59◇黒の英雄、解説ス
拘置施設から出ると、ドルドがいた。
トワを捕まえに来た隊の隊長で、壮年の軍人だ。
「面会許可、感謝する」
二メートル番兵に手錠を外してもらいながら、幸助は言う。
皮肉と受け取ったのか、ドルドは渋い顔をした。
「五名もの統括隊長に嘆願されれば、無視も出来ぬというものです」
「え、英雄の嘆願は無視出来るのに?」
「わたくしが命じたのですよ。あの時の貴殿の態度は、逢って数日の友に対するものとは思えなかったもので」
なるほど、と幸助は納得。
幸助からすればトワは妹だ。
大事にするのは当たり前。
だがエルフィを除く全ての人間からは、逢って数日の他人。
それに対しあぁも執着を見せれば、異常にしか映らないだろう。
更に言えば幸助は新人だ。
これがルキウスだったらスムーズに面会許可も降りたのか。
では、誰にも面会許可が降りないというのは幸助を追い払う為の方便か。
「でも結局許可してくれたんだ?」
「レイス殿とエスタ殿が問題無しと判断したのであれば、わたくしの懸念が杞憂だったかと思い直したまで。それより、貴殿に話があって参りました」
「あぁ、聞くよ」
並んで歩き出す。
「リガル殿のご遺体が収められた殯宮への入場をご希望されたようで」
殯とは日本古代に行われていたとされる葬儀儀礼だ。
遺体を収めた棺を、本葬を行うまでの期間仮安置する。
それが腐敗・白骨化するなどの変化を目の当たりにすることによって、残された者がその者の死を確認する、という儀礼だった筈。
当然庶民に浸透はしておらず、主に貴人の死に際してのみ見られる文化だ。
たまたまそれに該当する文化があって、そう変換されたのだろう。
殯宮というのは、王城内に設けられた殯の為の施設だ。
リガルの場合は遺体が炭化しているので物質的変化は確認出来ないが、国家に多大なる貢献をした英雄の遺体を無下には扱えないということだろう。
「あぁ、遺族優先って理由で追い出されたんだ。もう逢っていいの?」
「えぇ、ご案内します」
「場所は覚えてるけど?」
「お話しておきたいこともありますので」
「それは楽しみだ」
幸助はヘラヘラ笑っていたが、ドルドにはそれが理解出来なかったようだ。
「……涙の痕が見受けられますが」
「だから?」
「それにしては、あまりに軽佻な態度に思えます」
「あはは、辛いなら辛そうにしとけってこと? 悪いけど、誰彼構わず弱みを見せられる程幸せじゃなかったんだよね~。話ってそれ?」
幸助が来訪者だということを思い出したらしい、ドルドは一瞬申し訳なさそうな顔をした。
彼自身に思うところは無いので、幸助としても普通に接しているつもりだ。
彼からすると、自分は幸助に悪感情を抱かれているものだと思っているのかもしれない。
「ドルドは仕事しただけだろ。別に恨んでもないし嫌ってもない。ただ、話があるなら早くしてくれると嬉しいよ」
まだ納得出来てはいないようだったが、ドルドは気を取り直すように咳払いしてから、口を開いた。
「誤解されては困りますので言っておきますが、なにもシンセンテンスドアーサー名誉将軍の捕縛は軍部主導による判断ではありませぬ」
「へぇ。じゃあ王室の独断……じゃないか。貴族院だな?」
ドルドは深く頷いた。
例えばアークスバオナは軍事国家であり、もっといえば軍閥国家である。
軍事力を背景に政治活動を行うだけでなく、政治そのものを軍人が担う。
元いた世界の歴史をぼんやりとしか覚えていない幸助でも、『長続きしなさそう』と思ってしまうが、今まさに猛威を振るっている現状を前にその感想は役に立たない。
対してダルトラの政治は貴族院という議会で出た意見を国王に奏上し、許可が降りたものが実現するというものだ。
そもそも、何故貴族は特権階級でいられるのか。
血統とは言うが、どう血が優れているのか。
この世界の場合は単純明快だ。
つまり『英雄の血族』であるということ。
単純に現代の英雄や来訪者とは違い、彼らには神話時代に活躍した英雄、すなわち世界を救った者の末裔であるという看板がある。
今でこそ血が薄まっているが、建国時などはまだまだ当人や子が国家を直接支えた。
孫や曾孫でも役立っただろう。その内、王が彼らを英雄から貴族に変えた。
そういう成り立ちなのだ。
そして今、この世界の貴族とはどういう存在か。
簡単に言えば封建貴族なのか宮廷貴族なのか。
答えは一部が封建貴族で、大多数が宮廷貴族ということになる。
神話に記述のある英雄は二十七人。
戦場で活躍した来訪者がそれだけとは思えないし、英雄と数えられなかった強力な来訪者の中にも貴族となった者はいるだろうが、ともかく記述があるのは二十七人だ。
現在、領土を与えられているのは三家のみ。
その他の貴族は原則宮廷貴族となる。
もちろんプラスがそうしていたように軍属となることも、彼女の実家のように商売に手を出すことも現実的には可能だ。
アリスの家などは学院を運営しているし、ステータスが優れていることを生かして攻略者になる者も、魔女魔術師になる者もいるだろう。
とにかく国家に寄与する人物を輩出し、王権に存在を認めてもらうことで貴族で居続けようとするのが、この世界の貴族だ。
彼らの全てが悪とは幸助も思わない。思えるわけがない。
ただ、貴族で居続けることに固執してしまう者は大勢いるだろう。
「軍は王室からの命令に従うことしか出来ぬのです。そして王室へその命令の“素”を奏上するのが貴族院である以上、国の行く末は貴族の発想に左右されると言っても過言ではありません」
「王に認めてもらう為に、貴族院の連中は『これが一番国の為になります』って意見を纏めるわけか。まぁ、想像は出来たけどな」
「わたくしだけではなく、軍部ではこの判断を疑問視する声が多く上がっております。そもそも、シンセンテンスドアーサー名誉将軍にドンアウレリアヌス名誉将軍が殺せるとは、とてもではありませんが…………」
言葉尻を濁して言う彼に、幸助は苦笑する。
「無理だろうな。でも少し安心したよ。そうだよな、現在の英雄は基本的に軍属になるんだ。軍部からすれば、貴重な戦力かつ同胞を仲間殺しの冤罪で殺したくはない。でも軍人だから決まったことには逆らえない。トワ一人の為にクーデターも起こせない。だから不満に思うことしか出来ない」
「臣民と、多くを知らない一般兵は納得させられるでしょうが、これではあまりに英雄方に不誠実だ。正直わたくしは、貴殿がシンセンテンスドアーサー名誉将軍を脱獄させるのではないかとの危惧を抱いたくらいです。連行する時に一瞬放たれた殺気は、年甲斐もなく失禁するかと思った程でしたから」
「……あはは、それはごめんな」
幸助の言葉に「いえ」と返してから、ドルドは「それにしても」と語り始める。
「かつて英雄と呼ばれた彼らの祖と異なり、貴族と名を変えた彼らの多くが戦場に出なくなって久しいからでしょうか、彼らの意見は『国益』の一点を見据え、そこに確かに在る個々人の意思を蔑ろにしているように思える時があります」
「まぁ、それこそが英雄の末裔であるって証明かもな」
ドルドは意味を計り兼ねるらしく、怪訝そうな顔をした。
「と、言うと?」
「英雄ってのは古来、神やそれに近しい者の声を聞き、神託・神命・天啓・天命を授けられた者を指す。この世界では明確に神に異界から呼び出され強力な力を得た者だな。神話時代の英雄に至っては神と共に戦ったんだろう。でもな、彼らは元々、異界で普通に暮らしてたんだよ。普通に、不幸に。そこを呼び出され、神の意思に従って平和に殉じた。乱暴に言えば、神の声に殺された。それを良しとする精神構造を持っていた。英雄ってのはさ、等しく人格破綻者なんだ。だって、普通の人間が平和の為に死ねるか? 化物と戦って、敵とはいえ神に立ち向かうか? それを役目として受け入れられる時点で、正気じゃないんだよ」