい、いつもじゃなくていいから札幌にいた時みたいにライブの前少しだけ指先に触れてほしいんんだ。でもそれは俺の弱さのように思えて口にできない。

 単独ライブに向けてはストアでのミニライブやラジオ出演とかFM雑誌や音楽雑誌の取材、ポスター撮りとか宣伝活動がガンガン入ってきた。

 ポスター用の写真を撮られる時、俺は「コウ君ちょっとまだ表情が硬いかなあ、可愛いファンの子に向かってこっちおいでよっていう感じでね」と言われた。

 その場にはまた内藤さんが見に来ていて合間に「コウ、ちょっと」と手招きして呼ばれた。

「コウ、いい加減正面から撮られることに慣れなさい。実力も見た目も誰にも負けないんだから、もっと自信を見せて。あんたは綺麗で写真は人の心を掴むんだから。そうだ。カメラの向こうに彼女がいる、そう思いなさい」と耳元で言われた。

 どうもこの人にはそういうこと、一番言われたくない。けどこの人に言われたことはきっと間違いないとも思うんだ。俺の強みも、そして弱みも内藤さんには握られてると思わされる。

 案の定、今の一言で未希と電話で話した時のことを思い出してしまったのが悔しい。

 そうして結局なぜかその後、写真にオッケーが出た。まただ。またそれがさらに悔しい。

 つまりは俺の苦しさが、(こら)えている切なさが今の俺の魅力の一部ってことなのか。

 心を切り取られるような気がして写真が嫌いになりそうだ。

 しっかりしろ俺、と自分に言った。


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