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61◇黒の英雄、追悼ス

 



 聖堂を思わせる建造物だった。

 びょうと言うのだったか、死者を祀る施設なのであながち間違った印象ではないかもしれない。

 二人して入る。

「まだついてくるのか?」

「……お話は残っております」

 天井が高い。

 扉を抜けてすぐに通路があり、両脇に座席が並ぶ。

 幸助が連想するのは、教会だ。

 最奥に台があり、その上に棺が置かれていた。

 棺の中に、リガルがいるのだろう。

 彼が死んだとは既に聞いていた筈なのに、此処に来て確かめることに恐怖を感じる。

「……で、話って?」

 躊躇いを誤魔化すのに最適の話題を見つけ、幸助はそれに逃げる。

「ドンアウレリアヌス名誉将軍のご遺体に関してです」

「あぁ。どうせ俺に喰えって言うんだろ」

「……ご推察通り、『併呑』していただくようにと」

 ドルドは苦しげに溢した。

 彼自身も、そんなこと口にしたくないのだろう。

「奥さん方は納得したのか。もし俺だったら、見知らぬクソガキに旦那の死体をくれてやろうなんて思えないが」

「無論、揉めたそうですが……。最終的には納得されたようです」

「納得……? どんな理屈で」

「ナノランスロット殿に『併呑』していただければ、死した後も英雄として生きていけると仰ったご夫人がいらっしゃったらしく……」

 なるほど、亡き夫のことを考えて……ということか。

 幸助の印象的にも、彼はそれを望みそうである。

 ごくりと唾を呑み、棺に近づいていく。

 やけに通路が長い気がした。

 実際はそんなでもない筈だ。

 棺の前に到着する。

 蓋棺がいかんはされていない。

 遺体に布が掛けてある。

 幸助には、それがリガルだとは思えなかった。

 人型の、炭だ。

 これを夫だと思わねばならなかった夫人達の苦痛を考えると、胸が痛んだ。

「……なぁ、リガル。何死んでるんだよ。俺はまだ、あんたの正義が本物かどうか、見極めてもないんだぞ」

 追いかけるに足る背中に思えた。

 彼の正義が、ハリボテでないのなら。

 それを確かめる術は、もうない。

 彼が残したものから推し量ることは出来ても、それは絶対じゃない。

 女癖が悪くて、酒が弱い。

 無茶をしたり、子供っぽく拗ねるところもあった。

 それ以外にも、欠点は沢山見つかった筈だ。

 もう、伝聞でしかそれを見つけられない。

 彼は幸助に正義になれと言った。

 幸助は、すぐに答えられなかった。

 自分には荷が重いと思ったから。

 彼はそれを、どう考えていただろうか。

 いずれは受け入れてくれるとでも、思っていただろうか。

「俺にとっての正しいことと、国にとっての正しいことは、綺麗に重なったりしなさそうだよ。あんたならそういう時、どうするのかな。仕方ないって諦めたか? それとも納得出来ないって反抗したかな。……俺は、素通り出来ない。あんたを殺した奴を見つけて、罰を与える。トワの冤罪を証明して、陥れた奴らに謝罪させる。それが、俺の正しいと思うことだ」

 当然、答えは帰ってこない。

 がっはっは! という笑い声は、聞こえない。

「ギボルネとの和平交渉はルキウスがやるってさ。ライクに続いてあんたも死んだから、戦場に出る英雄はどうなるんだろう。この件が済んで、ダルトラがけじめをつけるっていうなら、俺が行くことになるかも。どちらにせよ、アークスバオナは止めないといけないもんな」

 涙は流れなかった。

 薄情だろうか。

 どうでもいいわけではない。

 ただ、泣くべきところだと思えないのだ。

 幸助は悲しみたいだけでも、嘆きたいわけでもない。

 彼に、伝えに来たのだ。

「これだけは約束するよ。あんたの力は、俺が正しいと思うことの為に使う。

 あんたは、俺にとって正しい人間だった。

 なのに、殺された。

 あんたが言ってた、正しい者が正しく報われる世界、良いと思うよ。

 でも、それを目指したあんたを、殺した奴がいる。

 正しい者が、暗殺されたっていう現実がある。

 だから、俺が正すよ。

 悪いことをした奴が、正しく罰せられる世界に、近づけてみせる。

 そうしないと、誰も正しいことに意味を見い出せないだろうから」

 『黒』が幸助から漏れ出る。

 棺の中に、満ちていく。

 ドクンっと、彼の遺体を呑み込んだ。

 『黒』が消える。

 彼の遺体も、綺麗さっぱり消えた。

「……葬儀は、空の棺を使って行われるのか」

 少し距離を置いて控えていたドルドが答える。

「はい。国をあげての葬儀になるかと」

 国葬とか言うのだったか。

「……ドルド」

「はい」

「犯人を捕まえる」

「はい」

「さっき、協力すると言ってくれたな」

「はい」

「この件に関する資料をくれ」

「はっ」

 振り返ると、彼は敬礼していた。

 目に涙さえ浮かべている。

「リガルは、好かれてたみたいだな」

 幸助は微笑んだ。

 微笑みながら、心の内で一つだけ嘆いていた。

 トワの冤罪を証明する為にも、犯人は生け捕りが望ましい。

 だから、嘆かわしいと思った。

 リガルを殺し、トワを泣かせた奴を殺せないのが、なによりも嘆かわしい。

 

  


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