78.116◇紅の英雄、追及ス
あの後、二人はエルフィの診療所を後にした。
エルフィが「一緒に寝るか帰るか選んでいいわよ。オススメは三人『什』の字で寝ることね」と言うので、「『川』の字だろそれどんな体勢なんだ」と突っ込んだら「実践しましょうか、今すぐに」と魔手が伸びてきたので二人して逃げ出した。
トワを彼女の家まで送ろうとしたら不安げな顔で「え……」と見上げてくるので、仕方なく家に連れ帰る。
記憶を思い出してすぐに一人になるのは嫌なようだ。
「っていうかさ、一緒に暮らせば良くない?」
夜道を小型魔動馬車で行く道中、トワが名案とばかりに言った。
「……なんだよ、昔は『はやく大人になって一人暮らししたーい』とか全ての若者が考えるようなこと言ってたくせに」
別にいいのだが、トワが近い。
幸助の腕にピタっと身体をくっつけていた。
ちなみに運転しているのは幸助だ。
夜だし肌寒いから、怖いのだろう。そう思うと拒否も出来ない。
「べっつにー。なに? だめなの? だめなんだ? そうだよねー、もう幼女囲ってるもんねー。新妹って感じ? 旧妹はお払い箱な感じ? 悲しいなぁ。はぁ、泣いちゃおうかなぁ」
……め、面倒くせぇ。
「ダメとかじゃないけど、エコナにも聞いてみないと」
「子持ちのパパが再婚を迫られた時の対応みたいだね」
「その妙に生々しい例えはどっから出てくるんだ」
昼ドラの記憶だろうか。
「ところでさ、コウちゃん。ちょっと気になることがあるんだけど」
「あぁ、なんだよ」
「コウちゃん転生してから一ヶ月も経ってないよね」
「だな。それがどうかしたか?」
「トワの仇を討って、そのあと自殺したんだよね?」
「……そうだよ。何が気になるんだ?」
トワはこちらを上目遣いに見上げていた。
横目で確認すると、その目から光が消えている。
「妹の仇を討ってから新しい彼女作るまで一ヶ月って、はやすぎじゃない?」
魔動馬車の操作を誤った。
斜めに走ってしまい、とっさに意識を再集中させて軌道修正。
「…………いや、いやいやいや、聞いてくれよそれには理由があってだな」
幸助は弁明するように語った。
最初はもちろん、そんな明るい心持ちではいられなかったこと。
その後、『トワの祈り』を知り、この世界で前向きに生きていこうとしたこと。
結果、トワを失う以前の少年らしさを取り戻し、恋もしたこと。
「へぇ~。要するに『妹も俺が幸せになることを望んでるわけだし女漁りすっか~!』ってことだよね?」
「悪意的な解釈だ。改善を要求する」
言葉に反して、幸助は嫌な汗を掻いている。
「それで、シロさんとはもうえっちしたの」
「…………お前にはまだはやい」
「同い年なんですけど?」
まったくその通りだった。
トワとて進んで性関係の話を振りたいわけではないだろう。
だからこれはわざとだ。
自分はもう平気なんだぞと、示そうとしている。
なのでその頑張りは受け入れてやりたいところなのだが、それにしても微妙な話題だ。
「もうしたとしたらさ、それトワと再会する前? 後?」
後だ。
「なんだよ、それ、そんなに重要なことか?」
「妹が転生してるのを確認した後で、『さ、彼女とセックスすっか~!』ってなるお兄ちゃんなのかな、ってトワ気になっただけだよ」
「いや……人をそんな薄情者みたいに言わないでくれないか」
「ライク関連の騒動で吊り橋効果が発揮されて勢いでしちゃったとか? 最低……」
「違う違う! 断じてそういう一時のあれじゃなくてだな……」
「じゃあ本気なんだ?」
「…………」
トワは少し不機嫌そうに頬を膨らませる。
「へぇ~。ふーん? まぁ? いいんじゃない? 別に? トワそういうの全然あれだしどうでもいいし? ま、異世界に来てちょっとモテてるからって調子乗らないで欲しいなとは思うよほんと。トワなんかコウちゃんの千倍モテるしね」
「……そうかい。最愛の妹がモテモテで、兄ちゃん嬉しいよ」
「はぁ!? 妹に彼氏が出来て嬉しいの!?」
「…………なんだよ。そりゃ多少気にはするが、ダメってことはないだろ。お前の自由だし」
「じゃあもし彼氏がパチンカスだったらどうするの!?」
「この世界にパチンコってあるのか……? まぁ、お前が困ってるようなら兄として力は貸すけど」
「でしょ? やっぱ血を分けた兄妹なわけだからさ、恋人が出来たって言われたら気になるわけ。だから今度妹としてシロさんにトワを紹介して」
「……いや、それは構わないが。本当は嫌だがそれでも我慢出来るが、お前記憶戻る前にシロに逢いに行ってるよな?」
確か拘束された日にそう言っていた。
「あの時はコウちゃんのこと友達程度の認識だったもん。家族だって知識はあっても実感は無かったから比較的他人事でいられたの!」
「ふぅん……。でもあいつ別に普通だぞ? あ、あの見た目で日本人らしい」
「へぇ~。でもトワ達とは違う日本でしょ?」
「だな……っと、あそこだ」
馬車はどうすればいいだろう。
小型なので家の前に停めておけば、朝くらいまでなら特に迷惑にならないだろうか。
「…………ねぇ、コウちゃん」
「んー」
馬車から降りる。
エコナにトワのことをどう説明しようかと考えている幸助に、トワが悲しげな微笑を湛えてい言った。
「いつか、お父さんとお母さんにさ、何かメッセージとか、送れないかな」
両親は今ももといた世界で生きている。
幸助とトワは再会出来たが、父母はきっと苦しんでいることだろう。
謝るのは、違うように思う。
ただ、元気であると伝えたい。
方法があるのなら。
「そうだな……少し、考えてみよう」
自然とトワが身を寄せてきた。
幸助はそれを拒否せず、扉に手をかける。