75◇ダルトラ王、釈明ス
対立する組織が存在するというシチュエーションがあるとする。
その場合、スパイというのは比較的早い段階で連想されるのではないか。
幸助のもといた世界ではスパイ映画というジャンルが出来るくらい有名なものだった。
間者、間諜、密偵、廻者、諜報員。
様々な表現があるが、ダルトラの場合は諜者と言うらしい。
アークスバオナの血を引き、アークスバオナの国民でありながら、ダルトラに忠誠を誓った者。あるいはそのように情報を偽装し潜入している者。
無論一人二人ではない。
情報確度は数を集めてこそ上がるというもの。
そして各所に散らばった諜者から、先日こんな情報がもたらされた。
――アークスバオナは英雄総数を偽っている。
――実数は既に二十を超えており、それも全体数とはいえないかもしれない。
――神話七英雄の内、『蒼の英雄』『翠の英雄』『暗の英雄』の存在を確認。
つまり、意図的に英雄の情報を隠匿していたのだ。
メリットはいくらでも考えられる。
例えば単純に戦において、アークスバオナが十人の英雄を投入しても、ダルトラがその内三人の情報しか掴んでいない場合、ダルトラは三人の英雄と戦うという前提のもと作戦を組み立てることしか出来ない。
そこに一気に情報操作によって伏兵として機能した七人の英雄が現れるのだ。
どちらが有利かなど語るまでもない。
切り札は使い所次第でいくらでも効果を変える。
見せびらかすことが最善な時も、隠すのが最適な時もあるだろう。
それが今、諜者の捜査網に引っかかったということは。
隠すことをやめる程の何かが、動き出しているということだ。
切り札を隠すよりも晒す方が有効だと考える程の、何かが。
答えはすぐにダルトラ王よりもたらされた。
――アークスバオナは使者を派遣しダルトラに降伏勧告を出した。
――条件は王族と貴族の処刑、及び全国民の奴隷階級化。
――これを拒否した場合、降伏の意思なきものとみなし総攻撃を開始する。
清々しいまでに侵略者然とした要求だった。
こんなふざけた条件、呑めるわけもない。
呑めない以上、ダルトラ侵攻は確実に起こる未来だ。
そして、貴族院がこのタイミングでリガルを殺しトワを処刑させようと目論んだ理由も一部判明する。
――『暗の英雄』の存在を確認。
以前『黒』について調べた時、とある歴史家に聞いた話を思い出す。
彼が言うには、『黒の英雄』と『暗の英雄』は歴史家によって同一視される存在とのことだった筈だ。
簡単に言えば、『黒の英雄』が悪神を食らったことにより能力を変質させ『暗の英雄』と呼ばれるようになったのではないかという説だ。
アークスバオナに現れた『暗の英雄』が本物であるならば、非常に厄介なことになる。
彼あるいは彼女は『併呑』能力を持ち、その上で悪神の一部を喰らったということなのだから。
この国で本物の色彩属性持ちは幸助とクウィンのみ。
トワとルキウスに関しては偽英雄だ。
敵の色彩属性持ちは判明しているだけで三人。
それを本物とすると、今回あがってきた情報は頭を抱えたくなる程のものと言える。
幸助に他の英雄を喰わせてでも、『黒の英雄』を強化したいと短絡的に考える者がいてもおかしくないくらいに。
だが、それはそういう者が現れるのも理解出来るというだけの話だ。
王までそれを黙認するにはあまりに足りない。
英雄の総数で劣る今、それを加速させるのはあまりにも愚かというもの。
その愚かしさを許容する新情報が、あった。
アークレアに存在する国家は十一。
各国の軍備はどのようになっているか。
まず不明なもの。
閉鎖国家ヘケロメタン。鎖国状態故。
幻想国家ファカルネ。侵入不可故。
次に、存在しないもの。
民族国家ギボルネ。戦争を想定も肯定もしていない国家故。
次に、存在はするが強力でないもの。
情報国家ラルークヨルド、技術国家メレクト。共に防衛軍と呼ばれる自衛目的の為に組織された軍しか有しておらず、攻めることを前提とした訓練もしていなければ人数も確保していない故。
次に、存在し強力ではあるが数の面で不足しているもの。
宗教国家ゲドゥンドラ。聖教軍と呼ばれる騎士団があるが精鋭であるものの少数故。
商業国家ファルド。各商会が傭兵隊と呼ばれる者達を雇用しているが、戦争用の人員ではない故。
もはや正常に機能していないもの。
中立国家ロエルビナフ。アークスバオナの侵攻に遭い、それを食い止める為に派兵されたダルトラ軍との戦闘地帯となってしまい国という総体としての機能を喪失した故。
魔術国家エルソドシャラル。ロエルビナフ同様アークスバオナに国土の半分以上を奪われ、現状ダルトラの支援を頼りにする状況まで追い込まれている故。
現在、強大な軍事力と言えばダルトラとアークスバオナの二国しかないのだ。
それでもついに、連合軍を組織するという話になった。
軍事力の増強という面はもちろんあるが、もっと言えばこういうことになる。
連合加盟国の全英雄を、ダルトラに一時託す。
そう。来訪者の現れる『神殿』はダルトラとアークスバオナにしか無いわけではないのだ。
この二国程ではないが、他国にも英雄と言えるステータスを持つ者はいる。
アークスバオナがここで英雄を一挙に動かすのも、連合軍完成前にダルトラを落したいからかもしれない。
数はそれぞれ、ラルークヨルドが三、メレクトが二、ゲドゥンドラが四、ファルドが二、エルソドシャラルが一だ。
計十二名。
ロエルビナフの英雄は既にアークスバオナに殺されるか捕縛されるかしており、エルソドシャラルの英雄数が一なのも同様の理由。
更に、アークスバオナ内部から一個師団が離反するとのことだ。
現皇帝には十九人の子供がいて、第七皇女率いる『薄明師団』がクーデターを画策しているとのこと。
『薄明師団』には三人の英雄が所属しており、連合軍の動きに合わせてクーデターを起こすということだった。
これで計十五名。
リガルとトワを除いたダルトラの英雄数は五。
連合軍の英雄数は二十になるわけだ。
幸助はようやく全貌を理解した。
「…………つまり、あんたはリガル殺しを許したんじゃなく、貴族がやったことを糾弾出来なかったのか」
要するに、こういうことだ。
一部の貴族達は幸助を強化しようとした。
それはアリスのように幸助の子を産むというだけでなく、アークスバオナの『暗の英雄』に対抗出来るようにという屁理屈も用意されていた。
リガル殺しも、その罪をトワに被せ彼女すらも幸助に『併呑』させるのも、英雄総数が減るというデメリットを考えるとおよそ承認出来るものではない。
だが貴族は強行した。
そして王はそれを糾弾出来なかった。
今その罪を暴き罰すれば、他国に一部貴族の腐敗と狂気が露呈する。
連合軍を編成しなければならない今、そんな失態は犯せない。
一国でも渋れば、それに倣う国が現れてもおかしくない。
だってそうだろう。自分の国の英雄も『併呑』される危険があるのだから。
既にリガルを欠いた状態で、王は選択を迫られた。
『紅の英雄』か、他国からの増援として送られる十二の英雄か。
民を護る王として、選ぶべきはどちらか。
話を聞いて、幸助は理解した。
その苦悩と、選択の意味を。
納得もした。
けれど、賛意だけは示せない。
「事情は分かったよ。けどな、考えが足りないんじゃないか? 国の為に捨て駒扱いされると知って、誰がそれに尽くしたいと思う。俺も、トワも、ルキウスもエルフィも、今回の件でお前らのやり方は理解した。そういやクウィンは元々英雄をやめたがってたな。パルフェはどうするか、まぁ俺とクウィンが動くならついてきてくれそうだ。でだ、ダルトラ王。お前は王なんだから、責任を持つ立場なんだから、わかってるよな。国に愛想を尽かせた五人の英雄が国家に忠誠を誓う理由が無いことも、貴族を庇ったところで七英雄全てを欠いたダルトラに連合軍を率いる資格なんて誰も見出さないことも、わかってるに決まってる。
そこんところ、どうするつもりなんだよ」