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63◇黒の英雄、帰宅ス

 



「……っ、おかえりなさい、こうすけさんっ」

 扉の向こうには、白衣の天使がいた。

 幸助を待っていたのだろう、テーブルの上で腕を枕にしウトウトしていた童女が、解錠音に反応し顔を跳ね上げ、すぐさま満面の笑みを湛えて駆け寄ってきたのだ。

 それだけでも十二分に可愛いというのに、エコナは白衣を纏っている。

 袖部分が余って手が隠れてしまっているし、丈が合わずに床を引きずっているのがかえって素晴らしかった。

 平時なら抱き上げてその場でくるくる回っていたかもしれない。

 そんな気分にはどうしてもなれなかったので、頭を撫でるに留める。

「あぁ、ただいま。待っててくれたのか?」

「は、はい。これ、お見せしたくて」

 その場で一回転しながら、エコナは微笑む。

「アリスさんにいただいたんです。未来の魔術師さんに、って……えへへ」

 彼女にとって、有意義な一時ひとときだったようだ。

 それは本当に、幸助も嬉しい。

「似合ってるよ。……ところで、アリスに何か変なことされなかったか?」

 エコナはうぅん、と悩むように唇を曲げて、ややあってから答えた。

「こうすけさんのことを、沢山訊かれました」

 幸助はコートの椅子の背に掛け、水の入った瓶からグラスに中身を注ぐ。

「へぇ、例えば?」

 椅子に浅く腰掛け、一口含む。

「夜はどうなんですかねー、とか」

 危うく水を吐き出しそうになった。

「……で、なんて答えたんだ」

「とっても優しいです、と」

 誤解を招きかねない回答だ。

 エコナは意味を分からず言葉通りの意味で受け取って答えたのだろう。

「あとは、こうすけさんの魔法のこととか。わたしは一度しか見たことがないのでと言ったのですが、ならグラスの映像記録をくれないかと言われて……」

「で、渡したのか?」

「は、はい……。だ、だめだったでしょうか?」

 彼女が不安げな顔になる。

 安心させるように、意識して優しい表情を浮かべる。

「大丈夫だよ。ただあの時はクレセンメメオスにやられて格好悪かったから、恥ずかしいなって思っただけだ」

 エコナは首をブルブルと振り、「そんなことないです!」と力強く否定した。

「とっても、とっても……! かっこうよかったです!」

 こればかりは譲れないとばかりに彼女は言う。

 彼女からすれば命を救われたのだ、ある程度記憶が美化されるのも仕方がない。

「ありがとう。エコナはいつも俺を褒めてくれるなぁ」

 水を飲み終えたグラスを片付け、幸助は歯磨きを始める。

 ちなみに歯ブラシは木製の棒の先端片側に極細の繊維が密集したもので、見栄えは元いた世界と大差無い。歯磨き粉はノームという木の樹液から作られるらしく、歯垢を落とし虫歯を予防する成分が配合されているのだという。

 それが済むと、エコナと一緒に寝室へ向かう。

 さすがに白衣を脱いだ彼女と共にベッドへ入る。

 彼女は本当に楽しそうに、学院見学での感想を幸助に語った。

 そして話し疲れ、やがて眠りに落ちる。

 幸助は彼女の髪を梳くように頭を撫で、仰向けになる。

 眠った方がいいのは分かるが、上手く寝付けなかった。

 当たり前だ。

 妹は今この時も、牢に閉じ込められている。

 ドルドが幸助の頼みを聞いてくれたのなら、多少は改善されているだろうが、それでも環境としては最悪の部類に入るだろう。

 一刻も早く出してやりたいが、犯人を動かす為の一手が思い浮かばない。

 トワが死ぬまで静観するつもりでいる犯人を、引きずり出す策を考えねば。

 ある筈なのだ。

 視界上に、メッセージ受信表示がポップアップする。

 確認すると、シロからだった。

 文面に目を通し、幸助は上半身を起こす。


 『幸助に逢いたいって人が来てる。

 ドンアウレリアヌス卿の知り合いなんだって。

 どうする?』


 幸助はエコナを起こさぬようにベッドから降り、部屋を出てすぐ階下へ降りた。

 椅子の背に掛けてあったコートを羽織り、家を出る。

 相手が誰かは知らないが、今はどんな手がかりでも欲しい状況だ。

 駆け足で生命の雫亭へ向かう。

 住宅街と違い、第四外周にはまだ騒がしさを残す場所が残っていた。

 酒場のある区域だ。

 店の前に来た幸助はすぐさま入店。

 顔馴染みへの挨拶もそこそこに、シロへ近づく。

「あっ、クロ……エコナちゃんは?」

「ぐっすり寝てるよ。学院が楽しすぎたらしい」

 シロの顔色は、あまり良くない。

「ドンアウレリアヌス卿の話、聞いたよ。シンセンテンスドアーサー卿の処刑も……。ねぇクロ、あたし、怖い。クロも英雄でしょ。狙われたりとか、危険な目に遭うんじゃん……。あたし、心配で心配で、夜も眠れないんですけど」

 彼女の視線は、どこか恨みがましいものだった。

 心から幸助を慮り、胸を痛めている。

 迷宮攻略の時も、彼女は魔法具持ちとは戦わぬようにと言っていた。

 相手のステータスに見合った攻略を勧めることはしても、死地に送るような真似はしない。

 シロからすれば、幸助が英雄となるのは“早過ぎる”のだろう。

 自分がライクに攫われた時だって、彼女は幸助に来るなと言ったのだ。

 そんな彼女が、この状況で幸助の心配をしないわけがない。

「あー……皆の前だけど抱きしめていい?」

「……だめ」

「そっか。じゃあ言葉だけで。――大丈夫。絶対シロのところに帰ってくるさ。前に約束しただろう」

「……ほんと?」

「あぁ」

「ほんとにほんとかよ」

「あはは、しつこいなぁ」

「あ! あ! そういうとこ良くないよねほんと! 人が! 心配して! やってんのに!」

 パンチが飛ばされるが、全て避ける。

 最終的に彼女を抱きしめた。

「ちょっ、だめって言ったのに!」

 頭突きが放たれたので、回避する為に離れる。

「有り得ない! ゆるすまじ!」

「いいから、俺に逢いたがってるって奴は誰だよ」

 とはいえ、白衣姿は一人しかいない。

 くすんだ金髪の男が、カウンターに座っている。

 視線で彼女に問うと、頷きが返ってきた。

 近づき、隣の席に座る。

「俺に用があるんですよね? 聞きますよ」




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