60◇黒の英雄、思案ス
プラスは英雄になりたがっていた。
それも、ある種の狂気だ。
アリスはきっと、英雄を産みたいのだろう。
それは、確かな狂気だ。
取り憑かれてるのだ。
世界を平和に導く、英雄という虚像に。
エコナとの出逢いの時にいた青年貴族。
彼も没落を免れる為だけに、魔法具持ちに挑むという無謀を犯した。
その三人から、容易に想像出来る。
「英雄の末裔も、その狂気を受け継いでいる。この世界を平和に導く。臣民の安全を維持する。その為なら、今いる英雄くらい捨てられるんだろう。だって彼らからすれば、英雄が世界の為に死ぬのは当然のことなんだから」
何故そんなことが分かるか。
幸助もいかれているからだ。
幸助のもといた世界にも、例えばニュースで悲惨な事件の報道を見て、「こんなことをするやつは死んでしまえばいい」と口にする者は多い。
悪人の死を安易に望むのは、正義感の突発的発露だ。
でも、犯人のところに行って殺す人間となると途端に数を減らす。
それどころか、他人のポイ捨てや迷惑行為を注意する者も、そう多くないだろう。
悪いことを悪いと判断出来るということと、実際に罰を与えるということは別なのだ。
でも、幸助はそれを繋げてしまう。
悪いことをした者がいれば悪いと言う。
殺した方がいいと思えば殺す。
それが、狂気で無くてなんなのだ。
ライクは言わずもがなだし、エルフィの好奇心優先の思考形態もその部類だろう。
パルフェはまさしく戦闘狂であるし、気付けなかっただけでリガルにもそういう部分があった筈だ。
ルキウスとトワは、比較的まともに見えるが、彼女達が偽英雄であることと関係あるのか。
ともかく、英雄というのは何も完全完璧な超人ではない。
強大な力を持った異常者なのだ。
たまたま、人の世の為に使われることを嫌がらないだけで。
「……では、ナノランスロット殿もまた、自身を狂人であるとお思いで?」
「いやぁ、自分で『俺ってば異端?』とか言うのはクソ恥ずかしいから嫌なんだけど、まぁそうなんじゃないかな。ドルドが殺気の話してたけど、最悪そうなってもおかしくなかったからさ。ドルド達が悪く無いってことと、トワ自身が抵抗を選ばなかったから、どうにか抑えられたってだけで」
「わたくし共は、死の危機を超えたわけですね」
ドルドの笑みはやや引きつっていた。
幸助は誤魔化すように「あはは」と笑う。
笑いながら、考える。
さっきの話を踏まえて、トワを救い出す方法を見つけられないだろうか。
「なぁ、貴族院の会議録って見られないのか?」
直近の会議の記録が見られれば、どの貴族がどんな発言をしたかが分かる。
この状況を作るのに利した者が誰か判明する。
イコール真犯人とはならないだろうが、糸口くらいは掴めるのではないか。
「難しいかと……。少なくともわたくしや軍部の人間では許可が降りないでしょう。英雄も軍属故同様の扱いを受けることと思います。この場合、貴族の知己がいればその者に頼む方が可能性が生まれるのではないでしょうか」
「……貴族の知り合いか」
プラスがいたが、彼女は本家との関係が悪かった筈だ。
ダメ元でグラスにメッセージを送る。
後はアリスか。
彼女はそもそも幸助からすれば容疑者でもあるから却下。
「うぅん、ルキウスあたりなら貴族の知り合いもいそう、か?」
小声で呟き、ルキウスとエルフィにも同様のメッセージを送った。
「……やはり、ナノランスロット殿は真犯人を探すおつもりなのですね」
「悪いか?」
「いえ、王室の命に逆らうこととなるため軍部は大々的に動くことが出来ません。しかしそのお気持ちは察するに余りある。可能な限りご協力したいと考えています」
幸助はドルドの目を見た。
妹の生死が掛かった問題だ。
猫の手も借りたい思いである。
だが、誰彼構わず信用するのでは馬鹿を見ることだって考えられる。
「じゃあ、取り敢えず一個頼みたいんだけど」
「なんでしょうか」
幸助は自分に不利にならない範囲の、けれど切実な願いを述べた。
「牢屋をさ、明るくしてやってほしいんだ。それに、温かくも。暗いのと寒いの、苦手みたいだから。あぁあと、あいつに飯運んだりするの、女性にしてくれると助かる」
ドルドは幸助の言葉を、しばらく吟味するように黙っていたが、やがて頷く。
「了解しました。わたくしの権限で可能な範囲ですので対応させていただきましょう。ですが、一つ伺ってよろしいか」
「いいよ。俺に答えられることなら」
「あなたの執着は仲間意識を超えているように思えます。シンセンテンスドアーサー名誉将軍とはどのようなご関係で?」
それはそうだ。妹なのだから。
しかしそれを正直に言うわけにはいかない。
「あぁ、もといた世界に置いてきた妹に瓜二つなんだよ。本当に、違うところを探すのが難しいくらい。だから、大分感情移入してるのかもしれないな」
「……なるほど」
「トワを救ったところで元いた世界のことが変わるわけでもないのに、変かな」
幸助が妹を救えなかった事実は、何をしても変わらない。
「いえ、同胞の無実を証明する為に動く様は、わたくしには眩しく映ります」
「輝き過ぎてドルドの目を潰さないよう、気をつけるよ」
幸助が戯けて言うと、ドルドは呆れるように苦笑する。
そして二人は、殯宮の前に到着した。