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65◇白衣の魔術師、提案ス




 幸助は初めて逢った時、リガルが言っていた言葉を思い出した。

 ――『乃公おれの友にも魔術師の男がおるが、あれは良い仕事だ。発想の実現によって人々の生活を豊かにする。この世界で最も乃公おれが信を置き、生涯の友と迷わず断言出来るのは奴くらいのものだ』と。

 エコナが夢を語った時、確かにそう言っていた。

 彼がそうか。

 リガルが生涯の友と認める唯一の存在。

 なるほど確かに、グレイには幸助を見定める資格があるように思えた。

 友の力を引き継ぐに足る器か、量る権利が彼にはある。

「そういうことなら付き合ってやりたいけど……悪い、今は無理だ」

 そう。付き合うべきだとは思う。

 しかし今はだめだ。

 トワを救うまでは、他のことに時間を割けない。

「こほっ、今は? まるで急務を抱えているような口振りだ……。こほっ、シンセンテンスドアーサー卿の処刑日まで、こほっ、きみには待機命令が出ていることと思うが」

 グレイは探るような視線で幸助を一瞥し、くぐもった微笑を漏らした。

「こほっ。では、きみの目的に協力出来るかもしれないと言ったら、どうだ」

「……まるで俺の目的を正確に把握しているかのような口振りだ」

 挑発したいわけではないが、先程の彼の言葉を真似るような口調になってしまう。

 彼は特に気を悪くすることもなく、幸助に身体を向けたまま続ける。

「先に言っておくが、こほっ、これは推論でしかない。こほっ、だが長々と聞いてもらうのは時間の無駄だろう。導き出した答えから話させてもらう。こほっ。――リガルを殺したのはシンセンテンスドアーサー卿ではないな?」

 幸助は意識して表情を変えないよう努めたが、グレイはそれで逆に確信してしまったようだ。

「そして、こほっ、どのような故があってのことかは存じあげないが、こほっ、きみは余程彼女を救いたいらしい」

 幸助は考える。

 トワが犯人ではないと思うこと自体は、反応としてそう不自然ではない。

 国が発表しているとはいえ、今まで国家の発展に貢献してきた『紅の英雄』が悪者でしたと言われ即座に悪感情を抱けるのは、余程単純な思考形態の持ち主だけだろう。

 入念な捜査を行ってトワ以外の容疑者が浮かばないという事実を受けてなお、それを疑う者が軍部にいるくらいだ。

 リガル本人の親友だと言うなら、彼がトワに遅れを取る人物でないと他の者より知っているだろう。

 グレイが冤罪説を掲げるのは自然なことと言えた。

 では何故幸助がトワを救いたがっていると当てたか。

 それも考えれば単純。

 幸助はシロから連絡を受け酒場に急行した。

 グレイが意外に思う程早く来たわけだ。

 それだけなら、リガルの知人という情報が無視出来ないものなのかとも考えられる。

 しかし幸助は、来ておいて話は後日にしろと言う。

 つまり駆けつけた理由はリガルに関係ありながら、リガルの死そのものに関わるものではないとバレてしまったのだ。

 幸助が分析して分かるのはここまでだが、彼はもっと他の要素も込みで言い当てたのかもしれない。

 ともかく、当たりだった。

「協力っていうのは、具体的になんだ」

 彼が結論から話してくれたのだから、幸助も最低限の言葉で話を進める。

「きみの態度から、犯人がいまだ国内にいると判断する。こほっ、真犯人の目的がリガルであるならば既に去っているべきであり、こほっ、英雄それ自体であるならシンセンテンスドアーサー卿の、こほっ、処刑まで身を隠す筈だ。こほっ。……しかし外部の刺客であるなら遺体を残す筈が無い。こほっ、遺体が無い理由は二つ考えられた。敵が持ち去ったか、敵が残したものを、こほっ、きみが『併呑』したか。その点は、先程後者であると確認出来たわけだが」

 なるほど、断定するような口調だったのはカマかけだったわけか。

 研究職というだけあってと一概に言っていいかは分からないが、中々鋭い。

「以上を踏まえ、こほっ、わたしは真犯人をきみと子を成すことが目的の貴族家と判断した。こほっ。きみが捜査をしている時点で、彼女の潔白は証明されたも同然。こほっ、何故なら、彼女のグラスの映像記録を見せるだけできみを止めることが出来る筈だからだ。それをしないのは、こほっ、出来ないから。外部の敵でないなら、冤罪と知った上で処刑を敢行するよう誘導出来る者が疑わしい。すなわち、こほっ、貴族である。…………であれば、一つ、真犯人をおびき寄せるにあたり、こほっ、献策可能だ」 

 一歩間違えれば痛々しい陰謀論者になるところを、彼は想像だけで幸助と同じ答えに至ってみせた。

 そうだ。

 貴族達は捜査で無罪と判定された。

 ならトワも、取り調べが正当に行われれば無実を証明出来る。

 しかし、貴族院の奏上した対処法によってそれは阻まれた。

 トワに犯人として死んでもらわなければならないから、潔白を証明するチャンスは与えられない。

 そこまで推測出来る彼の策とあれば、成果も期待出来るかもしれない。

「聞かせてくれ」

 そして、彼は策を語った。

 聞き終え、幸助は表情を歪める。

「確かにそれなら……犯人は動くかもしれない。だが、あんたの命を賭け、かつ名声を地に落とすことになる」

 そう、効果的であるが故にリスクが高かった。

 そのリスクこそが、犯人確保というリターンを生むことに繋がる。

 それでも、そのリスクを受け入れる覚悟の出処を確認しないことには、信用出来ない。

「…………こほっ、これは恥ずかしい自分語りになるが」

 そう言って、彼は語った。

 学院生時代、グレイは孤独だった。

 その発想に、多くの者がついていけなかったのだ。

 そんな時、たまたま出逢い、『グレイル』という部分の一致によりリガルはグレイによく絡むようになったという。

 グレイはリガルが羨ましかった。

 圧倒的才覚と、それを他者に認めさせる実績。

 ある日それを伝えたら、リガルは何を馬鹿なことをと笑い、言ったという。

 ――『暴力でしか人々を救えぬ英雄を、その発想にて世界を豊かにする者が羨むとは、おんしはまっこと愚かだのぉ!』と。

 リガルはグレイに構ってやっていたのではなく、敬意を持って接してくれていたことにグレイは気付いた。

 そうして彼は技術国家メレクトへ赴き、その発想を活かすことに人生を捧げることになる。

 つまり、人生を生きる上でなによりの活力となる支柱を、グレイはリガルから貰ったのだ。

「奴は……こほっ、女癖も酒癖も悪かった。愚直なまでに理想論者であり、疎まれることもあっただろう。こほっ……、しかし、それでも英雄だった。私にとっては、無二の友だったのだ……。それを、それを国家の枢要である貴族達が、我欲に溺れ殺したというのなら、こほっ、わたしはそれを許せない」

 復讐心だ。

 幸助には、グレイの気持ちがよく分かる。

 ルールの側が悪を許容すると知った時の絶望と怒りが、よく理解出来る。

 あぁ、そうだよな。

 納得出来ないよな。

 このまま済ませてたまるかって、思うよな。

「きみに……一つだけ頼みがある」

「聞こう」

「……真犯人を殺すわけにはいかぬのだろう。それはいい。だが、こほっ、真犯人を捕らえた暁には、その者と話をさせていただきたい」

 自分に殺させてくれと言われることも考えたが、違うようだ。

 彼の復讐心は幸助より余程理性的らしい。

「……約束する」

 彼の策には幸助の協力が不可欠。

 同時に幸助からすれば、彼の協力が不可欠。

 トワを救えるというのなら、是非もない。

 元より、利用出来るものは全て利用して目的を果たすことに躊躇いを持たない人間だ。

「あんたの復讐に手を貸そう。だから、俺の目的に手を貸してくれ」

 グレイは深く頷いて、右手を差し出した。

「……握手だ。こほっ、きみの出身世界にはない文化だったろうか」

「いや……。あったよ。ただ、誰かと握手をするのは久しぶりだなって思っただけだ」

 こちらも右手を差し出し、握り合う。

「実は、既に発表の準備は出来ている。こほっ、明日の昼にでも実行可能だ」

「じゃあそうしよう。協力してくれる人間にもあてがある」

 幸助はミルクの入ったジョッキを持って、彼の側へ掲げた。

「乾杯だ。ダルトラにはない文化だったか?」

 グレイはくぐもった笑い声と共に、自分のジョッキを幸助のそれに軽く当てた。

「皮肉屋な英雄に」

「友人思いな研究者にも」

 笑い合って、二人はそれぞれ中身を口にする。

 

 


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