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人生にセーブ機能がない理由はきっとある

人生にセーブ機能がないなんて、

本当に…全く以ってクソゲーだな。

選択肢が出たらそこで一度セーブをしたいものだ…。


例えば俺の場合、就職での選択肢。

世も恐れぬスーパーブラック企業に高卒で就職した俺は、それそこ馬車馬の如く働き、七年務めた挙句、転職した。


まぁ…、それで人生リセットだ。


なんて考えは甘かった。

どうやら俺の人生はハードモードらしい。


転職にあたって、地元を離れ一人暮らしをすることになり、アパートを借りたのだが、深夜になるとお隣の住民が帰って来て、深夜アニメを見出すのだ。それも薄い壁を隔てた先、あろうことかテレビをその薄い壁の近くに置いているのだろう。睡眠妨害ここに極まれり…。


そしてそして、転職先…。

前の会社に比べるとホワイト企業なのだが…、上司が…。


「山本君!この申請書類字が汚くて読めないわ!描き直してきて!」


28歳バリバリのキャリアウーマン、斎藤瑞穂が俺の直属の上司だ。

初めは若い年上キャリアウーマンの上司だとはしゃいでいたが、性格がこれだ。兎に角キツイ…。

見た目は、俺より若く見えるけど、これで俺より年上。デスクワーク時は黒縁のメガネをかけているが、普段は裸眼。少し吊目だが、性格と相まってクールな印象を受ける。今日も黒いロングヘアーを地味なシュシュで一つに束ねたポニーテールがゆらゆらと左右に揺れていた。


「それと!ネクタイ曲がってる!寝癖も直す!」


お前は俺の母ちゃんか…。

渋々と正面の机に座る斎藤さんから書類を受け取り、再度再提出をする羽目になった。なぁ、俺の人生の設定画面てどこにある?そんな事を思いながら今日もこのハードモード人生を乗り越えるのだ。


♢◆♢◆♢◆♢◆♢


「お疲れっしたー」


定時になれば即帰る。これが基本だ。

残業などしてたまるものか。…というか斎藤さんといる時間を極力減らしたい。

唯一の救いは残業の強要はしてこないことだ。たまに機嫌が悪い時はそれをネタに嫌味を言ってくるがそれに耐えれば定時あがりできるのだからまぁいいだろう。このくらいは許してもらおうじゃないか。

斎藤さんはカタカタと無言でパソコンと睨めっこ。早く帰る後輩など興味の範疇にないのだろう。この人いつも何時に帰ってるのかな?


そんな事は会社の門を出れば忘れてしまえ!

俺は知人にメールを打って夜の街へと繰り出す。これが最近の唯一の楽しみである。


「いやぁー、しかしいいよなお前は上司が美人なんだってなー」


知人との飲みの席ではまぁこのやり取りが日常になって来た。もはや鉄板ネタだ。ちなみに、コイツはネットで出会ったオタク仲間。名前は岡田。あぁ、いい忘れていたが俺はバリバリのオタクだ。ただしTPOはわきまえるオタクと言っておこう。高校時代のホロ苦い思い出が思い出される…。


「今日も小言小言小言、字が汚いって指摘、高校の時の就職活動の時に先生から言われて以来だぜ」


「まぁ、いいじゃねぇか、俺の上司なんて加齢臭撒き散らす定年間際のジジイだぜ?」


「定年間際ならいいじゃねぇか…耐える期間が短くて…」


「そう言われるとそうだな!」


オタク仲間の岡田は高笑いをしながら俺が食べようと思っていた焼き鳥を手にとってほうばる。


ほらな、セーブ機能…。

さっき食っときゃ良かった。


「あぁそうだ、同士よ、お前はメイド喫茶に行ったことはあるか?」


いきなり岡田が焼き鳥が刺さっていた串をこちらに向けてきた。危ねえよ。


「いいや、ないな。3次元のメイドに興味がない」


「おまえ…ついに2次元しか愛せなく…」


岡田が哀れなものを見るような、そう、雨に濡れた捨て犬を見るような目で俺を見てきた。


「いやいやいや、よく聞け、3次元のメイドにだ!」


「ふむ、その貴様の幻想打ち砕いてやろう!」


串を持ったまま変なポーズを決めた岡田が、俺をメイド喫茶に連れて行こうとする。まぁ、気晴らしに良いのでは?という俺の考えがこの先の人生を大きく左右するとはこの時思ってもみなかった。


♢◆♢◆♢◆♢◆♢


「おかえりなさいませ、ご主人様」


岡田について行った先は、とあるビルにあるメイド喫茶だった。

ミニのメイド服を着た女の子がズラリと並んで俺達を出迎えた。


「おぉおぉぉぉぉ…」


「な?なかなかリアルメイドもいいだろう?」


圧倒された俺を、したり顔で眺める岡田。まぁ…、実際悪くない。


「ん?」


今、見覚えのあるシュシュ…気のせいか。


「それではご主人様、お席にご案内致します」


一人の若い高校生くらいのメイドもとい店員が俺達を席へと案内する。

突然ただの喫茶店風に案内された。ただ呼び方がお客様からご主人様に変わっただけだな。


「こちらメニューになります、お決まりになりましたらそちらのベルでお呼びつけ下さい」


高校生メイドももかちゃんからピンク色のメニュー表を手渡される。

なるほど、服に名札がついてて年齢が書いてあるのか…、ももかちゃんやっぱり17歳か。若いなぁ…。俺もそんな時代があったのだろう。はるか昔に。


「って、高ぇな」


メニューを眺めると、なんとまぁどれだけ高級な食材を使っているかと問いたくなる金額が飛び込んできた。


「しかもこれメニューが長いし声に出して読みたくねぇな…」


「いやいや、これを含めて楽しむのが、真のメイドカフェラーだ」


なんだ?カフェラーって…。


「決まったのか?岡田は?」


「ふっ…、決まったのか?だと?俺はこの店に入る前から!いやっ、前前前世から決めていたさっ!」


「ふーん」


ドヤ顔でポージングする岡田をスルーして俺もメニューを決める。とはいえあまり腹は減っていないんだよな。デザートのようなものが食べたい。


「決まったぞー、ベルってこれか?」


俺はメイドを呼ぶ為の鐘形のベルを鳴らす。すると先ほどのももかちゃんメイドが優雅に席へと向かってきた。


「はい、お呼びでしょうか?ご主人様」


ももかちゃんの可愛い声が耳を撫でる。

ふむ、なるほどこれはリアルも悪くはない。何よりご主人様と呼ばれた事が新鮮である。


「岡田、何にするんだ?前前前世から決めていたメニューを発表してくれ」


先ずは岡田に言わせよう。この口にするだけで羞恥プレイのような長いメニューをどのように伝えるのか?


「ふふふ、では俺は、にゃんにゃんメイドさんが愛を描くオムライスを!指名は君だよっ!ももかちゅあん!」


「はい、にゃんにゃんメイドさんが愛を描くオムライスですね、ご主人様。愛は私が描かせていただきますね」


すげぇこいつメニュー表無しにメニューを言った。頭に記憶されてるのか…。

ん?指名?指名とはなんぞや?


「それでは、そちらのご主人様は?」


「…えっと、じゃ、じゃあこれで…」


やべぇ、ももかちゃんの笑顔の前で恥ずかしい羞恥プレイのようなメニューは言えねぇ…。


「はい、メイドさんとラブラブあ~んしてねパフェですね?」


「へ?」


いやいや、それでは無い!

パフェは腹いっぱいの現状では入らないだけでなく、あ~んしてねって!?

俺はショートケーキの奴が…!!


「どのメイドにあ~んしてもらいたいですか?」


いかん…、ここでショートケーキにしたらひよった様に思われる…。パフェもそんなにデカくないだろう…。


「えっと…だ、誰でも…」


「ひょよってんじゃねぇよー山本ぉー」


「ひ、ひょってねぇよ?!じゃあ、えっと…ミ、ミズホちゃんで!」


…ん?ミズホ?どっかで聞いたこと有るな…。適当に目に入った名前から選んだが…。写真…あれあれあれ?誰かに似てるな?おやおやおやおや?


「かしこまりました。それでは、ご主人様へはミズホがご奉仕致します」


ペコリと頭を下げたももかちゃんはメニューを持って席を離れて行く。


「同士よ…!お目が高いっ!!!」


岡田が感涙しながら放神する俺の両肩を掴んできた。気持ち悪っ!!


「ミズホちゃんはまさにメイド長のような美人メイドだ!まさに立てば盆担座れば芍薬だっ!」


「逆な、それ」


立てば芍薬座れば盆担歩く姿は百合の花

だったかな?いや、おかげて冷静になれた。落ち着け落ち着け。まさか名前が同じだからって、写真が似てるからってあの上司なはずがないだろう。年齢だってほら、24歳って。俺より年下じゃないか。俺は遠目に描かれた出勤メイド一覧を眺めて胸を撫で下ろした。

そもそもうちの会社は副業禁止だ。


「いや、思ったんだけど、ならなんで岡田はミズホちゃんを指名しなかったんだ?」


「ふっ…愚問だな同士よ…。ももかちゃんが一番若い!イコールロリ!!!ロリメイド万歳!」


「同士扱いしないで下さいおねがいします」


丁重にお断りしたいものだ。

ロリね…。それこそリアルだと手を出したら犯罪ですよ?2次元にしておきなさい。


「お待たせしましたご主人様っ」


ももかちゃんメイドが手に大きなトレーを持って席へとやってきた。

銀のトレーには湯気が立ち上るうまそうなオムライスとケチャップ。なるほど愛を描くオムライスとはメイドさんがケチャップでハートとか書くのか。


「それではご主人様、おいしくなる魔法をかけますね、ご一緒にお願いできますか?」


「はぁーーーい!」


岡田よ…その手の上げ方は、小学生が参観日に張り切って当てて貰いたい時にしか見たことねぇぞ。


「いきますよ〜」


「「おいしくなぁれ♪おいしくなぁれ♪くるくるぽん♪」」


岡田が…壊れた。

そしてももかちゃんの動きが愛らしい。

そして岡田の動きが憎たらしい。


「それではご主人様への、愛を描かせていただきますね」


そう言ってももかちゃんはケチャップを手にとって器用に文字を書いた。

『キモい』と。


「はぁあぁあぁ!ももかちゃん!ありがとおぉぉお!!」


岡田…日本語読めないのか?

ももかちゃん、凄いゲスい笑顔…。

なるほど…、こいつは新ジャンルだ…。


「ご主人様」


ももかちゃんは悶絶する岡田を尻目に俺の耳元にきて囁いてきた。


「ご主人様も相当なドSですね。私達気が合うのかも…」


「それって…?」


聞き返そうとするとももかちゃんはニッコリ笑って一礼し、トレーに内容量の少し減ったケチャップを載せてその場を立ち去って行った。


「はぁはぁ…罵倒オムライスうまいよぉ…」


「読めてるんだな一応」


凄いな、お前のキャラ崩壊度。

ところで俺のパフェはまだだろうか?


「お…お待たせしました…、ご、ご、ご主人…様」


「え?」


人生にセーブ機能があれば俺はいつすべきだったのだろうか?

それとも今しておくべきなのか?

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