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70◇白衣の魔術師、落涙ス

 



「……終わったか」

 研究室の壁面に開いた穴から、グレイが出てくる。

「あぁ」

「……こほっ、随分と人の研究室をめちゃくちゃにしてくれた」

 彼なりの冗談だと察して、幸助は笑う。

「後で『無かったこと』にするから勘弁してくれ」

 彼は肩を竦め、それからアリスを見た。

「こほっ。話は途切れ途切れだが聞こえた……。こほっ、貴族の全てではないだろうが、このような考えを抱く者、こほっ、それに賛同する者がいるのは、由々しき事態だ」

 同感だった。

 だが、今彼の頭を占めているのはそんな憂慮じゃない。

 それは、赤子でも分かるであろう殺意を感じ取れば、理解できた。

 グレイは今、アリスを殺したいという衝動と必死に戦っている。

「…………リガルは、こほっ、アークスバオナを止める為、ダルトラで戦うことを選んだ。国家に尽くした英雄を、こほっ、私利私欲の為に殺す彼らに、存在価値はあるのか」

 なんとも、答えづらい問いだ。

「どう……かな。ダルトラが今の状態まで、つまりアークスバオナに対抗出来る程の軍隊を持ち、それでありながら臣民が平和を享受出来る状態まで発展出来たのは、間違いなく貴族のおかげだ。今、一部の貴族が腐敗しているからって、それは否定出来ない」

「ではきみは、今後も貴族院に政治を任せると?」

「貴族しか政治を知らない国なんだ、すぐに臣民を登用するわけにも、政治形態を変えるわけにも行かない。急激な変化を強いるなら、それは革命になってしまうよ。戦時中にやるべきことじゃない」

「……なら、見過ごすのか」

 幸助は首を横に振った。

「まさか。良い貴族と悪い貴族がいるって話をしてるんだよ。だから、悪い貴族だけ摘み取る。膿だけを、出し切るんだ」

 今なら出来る。

 今、出来るようになったのだ。

 アリスを見る。

 賢いグレイのことだ、すぐに理解してくれた。

「……こほっ。なるほど、英雄殿は浄化までしてくださるわけか」

 愉快げに笑うグレイに、幸助は先程の彼を真似して肩を竦めた。

 そして、グレイに謝罪する。

「悪いな。殺させてやりたいけど……」

「こほっ。きみが謝ることはない。約束を果たしてくれたことに、感謝する」

 アリスはトワを救い出すのに必要だ。

 そして、他の害虫を燻り出す為の道具でもある。

「……クロ、一つ問いたい」

「俺に答えられることなら」

「リガルは、幸福だったろうか」

 そこで一度区切り、ややあってからグレイは続ける。

「来訪者は……こほっ、過去生で不幸だった者なのだろう。……こほっ、神のご意思は計り兼ねるが、輪廻を無視して転生させられたきみ達には、幸福になる権利があるように思う。その優れた力で、幸せを掴む資格があるように、こほっ、思うのだ。だが……」

 グレイは俯いて、拳を強く握った。

「……だが、奴は殺され、シンセンテンスドアーサー卿は無実の罪で投獄された。ごほっ、この世界は、決してきみ達にとって、楽園ではないようだ。こほっ、この苦界くがいで、力を持つが故に害されるというなら、来訪者はなんの為に転生するのか……」

 現実である以上、幸せなことばかりとはいかない。

 もといた世界と違い、現地人に大きく優る力を持って生きることが出来るアークレアは、多くの来訪者にとって幸福になれる世界だろう。

 弱い魔物を狩っているだけで、食うに困らない。

 数年貯金に努めれば、老後の心配も要らない程度には稼げてしまう。

 でも、英雄になるなら話は別だ。

 リガルやトワみたいな例は稀だろうが、死とは隣り合わせ。

 そんな中でリガルは幸せだったろうかと、グレイは気になっている。

 幸助が何を言っても、それは本人の言葉ではない。

 それでも、訊かずにはいられないのだろう。

 幸助は敢えて、断言することにした。

「あぁ、リガルは幸せだったと思うよ」

「…………根拠は」

「リガルは女が大好きだったんだろ? そんな男がハーレムを築いてたんだ。その時点で不幸なんて口が裂けても言えないだろうさ」

 グレイは呆けたような顔をした後、潤んでいた瞳を曲線に細め、笑った。

「違いない」

 それと、もう一つ。

「あんたみたいな友を持てたことは、あの世で誇りたくなる程の、幸福だった筈さ」

 不意打ちを食らったように、グレイは目を見開いた。

 再び、俯いてしまう。

「……そう、だろうか」

「当たり前だ」

 友を殺した犯人を捕まえる為に、成功者としてのキャリアすらも迷わず捨てる。

 その行いの是非は置いておいても、それほど深い友情は、滅多に見られない。

 間違いなく双方にとって、互いは唯一無二の友だったろう。

「……だといいが」

 発せられた声は、揺れていた。

 押し殺すような泣き声が、空気に混じる。

「こほっ……クロ」

「あぁ」

 グレイは白衣の袖で目元を拭い、幸助を見る。

「……わたしは、きみの友になれるか」

 今度は幸助が驚く番だった。

 瞬きを何度かしてから、自然と緩んだ表情のまま、とぼける。

「え、まだ友達じゃなかったの?」

 グレイはまたしても、不意を突かれたような顔になる。

 それからくつくつと、笑った。

「つくづく、面白い男だ、きみは」

 二人はひとしきり笑いあった。

 これからの苦労を思えば、気を抜けるのは今くらいだと分かっていたからかもしれない。

 幸助は再度アリスを見る。

 終わったよ、リガル。

 今から助けに行くよ、トワ。

 正しい者が、正しく報われる世界の為に。

 間違った者が、正しく罰せられる現実を。

 まずは自分が、作らなければ。




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