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悪い魔女 2

柾木さんの言葉通り単独ライブがどんどん増えていき、お客さんも増えてノリも熱いし俺たちもペースをつかんできた。次のライブでは、どんなことやろうかってみんなと話すときが断然楽しい。

札幌でやってた時みたいに、聴いてる人たちとの距離が近づいてると思うし、メンバーへのコールももちろんすごく嬉しい。

「コウー」

「コウくーん」とコールされて俺も応える。

最近、ライブ会場での入りや出待ちの子が増えてきて札幌の頃とは比べ物にならない人数だ。大体は「頑張って」とか声をかけてくれたり名前を呼ばれたり、ライブ後の出待ちだと悲鳴みたいに「キャー」とか言われる。

握手を求められたり片手でハイタッチしたりってのもある。

そこまではいいんだけど。

都内のあるライブハウスで、通用口のあたりが狭いんだけどライブの後そこにファンの子達がたくさん集まっていた。俺たちが出て行くと猛烈な騒ぎになり、体を触られたり服を引っ張られたり、

そんな中俺は尻を触られた。

まあ偶然だろ、という気持ちと偶然を装ってるのか、という気持ちが半々だった。

だけどまだまだこれは序の口だった。

俺はずっと自主トレのランニングを続けていたんだけど、秋口のある晩ランニングから戻ると部屋のドアの前に女の子がいた。

髪が長くてノースリーブの短いワンピースを着たその子に「コウ君」と呼ばれた。

「そうですけど。君は誰」俺と同い年くらいに見える子だけど、一応丁寧に返した。

「あの、突然ごめんなさい。ファンなんです、コウ君の」

「そうか、ありがとう。でも、俺今…」と言いかけると、

「すみません。ここ、コウ君の家ってわかってるんです。それで来ました」

わかってる、どうして知ったんだろう。

そしてどこから来たんだろう。もう22時を過ぎているけど。

その子は真顔で俺に言った。

「私、コウ君のものにして欲しいんです。そうなりたいんです」

「え」

「付き合えるとか、思ってません。一回だけ一緒に、あのお願いです」

その子の声が震えていた。

家にいきなり来られたってのも驚いてるけど、その上。

すぐに言葉をかけられなくて、俺は突っ立っていた。

駄目だろそれは。絶対ダメだ。なんか思いつめちゃってる感じだけど。

けど、お互い大好きで大切に思っている人とじゃないと、何もかもが違う経験になるんだよ。


俺は、それを知ってる。

だからそれをわかってほしい。


「俺できないよ。君も、ダメだよ」

「…、お願い。コウ君」と、その子は涙をためた瞳で見上げて来た。

駄目だ、それは駄目なんだよ。わかってほしいんだ。

「大好きな大事な人とじゃないと、俺はできない。そういうこと」

「コウ君、愛してる人いるの」

そう言ったその子の目から涙がこぼれて、俺も胸が痛くなった。

「うん、いるんだ。だから」

その子は少しの間泣いていたけど、やがて落ち着くと

「ごめんなさい、帰ります。コウ君、私もう絶対こんなことしませんから、ファンでいてもいいですか」と言った。

「いいよ」

そう言って、俺は駅まで彼女を送った。

ファンの子が家まで来たことは、柾木さんに話した。

「コウ君、じきに引っ越さなきゃだね。家はみんな2年の契約だけど、そこまで待てないかもね」

「それはちょっと様子見て、俺も気をつけます」

と言ったんだけど、このことは内藤さんの耳にも入った。

ミーティングの時、内藤さんはまた片眉を持ち上げてふふんと笑った。

「まあこんなの狙い通りよ。コウの魔性、それがそうさせるの。それに、抱かれたいって来た子を送ってくなんて優しさじゃないからねコウ。惨めにさせるだけよ」

魔性ってなんだよ、内藤さんこそ悪い魔女みたいじゃないか。

ユッケたちメンバーも唖然とする中、内藤さんは続けた。

「コウはお行儀いいんだね、据え膳だったでしょうに」

この人やっぱり思考が飛んでる。外人の派手でやんちゃなミュージシャンみたいな武勇伝を俺に期待してるのか、勘弁してくれ。






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