78.268◇紅の英雄と案内人、投合ス
翌日、昼のことだ。
「コウちゃんって格好つけなところあると思うんだよね、あとデリカシーが無い。無いっていうかマイナス値に突入してる的な?」
「わかる……」
トワの文句に、シロが深い深い頷きを返している。
自宅でのことだ。
トワの要望でシロを招き、エコナの作ってくれた昼食を済ませた後のこと。
四人掛けの机は珍しく全部埋まっている。
幸助の隣にエコナが座り、正面がトワで斜向かいがシロだ。
二人はすぐさま意気投合し、主に幸助の悪口で盛り上がっていた。
幸助は拗ねるようにグラスの中の水を煽る。
エコナはどう反応していいのかわからないのか、困ったような顔をしている。
「聞いてシロさん。コウちゃん昔ね、トワがお風呂入ってるところに入ってきて、『げ、嫌なもん見ちまった』って言い放ったんだよ? 普通そこ『ごめん』だよね!? 兄妹間にも礼儀ってものが必要だよね!?」
シロがトワの頭を「よしよし」と撫でてから幸助を睨め付けた。
「幸助、よくないよそういうの。はい、ちゃんと謝って」
「……はぁ?」
小学三年の時の兄の言葉一つをよくもまぁ覚えているものだという感心はあるが、幼き頃の過ちについて二周目の人生で謝罪を要求される驚きと呆れが大きく勝った。
というか、トワだって別に謝罪されたいわけではないだろう。
奴は可哀想ぶってシロに抱きつき、その柔らかい乳房に顔を若干埋めていた。
そして幸助に「どうだ!」とばかりに自慢気な顔を向けている。
……こ、小憎たらしい。
「いや待てシロ。お前、俺とその小娘の言葉、どっちを信じるんだ?」
ぶっちゃけ事実なのだが、なんとなく気に入らないので幸助はそう打って出た。
隣に座っていたエコナが、後押ししてくれる。
「あ、あの……わたしも、こうすけさんはそんな失礼なこと言う方ではないと思います」
いいぞエコナ! ナイスアシストだ! と幸助の胸中で叫んだ。
その信頼に反して、過去の幸助は妹の入浴現場に遭遇して『げ、嫌なもん見ちまった。ったく最悪だよまじで』と吐き捨てているのだが、その点は敢えて考慮しない。
「じゃあ幸助は、トワちゃんが嘘を吐いてるっていうの? こんなに可愛いのに?」
「見た目と言葉の真偽は関係ないだろ」
トワは猫のようにシロに甘えている。
「おいトワ、いい加減離れろ。そのおっぱいは俺のものだ」
「いや違うよっ!? あたしの胸はあたしのだよ!?」
つい口が滑ってしまった。
エコナも悲しむような顔をしたあと、自分の平らな胸に目を落として更に落ち込んだようだった。
失言だったようだ。
「……さいてーだよコウちゃん。人を胸で判断するなんて」
「いや、それは違う」
自分でも不思議な程スラっと言葉が出てきた。
「相手の見た目や身分で関わり方を変えたりはしない。好きだから好きで、大事だから大事なんだよ。…………まぁ巨乳が好きなのは確かだが」
最後の部分だけ声量を最小にして誤魔化しつつ、幸助は言い切る。
シロが苦笑気味にトワの頭を撫でた。
「うーん、あたしもそこら辺は疑ったことないかな。トワちゃんだって、本当に幸助が乳で人を選ぶ淫魔って思ってるわけじゃないんだよね?」
エコナが同意するようにこくこくと頷いていた。
三人の反応に、トワは――涙目になった。
「……ずるい」
「え、なにが?」
「コウちゃんばっかり理解者がいてずるい! トワなんて、トワなんてコウちゃんより五年早く来てるのにそういうのいない! いないのに! うぐ……」
そう言ってシロの腰にぎゅっと抱きついて泣いてしまう。
幸助は思い返して、得心がいった。
確か『紅の英雄』は付き纏いを燃やしたことがあるらしい。
彼女の男嫌いが影響して、男の友人は『蒼の英雄』ルキウスくらいしかいない。
英雄達は基本的に多忙なので、そう頻繁に逢うこともない。
式典の際もリガルとの模擬戦後の宴会の際も、トワは一人壁に背を預けて立っていた。
つまり、そういうことなのだろう。
なんと言ったか、もといた世界で言うところの――ぼっちなのだ。
「コウちゃんなんて……コウちゃんなんて二組の華ちゃんに振られて三年の三上先輩にも振られて更には――」
「やめろ! っていうかなんで知ってる!?」
やはり女子の情報網、侮れない。
「運動神経がちょっといいだけが取り柄の非モテ男子だったのに! 得意なことはモン○ンだけの中学生だったのに!」
そうだ。トワからすれば幸助の記憶が五年前で止まっている。
復讐に奔る前の、平凡な兄で止まっている。
クロとして出会ってからその部分の変化を見せてしまっているので、記憶的にはその部分も忘れていない筈だが、それでも納得がいかないのだろう。
あの兄がどうして、という感じになっているのだ。
「よしよし……。じゃあトワちゃん、あたしと友達になるって言うのはどうかな?」
「……………ずずっ。なる」
トワはそっと顔を上げ、エコナを見た。
「……エコナちゃんとも、なる」
エコナは聖母のように優しく微笑んだ。
「はい。こちらこそトワさんとご友人になれるなんて嬉しいです」
「ふ」
笑い声がしたかと思うと、トワは二秒で復活した。
無かったことのように涙が引っ込んでいる。
「じゃあ、女子会しよう。女子会。コウちゃんちょっとお菓子買ってきて? 買ってきた後は女子会終わるまで散歩でもしてきて?」
言葉が出てこない幸助だった。
ただ、一方でこの我がままを懐かしくも思う。
五年前に失われたものが、再び近くにある。
それは、喜ばしいことのように感じられた。
「ちょっと、早くしてよね」
…………いや。
やはり腹立たしい。