55◇黒の英雄、動転ス
待ち合わせの時間にはギリギリ間に合った。
馬車を降り、御者に感謝を告げて料金を支払う。
南門には魔動幌馬車が停まっていた。
運転席にトワが座っている。
彼女の姿は赤のナポレオンジャケットに赤いショートパンツというもの。それに編み上げのブーツを履いている。
右手の中指に黒い指輪を嵌めていた。
「ふふぉ!」
クロ! と呼んだのだろう。
彼女は肉と野菜が挟まったバケットを頬張っている最中だった。
もきゅもきゅと咀嚼し、飲み込んでから喋るかと思いきや違った。
革製の水筒からごくごくと水を飲む。
「ふぅ。いやぁ小腹空いちゃってさぁ」
幸助は運転を代わるとばかりに彼女の膝を軽く叩き、彼女を後ろへ下げる。
運転席に腰を降ろしてから言った。
「まだ半分も喰ってないだろ、俺が運転するから喰ってろ」
「無理。食べながらなんて車酔いしちゃうよ。食べ終わるまで待って」
「…………」
そういう人間だった、そういえば。
「学院行ってたんだって? 元奴隷の子の為に。偽善者?」
一口一口の間に、彼女が話を振ってくる。
「かもな」
「孤児院に寄付もしたって。逢ったばかりの知り合いの為に守護者と戦って、巨乳の給仕娘の為に『暁の英雄』と戦って。そこまで徹底出来るなら、善って言ってもいいのかな」
背中に掛かる声に、適当に返事する。
「だとしても、いいとこ独善だろ」
「クロは自分だけが正しいなんて思ってないでしょ? 自分の正義を押し付けもしないんじゃないかな。ただ、自分に徹底してるだけ。自分が正しいと思うことを」
幸助はもうしばらく掛かると踏んで、身体を彼女の方へ向けた。
「……まるで見てきたような口振りだ」
バレたか、と彼女は笑った。
「実は此処に来る前に生命の雫亭に寄ったんだよねー。シロさん可愛かったよ」
幸助はおもいっきり渋い顔をする。
「…………あいつに聞いたのか」
「ありゃベタ惚れだね。でもやっぱ決め手はライク相手に助けに来てくれたところらしいよ。そりゃそうだよねー、クロって一目惚れされる程顔良くないし」
「事実だからって、人を傷つけないとは限らないんだが」
「ごめんなさーい。……フツメン英雄」
「良くない。絶対に改善するべきだ」
「トワは相手を選ぶので平気でーす」
「たちが悪すぎる」
幸助が表情を歪めているのが面白いのか、彼女が声に出してクスクスと笑う。
「いつも迷宮攻略ってつまんないんだけど、クロとなら楽しいかも」
「死ぬ危険がある。ピクニック気分ではいるなよ」
「分かってるよ。クロこそトワの足を引っ張らないでね。……それでクロはいつシロさんに惚れたの?」
「……さぁな。巨乳に一目惚れだったかも」
「あはは、嘘だね。ほれほれ、トワさんに教えてみぃ」
「お前こそどうなんだ。ルキウス以外に喋れるやつとか」
「いませーん。はむっ」
最後の一口を放り込んで、何度か噛む。
飲み込んでから、彼女は幸助の隣に座った。
「いくのだクロ号、きみの魔力を推進力に変えたまえー」
結局運転はしないらしい。
まぁいいかと幸助が魔力注入用の水晶に手を伸ばした時だ。
「そこな魔動馬車、そのまま停車状態を維持せよ!」
『風』魔法による拡声だろう、周囲の空気が震える程の声が鼓膜を劈いた。
現れたのは、数十人の軍人だ。
全員軍服に身を包んでいる。
隊長らしき壮年の男性が進み出て、敬礼した。
その割には、友好的な空気ではない。
「『黒の英雄』殿、『紅の英雄』殿とお見受けする!」
「あぁ、今から迷宮攻略に赴こうとしてた英雄だけど、何かあったんですか?」
幸助が尋ねると、壮年の軍人はやりきれないとばかりに歯を軋らせた。
「……ご報告がございます」
「報告?」
それが言われるまで、十秒以上の時間を要した。
言われたそれを理解するのに掛かった時間は、更に長い。
「昨夜、貴族街にて焼死体が発見されました。そして先程、身元確認が完了。
遺体はリガルグレイル・ブロシウスアンリース=ドンアウレリアヌス名誉将軍のものと断定されました」
「――は?」
意味が分からなかった。
言葉の、ではない。
そんなことが起こる現実を、予想出来なかった。
トワは目を見開いて、顔を覆うように手を当てている。
「り、リガルが殺された、だと?」
「はっ、間違いなく彼の遺体であるとのことです」
「昨日の夜? あはは、……ふざけるなッ! 昨日の夜は皆と一緒に呑んで……ッ! ――酔ってたところを襲われたともで言うつもりか? その程度で、あの人がそこら辺の雑魚に殺されるわ、け、が……」
報告だけなら、この人数は必要無い。
リガルは、『焼死体』で見つかった。
そして、いくら酔っていても彼が生半可な相手に遅れを取ることは無い。
幸助は先の展開を理解してしまう。
「違う。お前らは、何か勘違いしてる」
だが幸助の言葉を受けても、未来は変わらない。
「王室はこれをトワイライツ・クロイシス=シンセンテンスドアーサー名誉将軍による犯行と考え、捕縛命令をくだされました。どうか抵抗なさらないでいただきたい」
その日、一人の英雄の死が発表され。
その犯人も、また英雄であるとの噂が広まった。