ニートのお兄ちゃんが就職すると思ったら、ドラゴン倒して億万長者になる話
俺は郷上天。いわゆる、”自宅警備員”である。別名、”ニート”とも言う。
しかし、俺は働く能力が無いわけではない。なぜならば、新卒で入った会社は、求人倍率およそ10倍の超一流企業なのだ。そこに推薦で入社した。それほど、能力は優秀だと自負している。
しかし、優秀すぎるが故に周囲から疎まれ、孤立し、会社にいることが苦痛となり、今に至るのだった。
今は部屋に引きこもり、パソコンと向かい合うのが仕事のようなものである。オンラインゲームぐらいしかしないが。
ちなみに、俺には妹がいる。
俺が学生の頃はよく懐いてくれたが、引きこもりになった途端、全く近寄らなくなった。まぁ、引きこもりの兄貴が嫌われる話は漫画などでもよくあることなので、当たり前か、ぐらいに感じている。
だが、こんな俺でも、最近は就職先を探してはいるのだ。
まぁ、その理由は、オンラインゲームで勝ちすぎて、パソコン生活に飽きてしまったからなのだが……。
というわけで、手軽な仕事を、昨日と同じようにパソコンで検索する。
ドォォオオォオォオオオォオン――――
その時、大きな音とともに、家が大きく揺れた――
「な、なんだ?地震か!?」
俺は情報を得ようと、普段はゲームをする時しかつけないテレビを急いでつける――
テレビ画面は電源が入った時、ちょうど緊急ニュースに切り替わったところだった。そして、俺は驚愕の光景を目の当たりにする。
「う……うそ、だろ……?」
テレビからアナウンサーの声が聞こえる。
――緊急ニュース、緊急ニュースです――
――つい先ほど、巨大な揺れとともに、怪物が備池町に現れました――
――その姿はまるで神話などに出てくるドラゴンに似ています――
――皆様、速やかに避難してください――
――車で移動すると渋滞で逃げ遅れる可能性があります――
――隠れつつ、速やかに避難してください――
――信じられないかもしれませんが、この怪物は本当に存在している模様です――
――繰り返します、速やかに避難してください――
「……まじかよ。てか、避難しろって言われて逃げても、こんな巨大な化け物、すぐに追いつかれるじゃねーか。どうしろっつんだよ!」
悪態が口からこぼれるのも無理はない。普通の人間がドラゴンに敵うわけがないのだ。
「せめて、あのオンラインゲームに登場する、伝説装備の千年剣でもあればなぁ……。あれなら、千年竜から取れた素材で作られているから、ドラゴンに耐性があるんだけど……。それに加えて、攻撃魔法、回復魔法、防御魔法なんか習得していたら最強なんだけどなぁ。まぁ、そんなこと、できるわけもないけどね……」
――千年剣を構築します。続いて、攻撃魔法、回復魔法、防御魔法の習得。氷魔法、闇魔法に適性があります。現在のレベルを考慮し、氷魔法より、『アイス』『アイシクリー』『アイスウォール』の三段階魔法を習得――――完了。闇魔法より、『グラビティア』『デスル』の二種類の魔法を習得――――完了。回復魔法より、『ヒール』『ヒラリア』『リザレク』『リカバル』習得――――完了。防御魔法より『ガード』『ガディラル』習得――――完了。一部の魔力を使用し、千年剣に氷耐性、闇耐性付与――――完了。全ての工程が完了したため、実体化を開始します――――――――――成功しました――
急に機械的な声が響き渡った。そして、俺が唖然としながらその声を聞いている間に、目の前に千年剣が現れた。
しかも、氷耐性、闇耐性付与の辺りで、知っている姿から変化し、刃を縦に半分にして、片側はまるで凍り付いているようになっていて、もう片側は不穏な空気をまとうように、暗い紫色の煙が剣の周りを漂っている。
また、魔法習得に関する辺りで、呪文など知らないはずなのに、まるで昔から知っていたように、魔法の発動方法が手に取るようにわかるようになった。
だが、本当に、決められた魔法のみらしく、炎を出そうと思っても全く出せる気がしない。
一方で試しに、アイスを窓の外の、誰もいない隣の公園に向けて放つと、すんなり発動でき、本当に、ゲームでよく見たアイスの魔法が発動された。
アイスの魔法でブランコの片方を簡単に貫けたから、広範囲のアイスウォールを発動すればどうなるか。……気軽に使わないほうが良いだろう。
それにしても、これは夢だろうか。どうも、夢オチのような気はするのだが、頬をつねって痛かったので、信じたくはないが、夢でないことがわかった。
だが、これだけあれば、テレビに映っていたドラゴンを倒せるのではなかろうか。
どうせ死ぬなら、何もしないよりも試しにいろいろ動いてみるのもいいかもしれない。
「…………よし、じゃあ、いっちょ狩ってみるか。」
俺は千年剣を手に取り、テレビで映った光景から場所を特定し、そこへ向かった。車は渋滞を起こすかもしれないとのことなので、自転車で向かう。
久しぶりの外の景色に一瞬目が眩んだが、そんなことは気にしない。このような、非現実的なことを経験していることが楽しくなってきたため、やる気が上がり、早くたどり着くためにも自然とペダルに力が入る。
人ごみをかき分けつつ、ドラゴンがいるであろう繁華街に俺は向かった――――。
――繁華街は大炎上している。店や家が燃え、道路に火花が飛び散り、逃げ惑う人々の悲鳴が絶えず聞こえ、まさに混乱状態だった。
俺はドラゴンから10mほど離れた場所に自転車を停め、熱気による汗と緊張からくる冷や汗を袖で拭い、ドラゴンを見上げた。
不思議と、恐怖は感じなかった。むしろ、ものすごくワクワクしている。例えるなら、ゲームでギリギリ倒せそうな強敵のボスを目の前にした時の感覚に似ていた。まぁ、リセットはできるはずもないので、死んだら終わりなのだが。
しかし、油断しているわけではないが、今の俺ならば勝てる気がする。魔法や剣戟を効率よく使えば、勝てるはずだ。
例えば、グラビティアの魔法で相手の周りの重力を操り、地面から起き上がれないようにして剣を振るうことができる。
他にも、アイスウォールでドラゴンの周りを囲って、ダメージを与えても良いかもしれない。
アイシクリーで氷の雨を降らせてダメージを与えるも良し、デスルで息の根は止められないかもしれないが、息苦しくさせても良し。
現在使える方法だけでも、多種多様の作戦を考えられる。
「さて、どう戦おうか。」
俺は軽く舌なめずりをする。そして、ドラゴンを睨みつける。
ガォオォオオオォオ――
地震が起きそうな程の咆哮の後、俺らは目があった。さぁ、戦闘の開始である――。
俺は、何が効くか試すためにも、まずグラビティアを放った。
ドラゴンはその重圧を簡単に打ち破り、平然と咆哮を続けている。やはり、簡単にはいかないらしい。
次に、デスルを放つ。
ゲームでは、ボスには効かないことがほとんどなので、あまり期待していなかったが、使える呪文を知るために、とりあえず放ってみた。
少し苦しそうにはしていたものの、パァンと言う音とともに、案の定、打ち破られた。
ということで、魔法はもう固定されているということが分かった。
現在、習得している闇魔法は、雑魚敵に使って、楽してくださいということだろう。
じゃあ、今は覚える必要なかったんじゃね?と思う。目の前のドラゴン以外の敵は見かけなかったし……。
とりあえず、その点については後回しにする。
ということで、俺はいきなり、ドラゴンの周りにアイスウォールを出現させる。
ピキピキという氷の軋むような音とともに、巨大な氷の壁がドラゴンの周りに形成された。
ドラゴンは氷を打ち破ろうと、暴れたり、炎を吐き出したりしている。
だが、その効果は虚しく、分厚い氷はキズ一つ付いていなかった。俺も、せいぜい足止め程度だろうと、これほど威力があるなんて思っていなかったので、驚いて口をぽかんとあけて、しばらく固まってしまった。
テレテテーン――
――ドラゴンの動きを封じたことにより、経験値を3000ポイント取得しました。レベルが1から10に上がり、特技『フライン』を習得しました――
俺が呆けている間に、頭の中で、魔法習得時に響いたのと同じ機械音声が流れた。
その声によると、俺は特技を覚えたらしい。
てか、『フライン』って、あのゲームに出てくる飛行魔法じゃ……?
どうして特技扱いなのか、10レベルで覚えられたのか、いろいろわからない……。
「……せっかくだし、使ってみるか。フライン!」
俺が特技名を叫ぶと、パァアアアという音とともに、キラキラした光が背中に集結し、大きな二枚の翼が形成された。
俺は、頭の中で翼を羽ばたかせるイメージを描く。
すると、バサリと翼が広がり、バサバサと上下に動き始めた。その風圧で砂埃を撒き散らせながら、身体がゆっくり浮き上がる。
「すげぇ……」
誰も経験したことのない出来事に、俺は目を輝かせ、感嘆の声を漏らした。
「これなら――」
俺は、ドラゴンの真上まで飛んで行く姿をイメージする。すると、翼はその意思を汲むかのように、思い通りにドラゴンの真上まで連れてきてくれた。
俺はふよふよ浮きながら、真下のドラゴンを眺める。相変わらず、氷を破ろうと暴れ続けている。
「よし。」
俺は気合いを入れ直し、千年剣を両手で持ち、刃先を真下に向けて構える。
「はぁあああっ!!」
気合いを入れたかけ声とともに、ドラゴンに向けて、一気に急降下。上空から落ちた勢いに任せ、ドラゴンの脳天を貫いた――。
グァァアァアアア!!!
断末魔の叫び声とともに、ドラゴンはあっけなく真っ二つになる。
――ファイアドラゴンを倒しました。経験値を5000ポイント取得――レベルが20になりました。特技『サーチャー』『透明人間』習得。魔法『グライガン』『デストリア』習得しました――
間髪入れず、空気を読まない機械音声が流れる。余韻は与えてくれないらしい。
そして、いろいろ習得した。『透明人間』ってなんだよ!?とツッコミを入れたのは言うまでもない。
ところで、この戦闘が意外とあっさり終わったので、せっかく覚えた回復魔法や防御魔法を試す機会がなくなってしまった。どれぐらいの効果か試したかったのだが……仕方ないか。
目的を達成したので、帰路につこうとすると
パンパカパーン――
「おめでとうございます!見事、最初のボスであるファイアドラゴンを倒しましたので、記念すべきこととして、賞金を取得した経験値8000ポイント分の8000万円と、ファイアドラゴンに一人で立ち向かったボーナス2000万円を合わせまして、一億円を贈呈いたします。」
え?どゆこと?
これって、わざとドラゴンを放ったってこと?
俺が混乱している間に、ボンっとキャリーケースが目の前に現れ、中身を見せるために自動で開いた。キャリーケースの中には、確かに数えきれない程の札束があった。もしかしたら、わかりやすく一部のみ入れている可能性もあり、本当に一億円が入っているかはわからない……。
それはさておき。こんなの、どうしろと……?
かつて、最も優秀と讃えられた頭脳を駆使して考える……。
……結局、就活中だったことと、一億円が重たすぎることから、起業することに決めたのだった――。
「……これが、お兄ちゃんが『討伐サポートシステム株式会社 ペガサスヒーローズ』の社長になるきっかけの話。会社名のネーミングセンスは未だにどうかと思うけどね……。」
「まじか!?あの会社の社長って、あんたの兄ちゃんだったんだね!でも、あの伝説的な社長が元ニートだったなんてね……。あれほどイケメンで、頭脳明晰、抜群の運動神経を持つって雑誌にも載ってたし、ニートだったなんて、信じられないよ……。」
「お兄ちゃんの黒歴史だから、家族ぐらいしか知らないしね。前の会社を辞めてからは、別の所で働きながら力を付けてました~なんて、はぐらかしてるし。でも、今はちゃんと働いているみたいで良かったよ。身体能力を上げるために魔物が徘徊するようになっちゃったけど、お兄ちゃんのおかげで生き残れてるから。」
「そうだね!それにしても、あんたの兄ちゃんに会ってみたいなぁ~。」
「連絡取ってあげようか?」
「まじで!?よろしくお願いします!!!」
「了解!ちょっと待ってね……ピコピコ……あ、もしもし、お兄ちゃん?今から友達と喫茶店行くんだけど、お兄ちゃんも一緒に行かない?え?友達って、女の子だよ?お兄ちゃんの過保護なせいで彼氏なんか、作りたくても作れないの知ってんでしょ?早く、良い人見つけて結婚しなさいよね!?それより、いつものとこで待ってるから!んじゃね!……ピッ」
「お兄さん、何て?」
「文字通り、飛んでくるみたい!すぐ来ると思うよ!」
「じゃ、早く行こ!!」
「うん!」
こうして、2人の女の子が喫茶店へ向けて走っていった――。