89◇統御の英雄、愚弄ス
フィオがストックから貰った花束を抱え「あっ、みんなにも見せよーっと!」と言いながら会議室に入っていったのでストックはそれを慌てて追った。
「みんな聞いてー、これスートンに貰ったのー」
「甚大な誤解を招く発言はやめ給えよ!?」
言葉自体は何も間違っていないが、あれではストックがフィオの為に花束を用意したように聞こえてしまう。
苦笑しつつ、自分達も続こうとしたところで二人の英雄が現れる。
少年と少女だ。
少女の方が、幸助を見て実に不愉快そうな顔をした。
「げっ、気持ち悪い男と目が合っちゃったわ。賠償金請求したいんだけど」
幸助の印象で語るなら、ギャルっぽい容姿をしている。
赤みを帯びた茶髪はツーサイドアップに結われ、同じ色合いで吊り目がちの瞳は幸助を睨んでいた。
膨らみに富んだ胸部の破壊力を、ストリングデザインのキャミソールが爆発的に高めていた。
それも双丘を覆う程度の布面積しかなく、臍下ギリギリまで肌が晒されている。
そこからやけにスリットの深いスカートと続き、切れ目からはガーターベルトが覗いた。
商業国家ファルド所属、『統御の英雄』オーレリア。
勝ち気な少女で、何故か逢ったばかりの幸助を毛嫌いしている。
それ自体はいいのだが、嫌悪感丸出しな割に過剰に関わってくるのが鬱陶しかった。
ひとまず幸助は彼女を無視して、その隣に立っている少年に挨拶した。
「おつかれ、シオン」
中学生くらいの美少年だ。
銀髪に紅玉の瞳。常に視線が鋭いが、生まれつき目つきが悪いだけらしい。
幸助の挨拶にも「あぁ」と小さく頷いて返してくれるあたり、嫌われてもなさそうだ。
商業国家ファルド所属、『血盟の英雄』シオン。
ファルドは来訪者に姓名で言うところの姓、すなわち家名を与える制度が存在しないそうだ。
だから二人はただのオーレリアで、ただのシオンなのである。
「ちょっと! なにアタシのこと無視してるわけっ? 鼓膜腐ってんじゃないの!?」
幸助はそこで初めてオーレリアに気付いたとばかりに、大げさに目を見開く。
「あぁ、いたのかオーレリア。どうりでなんかキーキーうるせぇと思ったよ」
自分から罵倒しておいて、挑発を返されるのは気に食わないらしい。
なんとも自分勝手なことに、彼女は憤った。
「なにが『黒の英雄』よ! 要は死体から能力を奪ってるだけじゃない! 墓荒らしや盗人と下賤さでは同じだわ! いーわよねたまたま便利能力に目覚めたおかげでちやほやされて! どーせ過去生ではゴミみたいな人生歩んでたんでしょう? そんな顔してるもの!」
幸助の存在に、何かコンプレックスでも刺激されてしまったらしい。
まぁ、幸助としては勝手に言ってろという感じだった。
関わる人間全員に好かれるなんて不可能なのだから、そんな幻想求めるだけ無駄だ。
ある程度の協調性や社交性を振るってなお自分を嫌う者がいたら、それはもう放っておくしかない。
「下賤でもいいよ。この力のおかげで守れたものがあるんだ、清濁なんて興味が無い」
本音だった。
力が無ければ出来ないことが、この世には冗談みたいに沢山ある。
それは暴力に留まらず、権力や財力などの各種能力まで含めると言えば納得しやすいか。
この世だけでなく、おそらくあらゆる異界でも同じだろう。
日本では妹の仇を討つのに、五年掛かった。
でもアークレアでリガルの仇を討つのに、三日も要さなかった。
力だ。
多くの人の手も借りた。それだって自分以外の人の力に助けられたということだ。
力を集められる者だけが、目的を果たせる。
目的を果たせるなら、その力とやらが穢れていようと清かろうと、関心など湧かない。
どうでもいいことだ、そんなのは。
「ふ、ふんっ、なによ格好つけちゃって! アンタみたいにステータスが取り柄なだけの人間なんて、それが無くなったら見向きもされなくなるんだからね! 勘違いすんじゃないわよ!」
「あぁ、肝に命じておくよ。そんなオーレリア様は、力がなくなってもさぞかし人々の愛を集めるのでしょうね」
「……っ! その余裕が、むかつくっていうのよゴミクズ!」
幸助はもう相手にするのをやめようとしたのだが、そこでゆらりと二人の少女が進み出た。
「……さっきから黙って聞いてれば、コウちゃんの悪口言える程きみが素晴らしい人間には見えないんだけどなぁ?」
ボッ、ボッとトワの周囲の空間で火が生じては爆ぜる。
「……クロ、少し待ってて。あの邪魔者、『無かったこと』にする、から」
クウィンの瞳は永久凍土よりなお冷え切っている。
一触即発というか、既に爆発しているようだった。
「待て待て待て。気持ちはありがたいけど俺は気にしてないから大丈夫だ」
二人の首根っこを掴んで引き止める。
「だめ、トワめっちゃ怒ってるから」
「……お前もいつもフツメンとか言うだろ」
「他の人に言われたら嫌なの! コウちゃんはトワが他人に貧乳とか言われたらヘラヘラ笑って見過ごすの!?」
相手との関係性にもよるが、トワが傷ついているようなら最悪殴り飛ばすだろう。
気持ちは理解出来たが、やはり止めねば。
「わたしに、任せて。大丈夫、一瞬……だから」
「やめろよ!? 洒落にならないからな!?」
クウィンの方は止められるかとても不安だった。
「はっ! 女に護られるなんて大した英雄様ね!」
――お前も火に油を注ぐんじゃねぇよ! 馬鹿なのか!?
既に幸助はオーレリアの身の安全を祈ってすらいるというのに。
しかしそれは杞憂に終わった。
「馬鹿が」
シオンだ。
銀髪の少年がオーレリアの膝裏に蹴りを入れたことで、彼女が倒れた。
咄嗟に腕をつくことは出来たようだが、四つん這いの状態になってしまう。
「なっ……!? なにすんのよシオン!」
喚くオーレリアに対し、シオンは冷静そのものだ。
「連合盟主の英雄を面罵することが国益に繋がると思うのか? てめぇみたいな愚図でも英雄ってことになってるんだ。分かるか、国の代表として派遣されてんだよ。ただでさえ守銭奴だの言われる国だってのに、これ以上品位を下げるんじゃねぇぞ」
「そんなこと……!」
「分かってる、か? ならてめぇは救いようのねぇ無能ってことになる。そこの『白の英雄』に消してもらった方がいいかもな。この件は上に報告しないでおいてやる。わかったらさっさと立ち上がって会議室へ急げタコ」
オーレリアは瞳を潤ませ悔しそうに表情を歪めたが、唇を噛んで涙を堪えた。
立ち上がり、一度キッと幸助を睨んだ後、扉を乱暴に開けて会議室に入っていく。
それを見て舌打ちを漏らした後、シオンは幸助に向き直る。
「悪いな。……庇うつもりは無いが、あの馬鹿にもそれなりの事情がある。だからってあんたを愚弄したことが正当化されるでもない。奴に代わり謝罪する――申し訳なかった」
と、頭を下げた。
幸助としてはそもそも怒ってないのだが、その振る舞いからシオンの印象がグッと良くなる。
トワは一連の流れを見て怒りが萎んだようだった。
クウィンだけが「……今からでも、遅くない、よ?」と幸助を上目遣いに見上げて問うた。
彼女に「本当に大丈夫だから」と伝えてから、シオンを見遣る。
「顔を上げてくれ。別に怒ってないよ。ただ面倒くさいから、手綱を握っておいてくれると助かる」
シオンは唇を歪めた。
「……善処する」
そうは見えなかったが、言葉を聞くに笑おうとしたらしい。
あまり器用ではないのかもしれない。
朴訥、という印象を受ける。
先に扉を開けたシオンが幸助を見た。
「どうやら、オレ達が最後らしい」
他の皆は既に集まっているという。
集合時間も近いのだから、おかしくもなんともない。
幸助は頷きを返して、会議室の扉をくぐった。