7◇攻略者、習得ス
シロの馴染みの店だという武器防具店に寄って、装備を見繕ってもらった。
能力値の低い者なら別だが、幸助は初期ステータスが抜きん出ているので重装備にする必要はないということで、あまり冒険者然とした格好にはならなかった。
というより、ほとんど変わらなかった。
変更点は、薄っぺらいスニーカーが軍靴を思わせるブーツになったこと。
安っぽい黒のパーカーが、対魔法素材の編み込まれた、白に青いラインの奔ったコートになったこと。
あとは、追加で直剣を購入したことくらいだ。
個人的にはさもしいコスプレという印象を拭えないのだが、幸い周囲からの視線はそう冷たくないので、アークレアの人々からは、幸助が考えている程ダサくは映らないらしい。
「戦闘スタイルもわからないまま装備を揃えても、後で無駄になるし最初はこれでいこう」
シロの言っていることは、確かに一理あったので、幸助は納得。
金を貸してもらっている身分で、文句を言いづらかった、というのもある。
そういうシロの格好は、冒険者風、もっと言うなら女盗賊を思わせた。
エルボーパッド、ニーパッド、レガースは全て、何かの骨を黒く染め上げたもので、強度は高そうだ。
下はショートパンツで、上はラッシュガードを思わせる肌に張り付いた衣服。
おかげでご自慢の巨乳のラインが強調されている。
腰と両肩のベルトには、投げナイフが収納されている。内二本が、ダガーだった。
「あんまり、直接切った張ったはしない感じか?」
「女の子だもん」
「でも戦えるんだ」
「来訪者だからね」
「で、俺の戦い方って、推測とかも出来ないのか」
武器防具店を出て、しばらく隣立って歩く。
「普通は特化項目って言われる、“一番伸びがいい値”を中心に考えていくんだよね。例えば膂力高めの人は速力が低く出るから、大剣とか戦斧とか選びつつ鎧を着込んだり」
「道理だな。でもこの世界での平均がわからない。すごいすごい言われても、どう凄いのか分からないから選びようがない。お前のステータス見せてくれないか?」
シロはピクりと耳を動かし、それから頬を染め、俯きがちに言った。
「……恥ずかしいから、やだ」
「………………そうか」
本気で恥ずかしがっている様子だったので追及しなかったが、大いに疑問だった。
頬への口づけは要求すらしてきたくせに、ステータスは見せるのも恥ずかしいとはどういうことなのか。
だが、まぁ、確かに言われてみればわからない話でもない。
元いた世界でだって、例えば成績表を見せたがらない学生はいただろう。
他人との差が明確に出る評価システムの中にいて、劣等感や嫉妬を感じたくないと考える者は少なくない筈だ。
「悪かった。気軽に聞いていいことじゃなかったな」
クウィンだって、視ていいと言いながらほとんど非表示にしていたではないか。
自分の急所を晒す行為に等しいと考えて、今後は自粛するべきかもしれない。
「ううん。だいじょぶ。えぇと、平均的なステータスだよね? 来訪者のでよければ、データがあるから」
ピコン、と視界の左上に何かが点滅。
話の流れからして、シロだろう。
開けと念じると、表示されたのは。
【名前】ノーマル
【レベル】1
【クラス】来訪者
【ステータス】
生命力160(100)
魔力200(100)
膂力100(60)
体力150(70)
持久力15(5)
技力60(15)
速力75(25)
知力15(5)
運命力50(0)
天禀0(0)
【状態】健常
【経験値】0
【スキル】
◆先天スキル
◆後天スキルⅠ
『膂力補正』C
『体力補正』C
『持久力補正』E
『技力補正』D
『速力補正』D
『知力補正』E
◆後天スキルⅡ
◆後天スキルⅢ
【魔法】
◆適性魔術属性『火』『風』
【加護】
【呪い】
【功賞】
【装備】
『異界の装飾具一式』――補正無し
なんだか、非情に申し訳なくなってしまうステータスだった。
「確かにこれは……酒場の奴らが驚くのも無理はない」
「一概に言えないけど、この子ぐらいの来訪者の場合、クロのステータスを再現するには30とか40とかにならないと厳しいんだよね。言っておくけど、これも来訪者補正込みだから。アークレア人はもっと低いのが普通だよ」
「そこまで差が開くと、来訪者差別とかも起こりそうだがな」
「まったくないってことはないけど、あんまりないね。来訪者は神話時代から存在を示唆されていて、人魔大戦時も人類側の勝利に大きく貢献したと記述されてるんだ。つまり、大多数の臣民にとって、来訪者ってのは太古の昔から現在まで渡って臣民を救い続ける英雄なのさ」
「英雄……ね」
一瞬、クウィンのことを思い出してしまう。
「あれ? 嫌なの? 男の子ってそういうの大好きなイメージあるけど」
どうやら、シロは落ち着きのない性格らしい。
つま先で、跳ねるように歩いている。
その度に巨乳が暴力的な軌道を描いて上下するので、周囲の視線を集めて仕方なかった。
「どうかな……小さい頃は、人並みにヒーローに憧れてたがね、そんなもんいないって、早い段階で気付かされたもんだから」
ヒーローがいるなら、何故妹を助けなかった。
声が届かなかった?
困っている人が多すぎて手が回らなかった?
どんな理由があろうと、そいつは、そいつらは、無能だ。
無能に憧れる愚者はいない。
そうして幸助の、何かに期待し、憧れる感情は死んだ。
だから、自分自身がそれに成るというのは、実感が湧かない。
正直、成りたいとも思えなかった。
「ふぅん、複雑な過去がおありなようで」
「来訪者はみんなそうじゃないのか」
「うん。だから不躾に訊いたりしないよ」
「助かる」
正直、人に話したいものじゃない。
「で、話は戻るけど、基本、クロは全ステータスが高いんだよね」
「中でも、魔力が高いように思えるが」
「そうだね。ただ肉体面も相当だから、魔法戦士、になるのかな。まぁ、分類出来るほど、両方の値が高い人いないから、適当だけど」
「さすがに剣の心得はないが、殴り合いと……いや、殴り合いが得意だ」
つい、拷問と言いかけてしまった。
「あはは、得意なことがあるのはいいことだ。これからどんどん増えるよ」
水の流れる音がすると思ったら、道の横に水路があった。とても、澄んでいる。
「こっち」
余所見は許さないとばかりに、シロが手を引いた。
「この世界の成人は?」
「十五」
「なら言わせてもらう、もう子供じゃない。一々手を繋がなくても大丈夫だ」
「クロ、あたしとはぐれて、どうにかできるの?」
「…………まぁ、少しなら、我慢しよう」
「人間、素直なのが一番可愛いよ」
彼女にとって、可愛いは結構な褒め言葉らしい。
男としては、あまり喜べない形容だ。
しばらく歩くと、市場らしき場所に出た。
色々と見て回りたい願望がふと湧き起こるが、繋がれた手がそれを許さない。
「おじちゃん、来たよ!」
家の壁面が、カウンターになっているような店舗形態だった。
元いた世界で言えば、タバコ屋や宝くじ売り場に近い。
それらより、規模が大きいのと、店主が筋骨隆々の壮年男性であることが相違点だ。
「おう、シロじゃねぇか。なんだ、ついに男が出来たのか」
「実はそうなんだよね~、おじちゃんには紹介しておきたくてさ~」
「そうかいそうかい、兄ちゃん、馬鹿の戯れに付き合わされて大変だなぁ!」
おじちゃん(仮称)は、訂正するまでもなく嘘を看破してくれたらしい。
幸助は軽く会釈してから、名乗る。
「クロです。今日、アークレアに出現しました」
そういえば、こちらは今敬語で喋ったつもりだが、そういう部分も伝わるのだろうか。
まぁ、ここまで様々なものが発展した世界なら、明確に敬語がなくとも丁寧な言い回しというのは存在する筈なので、伝わらないということはないだろう。
「ってこたぁ、来訪者か」
「えぇ」
「オレァ、ギルギアノス、ギルさんとでも呼べ」
さん。つまり、敬称の概念もあるわけだ。
「はい、ギルさん。それで、この店は何を扱ってるんです?」
ギルさんが目をパチクリさせた後、シロを睨んだ。
「おめぇ、まぁた説明しねぇで来訪者連れ回してんのか」
「いや、してるよ! してるけど、することが多すぎて漏れちゃう部分がね?」
「ね? じゃねぇ! ……ったく、じゃあクロ、オレが説明するが、構わねぇか?」
「是非。シロよりわかりやすそうだ」
ギルさんは腹を叩いて「ちげぇねぇ!」と大笑してから、語り始める。
その前に、ギルさんに見えない位置でシロが幸助の足を踏んでいたので、ケツを叩いておく。
「ひゃんっ……」という存外に可愛らしい声と共に、足が退いた。
代わりに突き刺さる恨みがましい視線は、面倒なので無視。
「ここは魔法具販売店だ。もっといやぁ、魔法習得用魔法具を専門に取り扱ってる」
「あぁ、つまり、それを使用あるいは服用すると、ある程度までの魔法は訓練を必要とせずに発動可能になるんですね?」
「んぁ? あ、あぁ、理解がはえぇじゃねぇか」
要するにわざ○シンだ。
幸助らの元いた世界の知識は、こちらの世界の理解に役立つ。
理解までの時間を大幅に短縮出来るのは、正直得だ。
「俺の適性魔法属性は、『黒』なんですが」
「色彩属性か! そりゃすげぇ! かの英雄様と同じじゃねぇか」
「クウィン……ティ・セレスティス=クリアベディヴィアですか?」
シロが不思議そうな顔をした。
何故知っているのだ、とでも思っているのだろう。
ひとまずこれで、幸助の逢ったクウィンが実在する人間であることは確定した。
なら推測も立つ。
英雄様なんて呼ばれる人間が、普通の(かどうかはまだわからないが)酒場に出入りするのは自然じゃない。おそらくお忍びで、認識に関わる魔法などを使って入店したのだろう。
けれど、妙な男、つまり幸助を見つけたので、彼に対してだけそれを解除した。
結果、幸助以外は彼女を見ていない、という妙な現実が出来上がったわけだ。
なんとなく、胸を撫で下ろす。
「おう、知ってんのか。そうさなぁ、んじゃまずは基本的なとこからいくか。
魔法には属性がある。
『火』『水』『風』『地』『雷』『光』『闇』、この七つが自然属性。魔術適性を持つ人間の八割から九割はこのいずれかあるいは複数の適性を持つ。
次、『切断』『粉砕』『貫通』『治癒』『損壊』など、事象属性と呼ばれる属性。
シロなんかは『粉砕』持ちだな。これは珍しい上に、単純で使いやすく、強力だ。
最後は『白』『黒』『紅』『蒼』『翠』など、色彩属性と呼ばれる属性。
これは太古の英雄が使ってたとされる属性で、神話の記述を信じるなら、“神の御業に限りなく近しい”ってことらしい。つまり、すげぇっつうこと以外わからねぇってわけだ!」
…………結局、わからないんじゃないか。
幸助は思わず苦笑を漏らした。
「ちなみに、悪神が使ったとされるもので、概念属性と呼ばれる属性もあるが、そっちは人間側に遣い手がいねぇから除外されてる」
「あの、質問なんですけど」
「おう、なんでもきいてくれ」
「適性属性に無い属性の魔法って、習得出来ないってことなんですか?」
「んにゃ、んなこたぁねぇよ? ねぇがなぁ、なんていやぁいいか」
ぼりぼりと、ギルさんが頭を掻く。
そこで、例のぴょこぴょこ立ちを繰り返し巨乳を景気よく揺らしていたシロが、挙手。
「あたしが説明してあげるぜ」
「あぁ、じゃあ頼む」
「数学のテストで赤点をとる人間はいるけど、その人間が今後一生一つの数式も解けないかと訊かれたら、それは違うと答えるでしょ?」
「なるほど。得意不得意向き不向きは厳然として存在し、それがステータス表記にも反映されているが、才能が無いという現実は、能力を獲得できないという事実に必ずしも繋がらないということか」
サッカーの才能が無くても、ボールを蹴ることは出来る。
適性がなくても、使うこと自体は可能なのだ。
適性がある人間より、上手く出来ないというだけだ。
「それなら問題ないな。センスのなさは努力でいくらでも埋められる」
使い方もよくわからない『黒』より、イメージのしやすい自然属性の方が使いやすそうだ。
「とりあえず、適当に見繕ってください。あ、代金はシロが払います」
「いや、払うよ? 払うけども? あまりに堂々としてるね、ヒモ歴長いのキミ?」
幸助は無視した。