8◇攻略者、侵入ス
魔法習得用魔法具、通称シートは、二センチかける三センチ程の薄い紙だった。
使用方法は簡単。
舌の上に乗せるだけ。
後は一瞬で溶けて、その後、入っていた魔法の使用法が知識に加わる。
今から向かうのが、火属性の魔物の棲息する悪領ということで、『水』属性を幾つか覚えた。
加えて、『水』と『風』を組み合わせることで、『氷』の魔法も編み出すことに成功。
シロは驚いていたが、才能云々は置いておいても、発想的に可能と考えたのだ。
そして実際、出来た。
悪領へは、神殿に続くものとは別の街門を通って向かった。
魔法具はまだしも、魔物の討伐そのものに報奨金が掛かる理由は、簡単。
魔物は、悪領から外に出ることが出来るのだ。
そして、ほとんどのアークレア人は、魔物に勝てるステータスを持っていない。
だから、それを水際で食い止めることは、人々の平和を護ることに直接繋がる。
実際、悪領の入り口付近には正規軍が駐屯していた。
魔物が飛び出してきた時、対処するためだ。
正規軍は、国王からの命令がない限り悪領へ踏み込むことはしない。
そもそも、魔物と戦う為の軍隊ではないからというのもあるが、それだけではないだろう。
検問らしきものを、シロのおかげか顔パス同然で超え、進む。
街道から外れた小道を進むと、洞窟の入り口がある。
それが、低級火属性悪領・ゼスト唯一の侵入口だ。
「そういえば、魔物って何喰うんだ?」
「あぁ、魔物は何かを食べる必要がないんだよ。この世界から魔力を汲み取ることで生命活動を維持しているから。ただ、より効率のいい方法として、魔力を内包する生物の捕食があるから、人間が目の前に現れれば、喜んで食べるね」
「なるほど。なぁ、正規軍を置くくらいなら、強い攻略者に魔物を駆逐させればいいんじゃないか? 低級なんだろう、ここ」
「えぇとね、迷宮って、不定期にその構造をガラっと変えるんだよ。その時に、モンスターも新たに生まれるから、根絶やしって出来ないんだよね」
「悪神の力、か」
「神の塔迷宮も構造変化は起きるよ。ちなみに、その際に魔法具の再配置も行われるんだ」
一度攻略した場所も、また来た時には別の場所になっていて。
以前確認した場所に、新たにお宝が眠っているかもしれない。
それはつまり、新人攻略者の幸助にも、チャンスがあるということだ。
洞窟の入口に立つと、少し暑さを感じた。
「準備はいい?」
「あぁ」
「緊張は?」
「適度に」
「言い忘れてたけど、この世界、蘇生魔法はないから」
「ゲームじゃなくて、現実なんだもんな」
「つまり、死んだら、死にます」
とても当たり前のことを言われた。
ただ、当たり前だからこそ、胸に刻まねばならないのだろう。
シロはというと、遊園地に来た子供ばりに爛々と目を輝かせている。
面倒くさいから、もうぴょこぴょこ立ちで統一するが、ぴょこぴょこ立ちで乳を揺らしている。
いい加減慣れたが、揺れ動く乳って、違和感とかないのだろうか。
男には、わからない感覚だろう。
ともかく、はしゃいでいる。
そういえば、来訪者が来るのは二ヶ月ぶりと言っていたか。
なら、彼女が迷宮に潜るのも、二ヶ月ぶり、なのか?
少し不安に思う幸助だった。
「腕、鈍ってないだろうな、看板娘」
「鈍っていたとして、それ、クロにはわからないじゃん」
その通りだった。
最盛期とやらを、そもそも知らない。
「まぁでも、言いたいことはわかるよ? 大丈夫、クロがステータスの割に無能でも、ちゃあんとあたしがフォローしてあげるから」
「あぁ、その時は無様に助けを求めるから、手を差し伸べてくれ」
シロが、吹き出すように笑う。
「少しはプライド持ちなよ、男の子」
幸助は、意識的に、笑おうとした。
「考えとく」
胸が高ぶる。
人を傷つけ、殺す時の、昏い高揚とは違う。
これは、甚だ遺憾だが、シロの抱いているものと同じなのだろう。
幸助は、ワクワクしている。
しがらみから解き放たれ。
新たな人生を踏み出した先で。
心置きなく、冒険に没入できるという環境を、喜んでいる。
シロが、手を伸ばした。
「行こう」
「あぁ、連れて行ってくれ」
「迷宮に?」
「冒険の日々へ」
「ふふ、あいよ。一名様、ごあんな~い」
こうして、幸助の冒険は始まった。