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鳥の記憶

作者: 時帰呼

短編です。


でも オワリはありません。


それは、今も あるのだから。




「愛してるよ」


毎夜の電話。

繰り返される、他愛もない会話。


彼女が照れながら えへへと笑うのが受話器から聞こえてくる。


「遠く離れていても、こうして話せるなんて、文明の利器に感謝だね」


顔が見えないせいか、普段なら 口に出せないような 台詞も 次々に頭に浮かんできて、それを 彼女に伝えようとするけれど、その万分の一も伝えられないボキャブラリーの貧困さと勇気の無さに悔しいなって思ってしまう。


月が出ている。


今夜の月齢 は、いくつなのだろう?

でも、ほとんど真ん丸に見えるから 満月なのかな。


そんなことを思いながら、夜空を見上げる。


彼女の声が遠い。


僕は スマホに繋いだイヤホンマイクのボリュームを少しだけあげる。


「ね? 聞こえる?」


「うん、聞こえる」


彼女の声が、ほんの少しだけ 違って聞こえるのは スマホを通して話しているせいなのかな?


「あの月が、鏡みたいに反射して、君の顔が映ればいいのにね」


自分ながら バカみたいな台詞だと思う。

けれど、それはほんとのことで 心の底から思ってしまうことなんだ。


「私も、そう思う。 顔が見れたらなって…」


夜毎 繰り返す、僅かな時間の会話が 僕たちを繋ぐもの。


勿論、休みの日に お互いに時間が合う時には 何時間だって話し続けることもある。

それこそ、フル充電のバッテリーが上がってしまうまで。


たまには、それでも話し足りなくて、スマホをコンセントに繋いで 話し続けたりもする。


「月が綺麗だから、今、散歩してるんだよ。 ほら、この間 一緒に歩いた道」


彼女のスマホを通して足音が聞こえる。


彼女のお気に入りの靴で、カツカツと踵を鳴らして歩く 彼女の歩き方と彼女と歩いた道の風景が ありありと目に浮かぶ。


まるで あの時のように いつものように 一緒に歩いているようだ。


「どう? 学校は楽しい?」


僕は 尋ねる。


普段、友人や同級生の前に立って リーダーシップをとって行動している彼女だから 皆は 気づいてないだろうけれど、僕は知っている。


人見知りがはげしくて、新しい学校に入学してからすぐのバスに乗っての研修旅行。


彼女は、電話口で 「新しい友達が出来るだろうか?」と不安がっていた。


僕は、「それは、みんな同じだよ。 まず隣に座った人に 話しかけてみなよ。大丈夫。 みんな不安なのは 同じなんだと思うよ。」と言った。


僕は 自分自身が 人付き合いの苦手な人間だから 根拠もないのに…、けど 精一杯 頭をひねって考えたことをアドバイスしたんだ。


「ありがとう、うん、そうするね」


彼女の口調が いつもの明るい調子に戻ったような気がする。


少しでも 彼女の役に立ったならよかったなと 僕も嬉しくなる。


彼女の歩く足音がする。


カツカツ、カツカツと規則正しく。



「あ、もう そろそろ お家…」


「あ、そうか。 じゃあ ちょっと早いけれど、 おやすみ」


「うん、おやすみ」


電話を切るのは苦手だ。

だから、僕は 必ず 彼女に切ってもらう。


最初のうちは、彼女も 僕の方から切ってよ…と言っていたけれど根負けして、僕の願いをきいてくれるようになった。


「じゃあ、切るからね…」

スマホの向こうの 今の彼女の表情は、 きっと ちょっと哀しそうなのだろうなと思えた。


「あ、ちょっと待って」


僕は 往生際が悪いんだ。


「この前、花鳥園へ行きたいって言ってたよね」


途端に 彼女の声が弾む。


「うん、そう! 友達から聞いたんだけど、凄いらしいよ。 色々な鳥が たくさんいて、頭の上を こうやって、ぴゅーってインコの大群が飛び越えてったりするんだって」


電話だから、彼女の仕草は 見えないけれど、ぴゅーって 頭の上に自分の手を すれすれにして 鳥が通りすぎる真似をしている様子が目に浮かんだ。


彼女は 鳥が大好きで、 一緒にいる時も よく鳥の姿を見つけては、ほんとに嬉しそうな顔をして その鳥の名を教えてくれる。


あんまりにも、鳥が好きそうだったから、次の誕生日プレゼントは 鳥の本にしようかなと思っていたけど、それは 彼女には内緒だ。


僕は、彼女の鳥が飛ぶさまを目で追う表情が好きだ。


この世の中のなにもかも忘れて、その鳥と一緒に 空を翔んでゆきそうなキラキラした瞳をする彼女が好きだ。


けれど、それが、一瞬 不安になる時がある。


いつか、本当に ある朝、目が覚めたら 鳥になってしまっているんじゃないかな…なんて、想像してしまうから。




「それじゃ、そろそろ切るね」


彼女が、さっきとは違って明るい調子で そう言った。


「うん、おやすみ」


「うん、おやすみ。今夜は 冷えるから、風邪をひかないように、ちゃんと布団をかぶって寝なよ」


「うーん、もう 子供じゃないんだから!」


彼女が 少し怒った振りをする。


「ごめん…、おやすみ」


「おやすみ…って、私たち 何回 おやすみって言ってるんだろう?」


彼女の笑い声。


「そうだね。おやすみ」


「おやすみ…じゃあ…」


「愛してるよ。おやすみ」


「……って、またぁ!もう!!」


「ははは、ごめん…、おやすみ 愛してる」


暫しの沈黙。


あれ、まだ切ってくれないのかな? と思っていたら、彼女の声。


「……えっとね、……」


「なに?」


「えぇっとね、……」


「うん?」


「愛してる!おやすみ!!」


彼女からの電話が切れた。






遠い、遠い、遠い日の思い出。



僕は、空を見る。


季節ごとに 色々な鳥が 飛んでいることに、最近 ようやく気づくようになった。


あれは、鵯だろうか?


鳶くらいなら 僕でも 昔から見分けがつく。


燕が 弧を描いて翔び去る姿は大好きだ。


遠くで鳴く、あの声は なんの鳥だろうか?



手には 一冊の野鳥図鑑と首から提げた ちょっと大袈裟なくらい大きな双眼鏡。



僕は、週末になると、野や山に出て鳥の姿を探す。


鳥は いいな。


僕も 青い空を 鳥のように飛び回って、なくしたものを探しに行きたい。




もう二度と 見つからないのは 知っているけれど、


それでも 何処かで きっと いつか。


君に逢えると信じてる。


心の底から…



君を愛してる。




鳥の記憶 ……了




ほんとうにあったことばかり。


鳥の羽根のように 風にとばされ、消えていってしまった大切な時間。


でも、それは たしかに 今も ここにある。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 電話を切る時何度も別れを告げてしまうことってありますよね。最後は切なくて、でも魅力的でした。
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