表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/301

77◇神癒の英雄、解錠ス




 幸助とトワはエルフィの診療所にいた。

 エルフィに連絡したら先に向かっていろと返信が来たからだ。

 ちなみに自分が到着するまでの間にトワに風呂を貸してやれとも言われた。

 だから幸助は今、診療室の椅子に一人で座っている。

 ちなみ王都ギルティアスは上中下水道が整っている。

 幸助の知る曖昧な知識でも、確か古代ギリシャの時点で下水道はあった筈だ。

 来訪者は幸助から見て現代日本人が来ることもあれば、侍のような幸助から見て過去の存在が現れることもある。では当然、幸助から見て未来の人間がやって来ることもあるだろう。

 例えば二百年前のアークレアに、現代日本人相当に進んだ文明からの来訪者が来ることも充分有り得るのだ。

 だから、ファンタジー世界なのに分野によっては冗談みたいに文明が進んでいる、ということが起きていてもおかしくない。

 そのおかげか、下水が上水に混じってしまうような事態もないらしく非常に衛生的だ。

 ただ、初めて幸助がギルティアスに来た時に井戸で水を汲む女性を見たように、上水といっても各家に水道が完備されているわけではない。

 税金を収めることによって保証されるのは安全な水を井戸から入手する権利までのようだ。

 上水を家に引くには別途施工費と使用料が掛かるらしい。

 一般人からすれば井戸まで歩くなど手間でもないようで、普及率はそう高くない。

 そういった事情もあって、入浴は基本的に大衆浴場が使われるようだ。

 各種魔法具によって水の浄化が徹底されているらしく、伝染病などの被害も無い。

 現代日本人からすると身体を洗うのは当たり前のことだが、過去まで遡り世界へ目を向けると必ずしもそうでなかったりする。

 その点ダルトラの国民は清潔感のある人間が多いので、生活にしっかり根付いた文化のようだ。

 さすがに行軍中の軍人ともなるとそうはいかないだろうが。

 ともかく、エルフィの診療所には風呂の設備があった。

 英雄なので、浴槽に水を入れてから『火』魔法で温度調節すればいい。そもそもその『水』も魔法で生成出来るので、実質浴槽があれば無料ただで風呂に入れる。

 女の風呂は長いと言うが、トワは結構そうでもない。

 風呂に入るとすぐ全身が茹でダコみたいに赤くなるのだ。

 英雄になってものぼせやすいという体質は変わらないようだ。

 ステータス的にはお湯程度で参る筈もないので、精神的な問題なのかもしれない。

 トワはバスローブ一枚の姿で診療室に戻ってきた。

「良いお湯だった。生き返った! 二度目の転生!」

「笑えない来訪者ジョークはやめてくれ」

 実際に生き返った人間が言うとなんとも反応し辛い。

 幸助はどこか居心地の悪さを感じて、首の裏を撫でた。

「なーんか、ここに来る途中からテンション下がってない? 王様の前ではあんなに俺様だったのに」

「……どうでもいいけど、お前服着ろよ。こぼれるおっぱいもないから安心だろうが」

「今洗濯機回してる。あと次貧乳ネタでからかったら燃やす」

「エルフィの服借りればいい……ってあぁ、ごめんな。借りても虚しくなるだけだもんな」

 胸囲の格差を前に絶望する未来が見える。

「【焼き尽くせと(バイルウィンタ)……」

「待て待て魔法はやめろ! 今のはセーフだろ!」

 目が本気だったので、幸助も本気で制止した。

 幸助はともかく診療所が燃える。

「トワが不機嫌になる言葉選びは全部アウトだよ」

「なんて面倒臭い女なんだ……だから彼氏が出来ないんだよ」

 トワはキレた。

「は、はぁ!? 今それ関係なくない!? 自分が彼女出来たからって調子乗っちゃってさ~。どうせ日本では非モテ男子だったんでしょ! トワわかるもんコウちゃん意地悪だし!」

 確かに彼女らしい彼女が出来たことは無い。

「それにフツメンだしな。でもだったら、なんで超絶美少女のトワ様に彼氏が出来なかったんでしょうね~。見た目が完璧な分、中身に難ありだからですかね~」

 彼女は椅子に座った状態の幸助に回し蹴りを放つ。

 一瞬太ももを奥に辿った先が見えかけたが、あまり考えたくないので意識から追い出した。

 当然、回避も済ませている。

「避けないで罰を受けて」

「一々武力行使に打って出るな。街中のチンピラより沸点低いぞお前」

「街中のチンピラより強いんで」

「なお厄介じゃねぇか。下着もつけてないのにバスローブ姿で動くな。妹の裸なんて見ても悲しくなるだけなんだよ」

「別に見せようとか思ってないんですけどっ!? 悲しくなるとか言いながら気まずそうにしてたじゃん! 初めて彼女とラブホ入った童貞みたいな挙動不審っぷりだったじゃん!」

「彼氏とラブホ入ったことない女がその例えを使うと……面白いな」

「成敗する! 『トワ様ごめんなさい』って言わせる!」

 と、しばらくそんな風にじゃれあっていると、エルフィが現れた。

「……アナタ達、人の診療所で何やってるの? それともヤるところだったの? なら出て行くわ。大丈夫、アタシも禁忌とかそういうの好奇心刺激されるタイプだから」

「帰宅早々フルスロットルだな……。アリスはどうだった?」

 エルフィには既にトワとの関係性の更新を伝えてある。

 トワにはリガルの件の流れを話してあった。

 今回の真相を聞いて、診療所へ向かう途中の魔動馬車内でトワは涙を流した。

「あの子すごいわよね。いっそ清々しいというか……。湯水のごとく? もう淀みなくペラペラ喋ってくれたわ。一定間隔でアナタに関する質問を投げかけてくるあたりとか、好奇心を超えて恐怖心を感じたわよ」

「クウィンといいパルフェといいエルフィといいアリスといい……。コウちゃんって変な女の子に好かれるんだね? シロさんはまともに見えたけど、あぁ見えて普通じゃないところがあったりするの?」

「あぁ」

「どんなとこ?」

「普通じゃない巨乳だ」

「はい最低~」

 トワは呆れるように幸助を睨んだ。

「というかトワ? 信頼出来る主治医に向かって変な女は無いんじゃないかしら? 裸に剥いてベッドで朝まで触診するわよ?」

 妹は盾にするように幸助の背に隠れる。

「変じゃん! 普通の精神科医は患者を裸に剥いてベッドで朝まで触診したりしないもん! ……しないよね?」

「なに言ってるの。それくらい普通よ。治療の一環だから」

「…………そ、そうなの!?」

 嘘つきな魔法医と馬鹿な妹だった。

 幸助は頭痛を堪えるように額に手を当て、意識して低めの声を出す。

「それで、頼んでたこと、出来そうか」

「確かに今日は働き過ぎたけれど、問題ないわ。ただ、トワはともかく……クロ、アナタは本当にいいの?」

 そう。幸助は今、逃げ出したいくらい怖かった。

 トワの手前、普段通り振舞っているだけだ。

 だって、そうだろう。

 トワの記憶が戻る?

 それは輪姦され、凍死した記憶を取り戻すということで。

 そうなったのが、兄が塾をサボったからだと思い出すということだ。

 今のように、気安い会話はもう二度と出来ないかもしれない。

 責められ、恨まれ、貶され蔑まれて当然なのだ。

 だから、怖い。

 でも、他ならぬトワが望んだことだ。

 記憶を取り戻す時、一緒にいてほしいとも言われた。

 であれば兄として、逃げるわけにはいかない。

 その果てに、妹に拒絶されることになるのだとしても。

「……大丈夫だよ。俺は、大丈夫」

 エルフィは気遣うような視線をしばらく向けていたが、やがて優しく微笑んだ。

「じゃあ、二人共ベッドに腰掛けて。あ、服は脱がなくてもいいわよ?」

「当たり前だエロ医者」

 一瞬で本調子を取り戻すエルフィ。優しさは刹那の幻想だったようだ。

「べ、ベッドじゃなきゃダメなの? ……もしコウちゃんが兄妹という枠を超えてトワのこと襲ったらどうすれば……」

「一億年禁欲してもそれだけはねぇから安心しろ」

 突発的に開始される兄妹漫才を微笑ましげに見てから、エルフィは真面目に表情を引き締める。

「クロなら分かるでしょうけど、記憶が戻ったらショックで暴れる可能性が高いわ。だからこれも付けてもらう」

 机の引き出しから、エルフィが首輪を取り出す。

 魔封石が埋め込まれたものだ。無意識の魔法発動を抑える為だろう。

「アタシは記憶の鍵を開けるのと、多少の鎮静物質精製で手が一杯になるから、アナタが彼女を押さえるのよ。この場合、正面から強く抱き締めるのがいいでしょうね。英雄であるトワの怪力に抵抗するには、同じ英雄であるアナタが最適でしょう」

 幸助はベッドの上に腰を下ろした。

 トワも続く。

 何故か顔が赤い。

「ほら、もう風呂入ったから平気だろ?」

 迎えるように手を広げると、「うっ」とトワが躊躇った。

「十八にもなって、日に何度も兄と抱き合うのは恥ずかしいっていうか~」

「俺だって理由がなけりゃ妹なんて抱き締めたくないさ」

「い、妹なんてって言わないでよ! 超大好きなくせに!」

「はいはい。最愛の妹を抱き締めることが出来て嬉しいよ。はよしろ貧乳」

「次それ言ったら泣くから」

「なら、もう言わないよ」

 面倒なので、こちらから彼女を抱き締める。

 彼女の身体は、やはり微かに震えていた。

「……怖いよな」

 優しく背中を撫でた。

「だ、大丈夫……。エルフィも、コウちゃんもいるし」

 記憶を取り戻したら、その兄になんて言うのだろう。

 異世界でも楽しく兄妹としてやっていこうとは、ならないだろう。

 それでも。

 きみが前に進むことを望むなら。

「エルフィ、頼む」

 ぎゅっと、トワが幸助を抱き締めた。

「始めるわ――【領域侵犯・過去蔵かこぐら解錠】」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◇書籍版(GCノベルズより1~4巻)
◇書籍版特設サイト◇
i433752

◇ライドコミックスより1~4巻◇
◇コミックライド作品ページ◇
i601647

↓他連載作です。よろしければどうぞ↓ ◇朝のこない世界で兄妹が最強と太陽奪還を目指す話(オーバーラップ文庫にて書籍化予定)◇
たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても
i594161


◇勇者パーティを追い出された黒魔導士が魔王軍に入る話(GAノベルにて書籍化&コミカライズ)◇
難攻不落の魔王城へようこそ


共に連載中
応援していただけると嬉しいです……!
cont_access.php?citi_cont_id=491057629&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ