74◇英雄兄妹、謁見ス
魔力探知で分かっていたが、扉の前に二人の衛兵が立っているので更に分かりやすかった。
幸助は気負った様子もなく歩を進めるが、トワは若干気後れしたように足取りが重い。
「ご苦労さん」
幸助は衛兵に軽く手を上げて挨拶する。
ステータス表示は名前部分のみだが開示設定にしてあるので、二人はすぐに幸助が『黒の英雄』だと分かったようだ。
余談だが、グラスの【名前】は暫定名と本名の二種あって、前者は姓名で言うところの名しか表示出来ない。幸助が最初『クロ』だったのは暫定名表示にしてあったということだ。
ダルトラに生まれた者は国家に届け出された時点でそれが本名として登録される。
国の承認を受けない限り本名の変更は出来ない。
つまり、フルネームの偽名を作れないということだ。
名乗ることは出来るが、グラスの名すら隠すような人間は誰も信用しない。
ダルトラ民は場に合わせて暫定名と本名の表示切り替えをするらしい。
幸助も外を歩く時は『クロ』、必要な時はあの長い名前と切り替えをしている。
念じるだけで済むので手間はない。
幸助に声を掛けられた衛兵達は反射的に敬礼してから、ほぼ同時に不思議そうな顔をした。
「ナノランスロット殿、シンセンテンスドアーサー卿。お二方との謁見は陛下のご予定に無かったように思いますが」
幸助から見て右、そばかすが印象的な青年衛兵が言った。
その声は緊張の為かやや上擦っている。
幸助は逡巡した。
この二人に迷惑は掛けたくない。
ただ仕事をしているだけの衛兵だ。
無理に突破すれば、それが実力的に仕方の無いことだとしても後で責を負わされることになろうだろう。
それは忍びない。
だから答えは簡単だった。
「クソッタレのダルトラ王! 『黒の英雄』様が顔を見に来てやったぞ!」
もちろん、本人が出てくるとは思っていない。
国王の警護が年若い衛兵二名とは考えられないからだ。
きっと、中にいるのだろう。
というより、魔力探知でいるのは分かっていた。
実際、出てきたのは王のものとは違う魔力反応。
臣民よりはやや高いが来訪者にしては低い。
おそらく貴族だろう。
軍服の上に似たような衣装のコートを羽織っていた。
歴戦の猛者といった風情の、四十近い男だ。
剣を佩いている。
近衛兵、あるいは専属騎士と言うのだったか。
特別に一個人につく警護役の軍人だ。
「……何の真似だ。ナノランスロット殿」
それだけで人間を射殺してしまいそうな眼光だった。
幸助は笑って受け流す。
「あれ、翻訳魔術が上手く作用しなかったのか? 逢いに来てやったって言ってるんだよ。本来ならそっちから土下座しに来るべきだろうが」
「……先の貴殿の発言、不敬罪でその首刎ねられても文句は言えぬものぞ」
「へぇ、今度は俺の番なんだ? リガルを殺して、トワを殺そうとして、次は俺か。いいぞ、やってみろよ。俺を殺せる奴がこの国にいるなら、やってみればいい」
「…………貴殿は致命的な思い違いをしている。同胞が投獄された苦しみは忖度するに余りあるが、我が君は決して貴殿の推度するような愚挙に手を染めぬ」
「そうかよ。じゃあ今回の愚挙はどんな事情があって実現しかけたのか、王様本人の口から聞こうかな」
「罷りならぬ。陛下の政務を遮るは、英雄と言えど許されぬ罪故」
「あはは、人一人無実の罪で処刑するのは罪じゃないとでも?」
「どうかお引き取り願いたい」
「そもそもお前には話しかけてないんだよ。クソ主の暴走も止められない奴に、上から偉そうなこと言われたくないね」
名も知らぬ騎士が剣の柄に手を掛けた。
「口を慎まれよ、ナノランスロット殿。その軽挙妄動、既に死の罪へと達している」
「こっちのセリフだ。殺してやりたいのを我慢して謝罪と説明のチャンスをやるって言ってんだよ。頭沸いてんのか」
あと一瞬遅ければ、騎士は剣を抜いていただろう。
「よい」
声がした。
第三王女がつけていたものと同じ魔法具を着用しているのだろう、年の頃が老人と言える程の声なのは分かるが、個人を特定出来るような特徴は排除されている。
否、認識できなく加工されているのだ。
僅かに開かれた扉から届く声に、騎士は食い下がる。
「ですが……」
「その者らには聞く権利があろう。モッゾ、お主はそこで控えておれ」
「なっ……! しかしナノランスロット殿は現在、話の通じる状態ではないと愚考致しますが」
「ほんとに愚考だな。いいから退いてろ」
彼を押しのけて入室する。
びくびくしながらトワが続いた。
仮面を被りローブを着用した老人だ。
執務机の向こうで、やたら背もたれの高い椅子に腰掛けている。
モッゾとかいう騎士が恨みがましくこちらを見ていたので扉を閉めた。
「お主が『黒の英雄』か。先日の式典、我ではなく愚かなる豚児を遣わせたこと、この場を借りて謝罪申し上げる」
「あ? お前が謝るのはそんなくだらないことじゃないだろ」
意外にも、ダルトラ王は幸助の不遜な態度に何ら反応を示さなかった。
仮面の奥では怒り狂っているのかもしれないが、仕草や態度には出ていない。
「お主の怒りは尤もだ。シンセンテンスドアーサー卿にも詫びよう」
逆に、幸助の不快指数はうなぎのぼりだった。
「おい。仮面被って謝罪とかふざけてんのか?」
トワが幸助の袖口をぎゅっと握りながら囁いた。
「そのヤンキーみたいな喋り方やめて。喧嘩腰も」
幸助は顔を顰める。
まさか窘められるとは思っていなかったが、他ならぬトワがそう言うなら仕方がない。
「…………仮面は別に良い。謝罪は一応聞いた。聞いただけだがな。それじゃあ話してもらうぞ。この馬鹿げた冤罪事件を許した理由を」
ダルトラ王は、小さく頷く。
それから語った。
幸助達が知らずにいた事情を。