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76◇黒の英雄、要求ス


 


 貴族がリガルを殺した時点で事態は最悪と呼べるものになっていた。

 そこからは何を選んでもどこかにひずみが生じてしまう事後処理で、一国の王としては『どうするのが正しいか』ではなく『どうするのが臣民の為になるか』でものを考えなければならない。

 腐敗した貴族の犯したミスです、というのと。

 アークスバオナからの刺客によるものですという言い訳では、断然後者を選ぶべきなのは理解出来た。

 人間は状況が許す限りの最善を、自分の最優先事項に従って執るしか無い。

 ダルトラ王にとってそれは国だったというだけ。

 その選択自体を否定するつもりは無い。

 ただ、幸助にとって許せないものだから咎めるというだけだ。

 幸助にとっての最善と最優先事項に反するものだから。

 ダルトラ王は、深い深い溜息を溢した。

 彼の言葉は国の言葉。安易に軽い言葉を吐くことは出来ぬということだろう。

 やがて、声がする。

「……お主らが国を出るという事態を、貴族院は想像もしておらんようだった」

 英雄が国に殉ずるのは当たり前という認識が根底にあるからだろう。

 彼らもまた、末裔故に英雄の狂気を引き継いでいるのだ。

「ふぅん。その言い方だと、あんた自身は違うって言ってるように聞こえるな」

「反感は抱かれるだろう、とは……。よもや、真実に至る程とは思わなんだが」

「で、どうするつもりかって聞いてるんだけどな」

「英雄を失うことは国家の損失。そこに違いは無い。だが、我が第一に考えるべきは臣民の幸福でなければならない。アークスバオナの悪辣なる侵攻に対抗するにあたり、連合軍の結成は必須。その妨げとなる情報は、例えそれこそがアークスバオナにも劣る悪であったとしても、隠匿せねばならなかった」

「その結果がこれだ。あのな、俺は言い訳を聞きたいんじゃないんだよ。この結果を受け、あんたが王としてどうするのか、答えだけ簡潔に述べろ」

「英雄が民衆の生け贄であるなら、王は民衆の代表者だ。神の子であるという威光を背負ってこそいるが、その点を履き違えるつもりはない。失態に対し可能なことと言えば、詫びと対処しか出てこぬが……」

「聞かせてくれよ、その対処の具体的な中身を」

 王はゆっくりと、首を横に振る。

「それを決めるのは我ではなく、お主らであるべきだろう」

「へぇ? 許してください、どんなことでもしますからって? 随分と殊勝な態度じゃないか」

「今回の件の真相が広まればダルトラに不信感を抱く国家は必ず現れる。その上お主らまで失えば、ダルトラの命運は尽きるだろう。王として、それだけは避けねばならぬ」

 今回の件は幸助が『黒の英雄』だから起きたと言ってもいい事件だ。

 トワが幸助の妹だったから解決した事件とも言える。

 例えば幸助がまったく別人だったら。

 命懸けでトワを救う必要は無い。

 パルフェやクウィンは外せない任務にあたっており。

 ルキウスとエルフィもすぐさま舞い戻ってくることは無かったかもしれない。

 その間に処刑は執行されていただろう。

 様々な条件と偶然が重なって、この結果がある。

 ダルトラとしては、この策を執った上でも残る英雄達を最終的に説得出来ると踏んだのかもしれない。

 ともかくそれが失敗し、貴族の不正腐敗が詳らかにされた時点で、王は考えねばならなくなった。

 連合軍を組織する為に各国を説得する方法。

 そして、国家に不信感を持った英雄達を引き止める方法。

 許してもらう為に相手の要求を聞き入れるというのは、まぁ妥当なところだろう。

「条件は幾つかある」

「……聞かせてもらおう」

「この一件に関与した加害者側の人間全員への処罰。詳しい内容は後で話す。

 それと、今後貴族院からの献策は採用する前に一度英雄を通してもらう」

「それは、貴族院の議席を欲する、ということか。それならば、どうにかなるかと思うが」

「違う。俺みたいなガキがよく知りもしない政治に関わってどうする。そうじゃなくて、ただのチェックだ。今回の件で多くは掃除出来ると思うが、貴族全体に狂気が蔓延してることは想像に難くない。それが国家の発展に寄与する形で発揮されてきたからダルトラはここまで成長出来たんだろう。でも、戦争が始まってしまった」

 そう、トワが言っていたあの話は事実だったのだろう。

 ダルトラ王の治世は他国からの評判も良いというのは、王都で少し生活しただけで分かる。

 貴族達が優秀で、国民からの不満もほとんど無いと以前聞いた。

 つまり、貴族達は狂気を抱えているだけで間違ったことだけをする生物では断じて無いのだ。

 英雄の末裔として、神の血を引く王家の支えとなり国家の繁栄に手を貸す。

 それが今までの貴族の在り方だった。

 しかし、戦争が始まってしまった。

 だから彼らの“国家への寄与”という存在意義に、“戦争”という手段が加わってしまったのだ。

 今まで内政と穏当な外交に向けられていた力が、戦争という最も非効率的で愚かな外交手段にも向けられるようになった。

 平和な世界を築いていた国に、突如『殺し合いで勝て』という目的を与えれば上手く立ち行かないのは当たり前のことだ。

 広大な国土を持ち、それに伴って多くの悪領を抱えたことから正規軍の拡大を余儀なくされただけで、ダルトラは何も戦争屋ではない。

 言ってしまえば、貴族の暴走は戦争によって引き起こされたものなのだ。

英雄の本能なるものを、揺り起こされてしまったのかもしれない。

 だからと言って、何かが変わるわけでもないが。

「貴族院からの献策がまともかどうか、俺達英雄が意見する。貴族の言葉と英雄の言葉、両方受けた上であんたが決めるんだ。俺達にとって耐え難いものはそう言う。無視するのはあんたの勝手だが、その時は英雄を失うと考えろ」

「…………心得た。そのように取り計らおう」

「あと最後に一つ」

 幸助はずっと不安げな顔で幸助の袖を握っているトワの頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。


「戦争が終わって、この大陸が平和になったら――俺達を自由にしろ」

 

 しばらく、沈黙が室内に満ちた。

「……自由、とは」

「来訪者には、転生した理由があると思う。神らしきやつの声も聴いた。アークスバオナは止めなきゃいけない。でもな、それでも俺達は人間だ。前世で不幸になっただけの、今度は幸せになりたいと思っているだけの人間なんだ。英雄ね、それが役目だって言うなら果たしてやるよ。だから、それが終わったら解放してくれ。俺達の二周目の人生に、それ以上干渉しないと約束しろ」

 この世界に来て、最初は自殺しようと思った。

 『トワの祈り』に気付き、二周目の人生を生きようと思った。

 迷宮では子供心を思い出し、胸が踊った。

 トワと再会し、今度こそは彼女に幸福な人生を生きて欲しいと思った。

 仲間が、友が、恋人が出来た。

 だから、この世界を護るのはいい。

 力があって、自分達の住む世界の危機だというなら手を貸そう。

 でも、その後のことは関与しない。

 したくない。

「自由を得た上で、軍に残りたいって奴はそうすればいい。でも、俺はやめる。他にもやめたがっている奴がいたら、止めるな。それを今此処で約束しろ」

 返答まで、一分近い静寂があった。

 やがて、ダルトラ王は席から立ち上がり、頭を下げる。

「此度の件、誠に申し訳無かった。お主の願い、王として保証しよう」

 トワが小さな声で「わっ」と驚いたような顔をする。

 張り詰めていた空気を弛緩させるように、幸助も肩から力を抜く。

「安心したよ。それが本気の謝罪で、あんたが本当に国を第一に思う王ならな」

「お主が疑うのは当然だろう。とはいえ、我にそれを晴らす手段があるか……」

「質問に答えてくれ。今回の件は国の為を思ってやったことなんだな?」

「然り」

「その為に英雄の命を軽んじた。それを認め、謝罪し改めるつもりがあると」

「勝手なこととは思うが、その通りだ」

「貴族達を罰するだけじゃ足りないよな。あんたもそれを認めた、加害者の一人だ。死んで償えって言ったらどうする?」

 妹が「ちょっ」と窘めるように腕を引くが、今度は無視した。

 必要だったからだ。

 目の前の人間の本質を、計るのに。

「それが国の為ならば、この命捧げるに惜しくなどない。引き換えにお主らの許しを得ることが出来るというのならば喜んで捧げよう。だが、それもまた平和の制定後としていたければと思う。此度の失態に続き、王の崩御などという事態が起きれば、国が揺らいでしまうでな」

「平和になったら死んでくれるのか」

「然り。後を託す為に子がいる。我の命はひとえにダルトラの為にあるからして」

 少なくともこの男、今回の事件を起こした貴族とは違う人種のようだ。

 自分こそが世界を救うのだなんて傲慢は、持っていない。

 リガルと同じで、後に託すことを考えて生きている。 

 来訪者は、言ってしまえば自国民ですらない。

 一国の王として、どこまでも臣民を優先するというのはそう間違っていないように思えた。

 だからこそ、この国は栄え、多くの臣民は幸福を享受出来る。

 ただ、その庇護を受けられない者から不満が出るのもまた当然。

 幸助達は今回の件でようやく、権利を得たのだ。

 侵害されず、幸福になる権利を勝ち獲った。

「いいよ。わかった。あんたの償いはそうだな、何か考えとくよ。その姿勢に免じて、死以外で。今日はもう帰る。あ、あんたにまた逢う時、一々モッゾと喧嘩しなきゃだめなのかな?」

「……事前に連絡があれば予定を空けておこう」

「そりゃよかった」

 幸助はそう言って笑うと、トワの手を引いて執務室を後にした。




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