58◇黒の英雄、面会ス
「シンセンテンスドアーサー卿との面会を頼みたい」
「申し訳ありませんが、許可出来ません……」
軍の拘置施設である。
石造りの建造物だが、それ自体の大きさは大したことが無い。
地下牢への入り口でしかないからだ。
三人は話が纏まると、ひとまず解散した。
二人には怪しい貴族家を探してもらっている。
この世界に来て日が浅い幸助では、情報収集という面ではあまり役に立てない。
だからというわけではないが、妹の顔を見ておきたかった。
二人の番兵がいる。
一人は鷲鼻で身長は平均的。
一人は顔こそ平凡だが、身長が二メートル近くあった。
鷲鼻が玉汗を顔中に浮かべながら、幸助に対応している。
「そうか。誰なら許可を出せるんだ?」
「い、いえ、そういうことではなく。現在、彼女への接触は許可が降りないのです。何卒ご理解頂きたく……」
「でも、鍵を差し込んで捻れば扉は開くよな? 物理的に不可能じゃないなら、誰かが良いって言うだけで通れる筈だ。それを言えるのが誰か教えてくれって頼んでるんだが?」
鷲鼻の番兵は「ひっ」と怯えるように縮こまってしまう。
幸助は視線を二メートルの番兵へと向け直す。
「それすらも許可出来ません、か?」
「…………」
「なるほど、無視か。賢いかもな」
少なくとも、話が進まないという結末を幸助に与えることが出来る。
「おい、そこで何をやっている! ……ん? ……あなたはもしや、クロ殿ですか?」
何人かの軍人が近づいてくる。
知っている者が二人いた。
低難度『火』迷宮ゼスト駐屯軍統括隊長・レイス。
中難度『闇』迷宮ポーラダーシュ駐屯軍統括隊長・エスタ。
声を掛けて来たのはレイスだ。中年の軍人で、無精髭を蓄えている。
「おや、どうしたんだいあんたそんなところで」
赤髪で妙齢の女軍人エスタが幸助を見て笑みを浮かべる。
おそらく、統括隊長同士の会議でもあったのだろう。
番兵二人が揃って敬礼した。
レイスの「楽にしろ」の一言で番兵は腕を下げる。
「して、クロ殿。こんなところにどのようなご用件で?」
「トワ……シンセンテンスドアーサー卿に逢わせて欲しいと言ったら、許可できないって言われて途方にくれてる」
何人かの表情が曇った。
「それは当たり前さね。あの小娘はリガル殺しの容疑者なんだから」
「でも逢いたいんだよ、エスタ。どうにかならないかな?」
しばらく幸助とエスタは視線を交わわせていた。
やがてエスタがニヤっと笑う。
「英雄が歳相応にガキらしく甘えてるんだ、大人としては応えてやらないとね。確か捕縛はドルドの野郎が担当って言ってた筈だ。あたしから言っておくよ。レイス、あんたからもグラスでメッセージを送りな。ついでにあんたらも今の内に『黒の英雄』に恩を売っとくんだね」
他の統括隊長達も、全員ではないが何人かが応じてくれる。
しばらくして、番兵二人がピクリと反応した。
おそらく、ドルドからグラスにメッセージが来たのだろう。
「じゅ、十分だけ許可するとのことです」
鷲鼻がそう言った。
幸助はレイスやエスタ達に「感謝する」と腰を折って頭を下げる。
二メートル番兵が鍵を開けた。
通り過ぎる時、小声で幸助に言う。
「英雄殿とはいえ、感心出来ぬ行いかと」
幸助は否定しなかった。
「あぁ、分かっているよ。悪いとも、思ってる」
その返しは意外だったのか、彼の瞳が眇められた。
「迷惑を掛けて済まない。それでも逢いたいんだ」
彼は鼻を鳴らすだけでそれには反応せず、「お手を」と言う。
面会の条件として、魔封石の手錠を嵌めろということらしい。
確かに、万が一幸助がトワを連れて逃げようとしたら洒落にならない。
幸助は素直にそれを了承。
手枷を嵌めた状態で、階段を降る。
少し歩きにくかった。
妙に靴音が反響する。
明かりは最低限しか無い。
照明の光が絞られている。
牢は八つあった。
一本の直線、その両側に四つずつ牢が並んでいる形だ。
七つは空き部屋と言っていいのか、誰も収監されていない。
「…………クロ?」
彼女は別れた時のままの服装で、牢屋のベッドに腰掛けていた。
ただ、指輪を始めとした装備は没収されているようだ。
「囚人服は着せられてないんだな」
幸助はなるべく冗談めかして、笑う。
トワもそれに応じた。
「トワってば美少女だから、囚人服でも着こなしちゃうだろうけどね~」
彼女は立ち上がって、格子の前まで来る。
「あれ、もしかして差し入れないの? 面会って言えば差し入れでしょ~?」
「ごめん……そこまで気が回らなくて」
「まぁいいかなー、最期の日は好きな食事出してくれるらしいし」
軽い調子で放たれたその言葉に、幸助の心が軋む。
「…………もう、聞いたのか」
「うん。いやーごめんね? 迷宮攻略一緒に行くって約束守れないみたいで」
「…………トワ」
「更にごめんなんだけど、トワの処刑役クロなんだって。こんなことなら、仲良くならなきゃよかったねー」
「……トワ」
「あ、でもトワね、良かったって思うことが一つあるんだよ。トワの死体をクロの魔法で『併呑』してもらえれば、死んだ後でクロの役に立てるでしょ。えへへ、それはいいなぁって思うんだ。お詫びってわけじゃないけど、それで勘弁してね」
「トワッ……!」
幸助は手枷ごと両腕を格子に叩きつけた。
彼女がビクりと身体を震わせ、貼り付けていた笑顔の仮面を落とす。
そうして覗くのは、死を恐れる少女の顔だった。
「いいんだ。強がらなくていい。思ったことを、そのまま言ってくれ」
トワはその場にへたり込み、しばらく経ってから、掠れる声で言う。
「……トワね、男の人以外に二つ、苦手なものがあるんだ。一個は、暗いところ。なんだか、すごく怖くなるの」
死んだのが、夜だからだ。
「もう一個はね……寒いところ。身体が変に震えて、ね……上手く動かなくなっちゃうんだ」
凍死したからだ。
彼女の身体が、それを覚えているからだ。
幸助もその場に屈みこむ。
彼女の声が、徐々に湿り気を帯びていく。
「クロ……。ここ、暗いよ。ここ、寒いよ」
「……あぁ」
「トワ、リガル殺してない。殺すわけない」
「……わかってる」
そしてついに、抑えていた言葉が堰を切って出てくる。
「なのに……! なんで!? なんでトワが処刑されなくちゃいけないの! おかしいじゃん! やってない! やってないのに! 今までいっぱいいっぱい、ダルトラの為に頑張ったのに、なんでダルトラがトワに死ねって言うの!? なんで!? どうして誰も助けてくれないの!? トワが今までやってきたことはなんだったの!? 神様はクロにトワを処刑させる為にトワたちを転生させたの!? ――だとしたら……! ……トワ、そんな役目……やだよぉ……」
子供みたいに泣きじゃくり、彼女は何度も何度も嘆いた。
「……やだ、やだやだやだ! こんなとこ嫌だ! 出してよ! トワ何も悪いことしてないんだから! 出して! 出して! 出せってば……!」
彼女が格子に叩きつけるのを繰り返す。
甲高い音が反響する。
幸助は、泣いていた。
前世では、妹が苦しんでいる時に遊び呆けていた。
今目の前で妹が苦しんでいるのに、力があるのに、助けることが出来ていない。
「…………もうやだよ………………助けてクロ…………助けて……コウちゃん」
どくんと、心臓が強く脈動する。
――あぁ、そうだ。
幸助が転生したことに意味があるのだとしたら、それを果たしたい。
でも、それとは別のところで、幸助には大きな後悔があった。
妹を、救えなかったこと。
でも、今回は違う。
目の前の妹は、まだ死んでいない。
生きている。
少なくとも、後五日は。
「……助けるよ」
トワが、僅かに顔を上げる。
濡れた瞳で、幸助を見上げる。
「絶対に助ける。今度は、この世界では、お前を救ってみせる」
格子の隙間から、手を伸ばした。
手枷の所為で、指しか向こう側へ行けない。
「…………クロ?」
「お前の無実を証明した上で、此処から出してやる。それで、捕縛命令を出しやがった王様に謝罪させよう。約束するよ」
右手の中央三指を折り、小指を立てる。
しばらく黙っていたトワが、微かに笑い声を上げた。
「…………ふふ、指切りだ」
「あぁ」
「……いいの? 嘘吐いたら針千本飲ませちゃうからね」
「絶対に守る」
お前との約束は、破ったことが無いんだ。
そう心の中でだけ付け加える。
「じゃあ……信じてあげよーかなぁ」
そう言って、彼女は細い指を幸助の指に絡ませた。
お互いに、可能な限り強く約束が結ばれるようにと、指に力を込める。
二人はそれを、番兵が面会終了を告げに降りてくるまで、ずっと続けていた。