88◇魔弾の英雄、告白ス
四人の英雄が扉の前でたむろしているという構図はあまりよろしくない。
集合時間までもう少しあるので、今から来る者もいるだろう。
というより、いた。
「ランナーズ殿! シンセンテンスドアーサー殿から即刻離れ給え! 困っておられるではないか!」
そう言ってフィオのじゃれ付き行為を咎めたのは、細身の青年だった。
身長は高くスラっとしている。
四角いフレームの眼鏡を掛け、右手中指でズレを直すようにブリッジを押し上げた。
良く言えば真面目そう。悪く言えば神経質そうな若者だ。
青みを帯びた黒の短髪は清潔感がある。
服装もスーツ仕様の衣服で、キッチリカッチリ決めている。
情報国家ラルークヨルド所属、『魔弾の英雄』ストックフォルム=スパシーサ。
愛称はストック。
彼こそが、トワに一目惚れしたとかいう男である。
なんやかんや家族が高評価されるのは嬉しいもので、一目惚れの是非はさておき見た目が可愛いと認められているわけだから、兄としては鼻が高かったりする。
幸助なぞは昔から妹が「トワちゃんは可愛いわね~」と褒められる中「幸助くんは良い子ね~」くらいが精々で、むしろいかに容姿を避けて褒めるかみたいな他人の優しさが辛くもあったが、今ではそんなこともない。
家族が良く言われるのは嬉しい。
まぁ、彼氏彼女の関係になるのを応援するかどうかは、まったく別の話なわけだが。
父と同じ世界に居ない今、「お前なぞに妹はやれん!」くらい幸助が言ってもいいと思う。
別に言いたいわけではないが、必要があればという話だ。
「ん~。スートン、何持ってるの~ いい香り~」
フィオがトワから離れて、ストックに近寄る。
スートンというのが彼に付けたアダ名らしい。
そういえば、と幸助も意識的に嗅覚に集中してみると、確かに花を思わせる香りがした。
よく見れば、ストックは片腕を背に回している。
見ようによっては何かを隠しているようにも見受けられる。
「こ、こら、止し給えランナーズ殿! そもそも! じょ、女性がそうはしたない格好で出歩くものではない!」
ストックは顔を真赤にして、視線を逸らしていた。
女性慣れしていないというか、初々しいというか。
幸助は一瞬で見抜いてしまった。
ストックのやつ――童貞だな、と。
少なくとも女を騙したり出来そうな人間ではなさそうだ。
その点は安心である。
彼は咳払いすると、腰砕けになっていたトワの前に膝をつき、背に隠していた花束を差し出した。
薔薇に似た、紅い花だ。
トワが『紅の英雄』だからそれにちなんだのだろう。
「シンセンテンスドアーサー殿っ、以前は一目惚れなど惚れた内に入らぬと仰られましたね。その通りかと思います。ですが! おれの胸で燃える恋慕の念は一分一秒ごとにその熱量を増しています。あなたと言葉を交わすごとに熱く熱く! それに比べればこんなもの一欠片にも相当しませんが……どうか受け取っていただきたく!」
中々男だなぁ、と幸助は思った。
価値観というか文化の違いもあるだろうが、日本人的感覚で言うと女性に花を贈るのはハードルが高い。幸助くらいの年齢となると更にだ。
母の日以外で花屋に寄った記憶が無いくらいである。
幸助はもといた世界で成人も迎えられなかったが、大人はどうなのだろうか。
祝い事でもなんでもなく、ただ好きな相手にとなると、結構少ないのではないか。
トワは「あ」とか「う」とか言いながら狼狽し、どうにかと言った様子で呟く。
「こまる……こまる、ます、です」
ストックは自分がトワを困らせたと知るや否や彼女から離れ、頭を下げた。
「も、申し訳ありませんっ。不快な思いをさせてしまったようで」
「あっ、ふ、不快とかじゃないんで、そこは、あんまり気にされても」
トワもどんな対応をしていいのかわからないのだろう。
彼女が助けを求めるようにこちらを見上げたので、今度は応じることにした。
咄嗟のことだったとはいえ、今のストックはトワに近づき過ぎた。
花を貰ったことより、男に急接近された恐怖が勝っている状態だろう。
かと言っておおっぴらに兄妹関係を明かすつもりも無い。
なので、さりげなく二人の間に割って入り、トワに言う。
「あーあもったいない。花束なんてお前、最初で最後かもしれないってのに」
右腕はクウィンに占領されていたので、左手を彼女に差し出す。
トワはそれを掴んで立ち上がりながら「なにぉ!」と怒った。
そうしている間にフィオが「ねぇスートン、トワたんが要らないなら、それフィオが貰ってもいーい?」と尋ね、力なく「あぁ……」と頷いたストックから花束を貰い受けている。
「あー……ストック、気にするなよ。こいつ熱烈なアプローチに慣れてないだけだから」
慰めるつもりで言ったのだが、ストックはそう受け取らなかったようだ。
「……なんだ、その『俺はトワのことよく知ってるぜ』と言わんばかりの口振りは」
……あ、失言だった。
と気付いたがもう遅い。
「ナノランスロット殿、貴殿はアークレアに来訪してから二月と経っていない筈だが? いかなる手練手管を用いて複数の女性を手籠めにしているかは知らぬが、おれの恋路を邪魔するというのなら、『魔弾の英雄』の名にかけて決闘を挑むことになるぞ」
言い切って、クイっと眼鏡の位置を直す。
そもそも手籠めになどしていないのだが、クウィンが子犬ばりに身体をすり寄せているわ、トワが頼っている風であるわ、更に先程フィオに抱きつかれたわで、状況的に勘違いされても仕方なくはあった。
「決闘ね……。別に俺に勝ったからってトワがお前を好きになるわけじゃないけどな。それに、負けるとも思わないし」
幸助の闘気を受けても、さすが英雄、まったく怯まない。
確か幸助のもといた世界で魔弾と言えば、ドイツの民間伝説に登場する銃だった筈だ。
七発中六発が目標過たず着弾するが、残りの一発の着弾箇所は悪魔が選ぶというような話であったように思う。
似たような伝承があるのか、あるいは他の来訪者からもたらされた知識なのか。
ともかく、幸助は自制した。
一瞬、戦ってみるのも楽しそうだなどと思ってしまったのだ。
必要も無いのに戦うつもりはない。少なくとも今は。
「別に邪魔するつもりはないよ。ただ、口説くのに花は向いてないかなぁって思っただけだ」
ストックは「む……」と思案顔になって、今度は教えを請うように訊いてくる。
「で、ではどうすれば……」
それを兄に聞くかー、と思いつつ、彼は知らないのだから仕方ないかと思い直す。
さて、どうしたものかなと。
幸助は微笑ましい気分で青年を見た。