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軋む扉 3

二十歳の誕生日が近づいて来た11月、俺の体に異変が起こった。

夜中から喉が痛んで喋るのも辛い。幸いなことに今日はライブは入っていなかったけど、ラジオの収録があったので柾木さんに電話で知らせてから俺は耳鼻科に向かった。

診察の結果耳も喉も鼻も異常はなくて、血を採られて調べてもらったけど特に問題はなかった。

「ただストレスでもこう言った症状が出たり、声が出なくなることもありますよ」と医者に言われた。

ラジオの仕事は痛み止めを飲んで出演した。痛み止めは効いて今のところ声が掠れたりとかはしていないのが救いだ。

薬師寺さんにも連絡した。最近はレッスンは受けていないけど「いいから遊びにおいでよ」と言ってくれて、俺は薬師寺さんのスタジオを訪ねた。

「うーん、確かに見た目は本当に異常ないねえ」と薬師寺さんも俺の喉を覗き込んで言った。

「洸くん、疲れ溜まってるかな。休めないの」

「うーん、最近ちょっと寝不足気味かもしれません」

実はあの記憶の悪夢が度々俺を襲って来ていたけど、そこら辺は言えない。

「君たち忙しいからねえ。でも、疲れとかちょっとしたことが影響するんだよ。それとそうだなあ、洸くん何か辛いけど我慢してることとかないの」

薬師寺さんの言葉に意表をつかれた。

「まあ、我慢のしどころってのが今なのかな、とは思ってますけど」

「うんそうか、大人の気持ちで頑張ろうとしても十九や二十歳の若者だからね、知らずに我慢が限界を超えてるようなことがあるかも知れない。周りの大人も気がつかないことがあるかも知れない。洸くんは特に気持ちが大人だけど、時々ウワーっと切れちゃってもいいんだよ。そうでないと、鈍い大人には伝わらないからね」

ありがとう薬師寺さん、その言葉沁みます。俺は心から感謝した。

ちょっと心当たりがあるような。


その少し前に俺は初めて髪色を金髪に変えて、全体にやや伸ばし気味にして後ろを小さく結んでみた。それでサングラスをかけると、ちょっと悪そうな感じが入るけどクールだと思った。

スタイルに関してみんなのご意見番のセイも「俺は成功してると思う。洸、クールでいい」と言ってくれた。

ところがミーティングで俺を見た内藤さんがまず激怒した。

「コウ、なにそれっ。イメージと違う、すぐ黒に戻しなさい」

「僕たちは別にいいと思いますけど、ちょっとニューウェーブぽさがあるかなって」とケンが言う。

「あのデヴィッド・シルヴィアンみたいで、いいって俺も思うけど」とユッケ。

いやユッケ、そこら辺は狙ってないんだけど。

「論外よ、これから正月に出る雑誌の写真撮りもあるのに。今日中に戻しなさいっ」

「嫌です」ほぼ反射的に俺は言って一瞬、ミーティングルームの中がしんとした。

「コウ、あなた反抗期なの。金髪は品がない印象になる。黒髪の方が写真映えするしセクシーさが出る。ステージライトが当たった時も…」

「でも嫌なんです。今は」俺は内藤さんの言葉を遮ってしまった。

「まあ、普段の服装も微妙に変わってくるなあとは思ってました。でも、やってみて分かったことで。すみません、今はこのままがいいです。成人式前には戻そうかと思ってます」

そう言いながら少し冷静になった。

「俺は、洸は金髪でも品は悪く見えないと思う。似合っててかっこいいし」とセイ。

「セクシーさで言えば洸はこの一年、かなり私生活が脅かされるくらいだったじゃないですか。あれは、女子だったら耐えられないんじゃないかなあ」とケンが言った。

「俺もそう思う」とユッケ。

内藤さんは答えなかった。

でも、冷静な口調で「コウ、正月までには黒髪に戻しなさい。DarwinにテレビCMの話が来たのよ。だから羽目を外したり勝手なイメチェンは許されないよ」と言った。

CMの話をくれたのは昔から録音機器やカセットテープやビデオテープなんかのメディアも扱ってる有名な会社だった。

「マジで」とセイが言って俺たちは色めき立った。

この会社のCMは、その時々で人気のあるミュージシャンを起用し、映像や曲もそのミュージシャンのものを使う。そしてCMはもちろん日本全国で流れる。

俺と内藤さんの小競り合いはここでうやむやになったが、それが10月のことだった。

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