悪い魔女 1
「よくやった。ユッケ、コウ」
掘りごたつに並んだ俺とユッケの間に、内藤さんが割り込んできて座って、今日も結構出来上がっている彼女に二人とも肩をバンバン叩かれた。
今夜は東京での単独ライブの打ち上げで俺たちメンバーと、マネージャーさんや会社の内輪で、個室のある居酒屋に来ている。
1986年8月。初の都内での単独ライブは、6割くらいの入りだった。
でもここまで全般を見ると会社のプロモーションは成功している、と言われて今の所俺たちは順調ということだ。
マネージャーの柾木さんによると、この酒癖の悪い内藤さんは女性凄腕プロデューサーと言われており、実際俺たちも知っている有名バンドやソロのアーティストも内藤さんの担当だったそうだ。
「Darwinは期待されてるんだよ」と柾木さん。
今日はケンも内藤さんと一緒に呑んだ。「ケン、実は結構呑めるんじゃない」と言われてケンは「最近覚えました」と、とぼけたけど「ふざけるんじゃないよ、ケン。あんた○○に出入りしてるでしょう」と突然内藤さんから遊びに行っているジャズクラブの名前を出されて驚いていた。
内藤さんは今日も真っ赤に塗られた唇を持ち上げてニヤっと笑い、
「あそこは私の同業者も出入りするんだよ。ロックやってるらしいドラムの元気な子が来て暴れてく。その子ケンタロウ君て呼ばれてるって言うから、それでわかった」
怖い、壁に耳ありって奴だ。俺とセイも時々友達のライブで助っ人やってるけど、そっちも時間の問題だろう。
「世間は狭いですね、いやー怖いなあ」と実感を込めてケンは言った。
「これから、単独ライブたくさん入るからね」と柾木さん。
「望むところです。ガンガンやります」とユッケ。たくさんの人にライブを聴いてほしい。
そして今度は未希にも。今夜は未希に電話したい、すごく未希の声が聞きたくてジリジリする。
一次会の最中ずっと俺はそう思っていた。が、しかし。
「この後、みんなで翔ちゃんとこ行くよ」
日本酒が入っていつもより一層出来上がった内藤さんが宣言した。これは絶対命令ってやつだ。
オカマの人、翔ちゃんママのやってる店Exciter。でもあそこなら俺も行きたい。
「前に洸が言ってた、Judasかけてくれた店」とセイが言った。
「そう。ケンとユッケは多分、猛烈に歓迎されると思う」今度はDarwinのメンバー全員でExciterに向かった。
店に入るとすぐに翔ちゃんの歓声が上がった。「いらっしゃーい。ノンケの洸ちゃんと、あらら、すっごい私のタイプの子が来たわ」翔ちゃんは目を輝かせてカウンターから出てきた。ケンとユッケを見つめる視線が熱い。
「伊東祐介君、ユッケね。洸ちゃんと同じ年なの」
「はい、俺はもう19で洸とは幼馴染みの腐れ縁です」俺の見込み通り、男前のユッケはオカマの人に人気らしい。
ケンも、もうすでに若いスタッフに腕を組まれてる。
その上あちこちから視線が飛んで来て、本人たちはちょっと圧倒されて焦り気味だけど「ノンケ」に認定されてる俺は余裕でこの展開を楽しんでいた。
セイはというとピンクに染めた髪をポニーテールにした、ピンクのTシャツにオーバーオール姿の可愛い子に話しかけられている。へえ女の子もいるんだ、そちらはそっと遠目に見守る。
「ユッケは男の子好きなの」と翔ちゃん。
「え、あー、正直女の子が好きですね」圧倒されて真面目に返すユッケ。
「翔ちゃん、まあまだどっちに転ぶかわかんないじゃん。可愛がってよ」と、ケンと別のスタッフと話していた内藤さんが乱入する。そして俺の背中から両腕を回してきて、後ろから抱きつくようにされた。
うわ。
電流が走ったような感じがして体がこわばる。こういうの嫌で苦手なんだ。
「コウさあ、私のこと怖がってんの」とその体勢のまま後ろから言われた。かなり酒臭いし内藤さんは泥酔していてよくない展開。
「怖くはないですけど、後ろから来られるの苦手です」そう言ったのに後ろから巻き付いた腕は解かれない。
「取って食ったりしないよ。コウにそういう反応されると、なんかいじめたくなるね」
「内藤ちゃん、やだ離れて。洸ちゃんいじめるなんて、このケダモノ」翔ちゃんがカウンターの向こうから、内藤さんの腕を掴んで解いた。今度もまた翔ちゃんに助けられて俺は気づいた。
確かに酒癖悪い人って困るし苦手だ。だけど、そういうことじゃない。
後ろから抱きすくめるようにされるのが、俺はすごく嫌で苦手だ。他にもある。嫌で、苦手なこと。
それはちょっと考えたくない、あまり認めたくないことなんだけど。
結局この日は、未希に電話できずに終わった。
「わかった、洸」とユッケが言った。「俺も」とケン。「だろ」とセイ。みんなExciterで見た内藤さんの様子を言ってる。
「あれはとても未希には見せられないな」とユッケ。「言った奴は締める」と俺。
でもみんなExciterは大好きになった。最初は驚いたけど、あそこのオカマの人はいい人たちなんだ。
「今度、内藤さんがいない時に行きたいなあ」とケンが正直な感想を言った。
「全員二十歳になったら、他のバンドの友達も一緒にあの店で乾杯したいな」
そしてセイが店で話していたピンクの髪でポニーテールの子は、「俺も最初女の子かと思ったらさ、男だった。でも今度一緒に服見に行く約束したよ」だって、セイは順応が早い。




