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57◇黒の英雄、覚悟ス

 



 新七英雄。

 その内、リガルが死亡し、トワが彼を殺害したとして捕縛された。

 クウィンは超難度迷宮の攻略。

 パルフェは戦場への投入。

 すぐに連絡がつき、比較的早く合流出来たのはルキウスとエルフィだけだった。

 二人は幸助から連絡が届くや否や舞い戻って来た。

 そして夜に差し掛かろうという頃、三人はエルフィの診療所に居た。

 トワが連行されてた後、幸助は常人より何倍も早く、しかし彼にしては長いと言える時間を掛けて冷静さを取り戻した。

 真っ先に連絡をとったのはプラスだ。

 幸助の考える通りなら、少年自身に近しい者に危険が及ぶ可能性がある。

 だからプラスにエコナを迎えに行ってもらえないかと頼んだのだ。

 シロにも今日は酒場に泊まるようにとメッセージを送っておいた。

 酒場の客は大半が来訪者だし、マスターもいる。軍警の警護よりも信を置けるだろう。

 それからルキウスとエルフィに連絡し、現在に至る。

 幸助とエルフィは椅子に腰掛けていたが、ルキウスは壁に背を預けて立っていた。

「…………話は分かりました。それで、クロ。リガルの遺体は……」

「遺族優先とかで追い払われた。あの人、妻が沢山いたみたいだから」

 ふよんと、頭が柔らかいものに包まれる。

 エルフィに抱きつかれたのだ。

「酷い顔してるわよアナタ。……大丈夫、アタシ達が力になるわ」

 幸助は再び泣くのを堪え、彼女の背中に手を回す。

「……ありがとう、エルフィ」

「もちろん、僕もご助力しますよ」

「ルキウスも、ありがとう」

 少ししてから、幸助は彼女から手を離す。

「もう落ち着いたよ、エルフィ」

「え、アタシが抱きしめたいから抱きしめてただけなんだけど?」

「……お前を見習って、なるべく平常心でいるよう心がけることにする」

 言って、無理やり彼女を引き剥がす。

 彼女はわざとらしく「やんっ……」とか艶めかしい声を出しながら着席した。

「ルキウス、聞きたいことがある」

「はい」

「ダルトラがリガル殺しの下手人を捕まえることに躍起になるのは理解出来る。容疑者らしい容疑者がトワだけなら捕まえるのも理解出来る。でも、この早さはなんだ。元々ダルトラの仕事が速いのは分かっていた。けど、これはいくらなんでも異常だ」

 ルキウスは難しい顔をしたが、そう時間を置くことなく答えた。

「……考えられる理由は複数あります。まず国民と兵士へのケアという面。リガルは七英雄の中でも最古参で、王室と軍部からの信も厚い方でした。それだけ臣民にも彼の名と功績は広まっているということです。英雄とは言い換えれば生きた伝説のような存在ですが、彼は僕らと比べてもその伝説の厚みが桁違いです。それが暗殺されたとなれば、その衝撃は計り知れません。かといって隠すことも出来ない。彼の死によって、戦争に負けるのではと短絡的に考えてしまう臣民も多いでしょう。それだけ彼は英雄としての責務を果たしていた。簡潔に言えば、ダルトラは一秒でも速く犯人を捕まえ、処罰を下したいのです」

 そこまでは、分かる。

 事件が起こってしまった時、やるべきことは対処と解決。

 事態を収めることと、犯人を捕縛し以降の被害を抑えること。

「でも、その犯人役にトワを使うのは賢い選択なのか。リガルは被害者として死んだが、これだとライクに続いて英雄の不始末が露呈することになる。国内の英雄への信頼が揺らぐだろう」

「えぇ、平時であれば。ですがそれを回避する方法があります。クロ、あなたなら気付ける筈ですよ」

 幸助は言われて数秒考え、気付く。

 骨が砕けるのではないかというくらい拳を握りながら、吐き出すように口にする。

「……今は戦時中だ。だから、トワ自体をアークスバオナの刺客であったと発表すれば、民意を反アークスバオナへと煽ることが出来る。もちろんそれでも敵の刺客を英雄と認めてしまったことに対するバッシングはあるだろうが、その対応という意味合いもあっての処刑とも言える。……それだけじゃない」

「えぇ、『霹靂の英雄』を殺めた国賊を伝説の『黒の英雄』が処刑し、更にその『併呑』によって呑み込むことにより臣民の溜飲は下がり、兵の士気は向上します。神話の通り、『黒の英雄』が敵の力をも呑み込み、仲間の為にそれを使うというアピールになりますから」

 胸くそ悪くなる話だった。

 だが、頭ごなしに否定も出来ない。

 例えば、世界中の人間が死の病に罹っていて。

 そこに神が現れて言うのだ。

 特定の一人を生贄にすれば、全人類を救うと。

 その時、世界中の人間がその一人の死を願うのは悪か?

 幸助は、違うと思う。

 極端な話、二人と一人を秤に掛けた時、二人を取るのが善だと思う。

 選ばないことで両方を失うというのなら、選べない人間は悪でなくても善にはなれない。

 国の命運を背負う時、何も選べない臆病者にだけはなってはいけないのだ。

 好悪で嫌悪に分類される行為でも、善悪で測れない行為でも、国益という面で最小限のダメージ計算が出来、なおかつその対処も兼ねるというのなら、それは必要なことと判断されるべきだ。

 幸助が、どれだけ納得出来なくても。

 その決断が、国を支えることになるなら。

「……だが、真犯人を見逃すことになる。そいつの目的も分かってない。もし犯人の目的がリガル殺しではなく英雄殺しなら、トワを殺した後でまた動き出すぞ」

 そしてそれは充分考えられることだった。

 今回の件、リガルを殺めると共にトワに疑いが掛けられるように仕組まれている。

 ダルトラの判断まで読んだ上の犯行だとすれば、犯人はトワが処刑されるまで身を隠すだろう。

 戦うことなく二人目の英雄を死なせることが出来るのだから。

「えぇ。ですから僕らは戻って来たのですよ。クウィンの強さは規格外です。心配は不要でしょう。パルフェの近くには常に擬似英雄が多くいます。リガル程の人間を殺せるステータスの持ち主でも安易に近づけはしないかと。英雄暗殺が目的なら、次に狙うのは僕かエルフィということになります。ただ、今クロが言ったようにそれが開始されるまでにまだ時間があります」

 トワが処刑される前に動き出せば、彼女の潔白を証明することになってしまう。

 だから、真犯人が英雄殺しを目的としている場合でも、五日後までは潜伏を続ける筈。

「僕とエルフィへの命令も取り消されました。リガルの担当していたギボルネとの和平は僕が引き継ぐことになるかと。……ともかく、五日以内に真犯人を見つけることがトワを救うことに繋がります」

 それしかないだろう。

「え、犯人がまだ王都にいるとは限らないんじゃない?」

 エルフィが口を挟んだ。

「だってそうよね? 本当にアークスバオナの刺客である可能性が高いとアタシも思うけど、単純に裏切り者のリガルをようやく殺せたってだけかもしれないわけじゃない? だとしたらその罪をトワに押し付けられてラッキーぐらいの感じで、もう国に帰っててもおかしくない気がするんだけど」

 その疑問は尤もだ。

 けれど、幸助はそれを否定する。

「いや、それは無い。よく考えてみてくれエルフィ。もしお前がアークスバオナの刺客で、リガルを殺すことが出来たなら、その遺体を『黒の英雄』がいる国に置いておくか?」

 エルフィは瞠目し、それから納得するように笑う。

「なーるほど。つまりこういうことなのね? この事件は、クロにリガルとトワを捕食させたがっている誰かの仕組んだ暗殺事件だって。ふふっ、犯人は確実に頭がおかしいわね」

 彼女の笑い声は震えていた。

 好奇心旺盛な彼女でさえ、不気味と判断する所業だからだろう。

 そう。

 この事件は、アークスバオナの刺客による犯行などではない。

 トワに容疑を向ける為の工作が完璧過ぎた。

 だからこそ、幸助には分かってしまう。

「アークスバオナの刺客が長らく攻められていなかった王都に侵入して最高レベルの警備セキュリティを超えたとは考えにくい。それを無視しても、リガルの遺体を回収しなかったのはおかしい。内部の人間にしか出来ない犯行で、酔っていたとはいえリガルを殺せる力を持ち、かつ赤い礼装を着ていた人物。それを探す」

「……それ、十中八九トワね。少なくとも、アタシ達以外はそう思う」

「クロは、犯人に誰か心当たりでも?」

「あぁ、これは貴族の犯行だ。外部の侵入者じゃないなら、それしかない。さっきはあぁ言ったが、赤い礼装を本当に着ていたかも分からないな。もしかしたら嘘の証言を言わせたのかもしれない。その場合、それだけ影響力のある家ということだろう」

「……ですが、クロを強くすることに貴族がどんなメリットを見出したのでしょう」

 幸助は笑う。

「今、俺の中にはライク含めた八人分の力がある。その内、『暁』は完全にものにした。本人を喰らったわけだからな。『黒』は発展途上だが俺自身のものだ。もしリガルとトワの遺体も捕食することになれば、『霹靂』と『炎』も完全に手に入れることになる。貴族家のメリット? 簡単だろ。

 俺との子供が欲しいんだ。

 力の弱まってる今の貴族達なら、後天的に才能を獲得出来る俺は是非とも欲しい種馬だ。

 そいつらからすれば、俺以外の英雄を殺すという行いは生まれてくる子供の才能を高めることに他ならないんだろう」


 ルキウスとエルフィが絶句する。

 幸助は、昏い高揚に襲われていた。

 リガル、あんたの仇を見つけるよ。

 トワ、絶対にお前を助けだしてみせる。

「敵は内部にいる。ありがたいことじゃないか」

 後悔させてやる。

 その行いだけでなく、この世に生を受けたことさえも。




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