再びこの街で 1
17時過ぎ、翔ちゃんのところから自分の部屋に戻ると、電話機のランプが点滅して留守電が入っていた。
メッセージはユッケと柾木さんからだった。
ユッケは「柾木さんに連絡して」とメッセージを残し、柾木さんは「スケジュールのことで話したい」と言っていて、俺はすぐに柾木さんに電話した。
「あ、洸くん。休みにごめんね。ライブのことで、先に伊東君たちと話してたんだけど。これから会社に来れるかな」まずい、柾木さんの声がすごく焦ってる。
「すみません、外出していて。これから行きます」
どういうことなんだろう、急いでタクシーで向かうと、会社に柾木さん、内藤さん、そしてメンバー全員が集まっていた。
内藤さんが腕組みしてすごく怖い顔をしている。今日はもう魔女どころか、いきり立って唸りながらうろつく野生の虎みたいだ。
「コウ、喉の調子が悪いってなぜ早く私に言わなかったの」内藤さんが俺を睨んでいきなり言った。
え、そのことで緊急ミーティングなのか。
「いえ、耳鼻科と内科も行ったんですけど特に異常はないって言われたので」
「でも、もう三週間にもなるでしょう。柾木も付いてて何やってたの、私は薬師寺さんから連絡もらって聞いたんだよ。コウ君、喉大丈夫って。無理してるかもって」
「申し訳ありません」柾木さんが内藤さんに叱られてる。
「柾木さんには、僕が大したことないって話していたからです」
「痛み止め飲んで唄っていたって、ユッケに聞いたよ。なぜ黙ってた」
「スケジュールがあるし、迷惑かけたくないから。それでです」
「馬鹿じゃないの。それで無理して唄って、喉潰したらあんた達どうなると思ってるの」
俺は絶句した。
「このバンドが続けられなくなることだってある。考えなかったの」
「すみません」とユッケが言った。違う、俺が悪い。
「すみません、自分の考えが足りなかったんです」
「コウはプロの自覚が足りない。メンバーもコウが無理してるって知らないわけじゃなかったでしょう。なぜ止めないっ」
「すみません。どこかでこの流れを止めたくない、走ってなきゃっていうのがありました。そのせいだと思います。なんでもやってなきゃ不安ってのが」とケンが言った。
「俺もです。洸のことよりきっと、自分が不安だったせいだ」とセイ。
ここまでみんな必死だった。不安だったんだ。けれどお互い弱音を吐かずにいたかった。
それがまっすぐ夢につながっていくと思っていた。
ただそれだけなんだ。
「今日からまず二週間分のライブは中止する。コウは声が掠れてるから、ラジオも別のメンバーに差し替えてもらいなさい。それで調子が戻らなければ、年内のライブは中止。以上です」
内藤さんが言って、憮然とした顔つきで「ちょっとタバコ吸ってくる」と部屋を出た。
もう12月になるってのに。
スケジュールが押してて、ただでさえ突っ走らなきゃって時なのに。とんでもないことになってしまった。
「すみません、柾木さん」俺たちは口々に柾木さんに謝った。でも柾木さんは首を振った。
「いや、僕は正月にコウ君が倒れたのを見ていながら判断を謝った。すごく反省してる。内藤さんも一段ときつかったけど、過去に無理して続けられなくなった子や、夢をなくして自殺した子も知ってるからなんだ。ここは言うこと聞いて休息しよう」と言った。
その後、内藤さんと柾木さんはこれからのスケジュールを調整するからと言ってミーティングは解散になり、俺たちはちょっと気まずい感じで4人で飯を食べに言った。
「ユッケ、迷惑かけてごめん、留守してたのも。翔ちゃんとこに行ってた」と俺は謝った。
「もともと今日は休みなんだからさ、もう考えるなよ」
「でも俺たち、これまですごく真面目に突っ走ったよね」とセイ。
「これまでは確かに持ってる強みを掛け合わせようって頑張ってきたけどさ、でも違う協力の仕方も覚えなきゃなんだろうな」とケン。
「それってどういうこと」とユッケ。
「うん、辛い時とかさあ、弱みも晒して助けてくれって仲間に言うことかな」
「でも、甘え過ぎも悪いしさあ」とセイ。
「みんな逆に、そこらへんは大丈夫なんじゃないの」とケン。
「洸、ぶっちゃけ今は具合どうなの」とユッケ。
「確かに今日は声は掠れてるけど、なぜかあんまり喉痛くないなあ。痛み止め、飲んでなかった」なぜかそうなんだ。
「原因不明ってのが逆に怖いね」とセイ。
「医者や薬師寺さんにはストレスかも、みたいなことも言われたんだ」
「それであの内藤さんもあれだけ言ったのかなあ」とユッケ。
俺は、柾木さんが最後に言っていたことを思い出していた。
ここまで俺たちを推しまくってガンガン走らせてきた内藤さん。勝手なイメージづくりで、俺が困る面も多々あった。酒癖もすごく悪いし。
あの人は俺たちのことをよく知ってるわけじゃないと思う。でも、俺たちもあの人のことをまだまだ知らない。
俺たち自身が知らない、いいところを見つけようとしてきてくれたのも確かで、この業界で凄腕と言われてる人。
今の俺は内藤さんに心配をかけてしまったな、申し訳ないと思っていた。
あの人の中には、俺たちの知らないような辛いことや傷つくことも、見せないだけであるんだろうか。
そりゃきっと、沢山あるんだろうな。バンドが続けられなくなることもある、そう言ったときの内藤さんの声は、顔つきは怒っていると言うよりどこか悲しそうに見えたのも確かだ。
夢が破れて去っていく連中や、心が折れて消えていく子を見たくないって、俺たちにそうなってほしくないって思ってくれたんだろう。
できればもっと腹を割って、ぶつかり合っても俺たちを知ってもらって、俺たちもあの人の思いを知って一緒にやっていきたいと思った。
朝には事務所から新しいスケジュールがファックスされていて、二週間ライブとしゃべる仕事がストップされた。気持ちの焦りはあったけど、皮肉なことにあの日以来急激に喉が復活してきた。
痛みがすっかりなくなったし、声の掠れも良くなった。
俺はその間曲や詞を作ったりもしたけど、外を結構歩いた。
昔のロックのレコードも視聴できるレコード屋に半日いたり、鎌倉まで行ってみたり。
ゆっくりして、いろんなことを考えた二週間だった。
そして未希とやっぱりもっと会いたい、そう思っていた。
一人でも頑張っていくけど、未希と二人の時が俺にはすごく必要なんだ。どこまでも飛び続けて心が乾いて冷えてしまった時、俺の心を溶かすのが未希なんだ。
すごく会いたい、一緒にいたい、我慢できない。
そう言ったら未希は何て答えるだろう。
それから本当に喉がすっかり治って俺は完全に復活し、バンドは年末の二週間を走り抜いた。




