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ライラックの香り 2

 祐介は幼稚園からの洸の友達で男の子三人兄弟の次男坊。

 実家は会社を経営していて両親共働き。兄弟は上も下も2歳違いで、弟の方は小さい頃は喘息があった。

 それもあってか祐介は家では手のかからないしっかりした子だったみたい。活発で素直で周りの子の面倒を見たりするリーダータイプ。けれどうちでは洸と一緒になっていたずらを仕掛けて来たり笑わせたり、4歳年上の私を「姉ちゃん」と呼んで甘えて来た。

 母も私も祐介を可愛がっていて「あれで家ではお兄ちゃんで、気を回してるのかね」と母は言っていた。

 家族ぐるみで海水浴やキャンプに一緒に行ったり、祐介の父親が仕切る庭先でのバーベキューに呼ばれたりしていたけど、さすがに中学生くらいからは甘えたりもしなくなって、その頃から洸とギターを弾いたりするようになった。

 でも私も祐介もピアノを習っていたので、お互い気に入った曲を弾いたり連弾したりすることはあった。

 ある時、映画のビデオをレンタルして家のソファに洸と祐介と並んで見ていたら、隣に座ってた祐介と不意に目が合った。その前からちょっと見られていた気がしたのだけど目はすぐに逸らされた。

 ずっと洸と同じく弟みたいに思っているのだけど、何かの拍子にその空気が急に熱っぽく変わる時があるのに気がついた。

 その変化を意識するのだけど、なぜだか無視して気づかないふりでいなければならない気がするのだった。

 洸と祐介は高校生になるといよいよDarwinというハードロックのコピーバンドを始めて、

 その活動に2人とも夢中になり、私も専門学校から社会人になって一緒に過ごす機会も減った。

 時々うちで会う祐介はどんどん背が伸びて男っぽくなった。

 Darwinが初めてオリジナルのデモテープを作った時、

 聞かせてと洸に言ったのに何でか渋ってなかなか聞かせてくれないから、家に来た祐介にそう言った。

「俺テープ持って来てるよ。もらって」と祐介は一本くれた。そして

「聖美さん、どうせだから感想聞かせて」と居間にあったラジカセにテープを入れて流し始めた。

 洸が気づいたけど急に「俺、先風呂入って来る」と逃げた。逃げた理由は彼女の未希ちゃんとデートした時にできた曲のせいだと洸の曲を聴いてわかったけど。

 私はコーヒーを淹れて、祐介と一緒に飲みながらデモテープを聴いた。

「祐介の曲ってすごく元気でるね。前向きになるって言うか。祐介の性格だよね」

「ありがとう。あの聖美さん、仕事は忙しい」

 私は洋菓子店に勤めているので、子供の日やクリスマスなどのイベントがある月はすごく忙しい。

「そうだね。お祝い事ある月はね。どうして」

「うん。たまに暇あるときでもさあ、ライブ来てほしいって思って」

「オリジナル聴くの楽しみだから行くよ。洸のやつ言わないから、祐介フライヤーちょうだい」

「オッケー、来れたら来て。頑張るからね」と祐介は目を細めてすごく嬉しそうに言った。

 子供の頃から知ってる、一所懸命で可愛くて応援したくなる祐介の顔。

 あれ、とその時私は思った。今日は姉ちゃん、じゃなく聖美さんて呼ばれた。

 そう気づいた時祐介と視線が合った。

 出逢った視線は逸らされることがなくて、またあの時のように流れる空気がふっと変わる気がした。

 と思ったら、祐介が「姉ちゃん、どの曲が一番良かった」と聞いてきた。

 その後も顔を合わせると祐介は屈託無く「腹減ったー、オムライス作って」と甘えてきたり、ふざけて私に叱られるようなことをしたりするのだった。

 新メンバーになったDarwinのライブを観に行くと祐介は「叱られたがり」とよくドラムのケンに言われていた。

 もしかして、と思う。でも認めてしまうと掌の上にいつもある温かい何かがすり抜けそうな気がしてしまう。

 祐介が弟でいたいなら、私もこのまま祐介の姉ちゃんでいてあげる。

 祐介は十分にカッコいい頑張り屋の弟だもの。

 Darwinは高校卒業後にプロデビューしてからどんどん忙しくなり、祐介ともこの4年間は正月とかDarwinの東京ライブに行った時くらいしか顔を合わせることもなかった。

 祐介が札幌を離れてからは、このまま思いの扉は閉ざされて、お互いにいつか忘れていくものなんだと思っていた。

 でも、祐介は突然やって来た。いつの間にか大人の顔になって。

 祐介、ずっと頑張ってきたんでしょう、甘えてくれていいんだよ。

 今もきっとDarwinのリーダーとして、心のうちに引き受けている大変なこともあるんでしょう。

 あの晩、私は祐介に間が悪いって言ったけど、それは私の間違いだったかも知れないと最近思うことがある。

 確かにその夜の出来事があって少ししてから、私は付き合っていた彼と別れた。

 祐介の気持ちを知ってしまって、抱きしめられた腕を(ほど)いてと言えなくて、あの晩に感じた胸の痛みを私は忘れることができなかったから。

 そして私は祐介と付き合い始めた。でもその数ヶ月後にこの病気に罹ったから。

 治療は一進一退でお正月も病院で迎えて今はもう6月になったけど、今後のことはわからない。

 私まだ祐介といたい。寂しい顔をさせたくない。あの日の困り顔を思い出すと、また胸が痛むの。

 気持ちを確かめてからまだようやく一年くらいなのに。

 あの夜祐介と再会していなかったら私は今をどう過ごしていただろう。

 私まだ生きたい、死にたくない。

 どんな形でも一緒にいるって、祐介と誓ったから。


 一年前からのことを思い出すうち寒気は治まったけど視界が回るように感じて、

 もう一度熱を測ると39.6℃だった。頭が朦朧としてもう考え事も難しい。

 ナースコールして、応答した看護婦さんに私は言った。

「また熱が上がっちゃって。解熱剤が欲しいです」




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