6◇攻略者、出発ス
ダンジョン。
アークレアには、ダンジョンと呼ばれるものが大きく二種類存在する。
臣民が崇める神の領域――神域[しんいき]。
万人が忌み嫌う魔の領域――悪領[あくりょう]。
アークレアに伝わる神話は、こういうものだ。
世界には、相反するものが一組で存在する。
神が世界を創造した時、同時に異界も誕生した。
神が人間を創造した時、同時に魔物も誕生した。
神が善を定義した時、そこから漏れたものが悪となった。
神が命を定義した時、その果てに死という結果が伴うようになった。
そして、始まりの始まり、神が生じた時、既に悪神も生まれ落ちていたのだ。
神は人を導き、悪神は魔物を率いた。
人魔戦争と呼ばれる、大戦が起きた。
最終的に人間側が勝利を収めたが、神も悪神も互いに疲弊し切っており、片方のみを滅ぼすということは不可能であったという。
そして、官軍である人類は地上を手に入れ、魔物は地下へと追いやられた。
神域は、神の力が宿った魔法具が眠る、塔迷宮。
神が休んでいるとされている。
悪領は、悪神の力が宿った魔法具が眠り、それを護る魔物が徘徊する地下迷宮。
悪神が力を蓄えているとされている。
神域の方は試練という形で、悪領は魔物との戦いという形で、魔法具の入手を拒む。
魔法具は個人の所有物とすることも出来るが、国に捧げることも出来る。
その場合、莫大な特別報奨金が得られるという。
それ以外でも、ダイレクトグラスデバイス――コンタクトレンズもどきの端末の名前だ――を通して魔物の討伐、試練の突破などが記録され、映像情報を提出することで報奨が出る。
「攻略者っていうのはこの国で一番人気の職業なわけ。でもこの世界の人間って、来訪者に比べると弱いんだよね。っていうか逆だ。来訪者が、強すぎるの」
「……不幸だから?」
幸助の言葉だけでは事実を示すのに足りないようで、彼女が補足する。
「正確には、前世の不幸が、転生後にステータス補正値に変換されるんだけどね」
「幸せになれるって割に、成果主義なとこあるな」
「あはは、まぁ当然の反応だと思うよ。でも、一度行けばわかるって。ちなみに、一度でも魔法具を国に捧げると、臣民として認められるよ」
「なるほど、結果で身分を買うわけか」
「そう。国家の発展に寄与する人物なら、来訪者だろうと国の一員として認めるってわけ」
確かに、一生この世界で生きていくと考えた場合、考えねばならないことだろう。
税などの義務は発生するが、同時に保障も得られる。
「取り敢えず、初心者向けのダンジョンはあるか」
ステータスが高いと言われたが、無謀な挑戦をしようとは思えない。
素人は素人らしく、身の丈に合った行いをすべきだ。
「近くに悪領があるよ。行く?」
「ついてきてくれるのか?」
「チューしてくれたらいいよ?」
幸助は腰を浮かせ、彼女の頬に唇を寄せた。
果物みたいな、甘い香りが一瞬、鼻孔を擽る。
唇越しに感じた肌は、とても健康的で、弾力に満ちていた。
「これでいいか?」
「ほっほー、随分慣れておりますなぁ?」
犯人探しの為に、頭と尻と口の軽い女を使ったことがあるだけだが、口にするのはやめておいた。
女というのは、男が思っているよりもずっと、人を見つける糸口になる。
おかげで幸助は犯人グループの友人達がたむろする場所を知り、そいつらを拷問することで犯人グループの溜まり場を知り、復讐を実行に移すことが出来たのだ。
どう考えても、今言うことではない。
「そうでもないよ。これでも照れてるんだ」
適当に、それっぽく聞こえる嘘を吐く。
「あたしが美人だから?」
シロはわざとらしく自分の髪を手で払い、靡かせながら言った。
幸助は、それを無視する。
「準備とかはどうすればいい? この格好はラフ過ぎるかな」
「…………。ぅん、まぁ、そうだね。取り敢えず装備一式揃えようか。お金は貸したげる」
「至れり尽くせりだな、助かるよ」
「じゃあ、二度とスルーしないでね?」
目が病んでいた。
結構傷ついたらしい。
幸助は頷いておく。
「じゃ、準備してくるから、適当に寛いでて」
彼女はそう言って、店の奥にある階段から二階へ昇っていく。
それをしばらく目で追っていると、コンコン、とカウンターを叩く音がした。
今まで左を向いていたが、そこからではない。
仕方なく、右を向く。
やけに髪の長い女がいた。
座っているから正確なところはわからないが、直立の場合でも膝に届くだろう金の長髪。
それ自体が発光しているのではないかと見紛う程、美しくキメ細やかだ。
瞳は赤い。
血の滴ったルビーのように、悍ましさと美しさが絶妙なバランスで両立している。
微笑みを湛えてはいるが、妙に嘘臭く、冷たい印象を受けた。
笑い方が分からないから、他人のそれを形だけ模倣したような。
「……初めて見る顔。今日来た、来訪者?」
ゆったりとしたローブを羽織っているが、中は下着みたいな格好だった。
白いビキニ。
腰にパレオらしき布を巻いている。
実に、それだけである。
いや、ブーツ丈の靴も履いているから、それだけというのは誤りか。
ともかく、水着の上にローブを羽織って、そこに靴を履いた姿で出歩いているのだ、目の前の女は。
幸助は、なるべく平坦に聞こえるような声で、尋ねた。
「あぁ、あんたはどっち?」
「観て、いいよ?」
視界に文字が浮かぶ。
『【クウィンティ・セレスティス=クリアベディヴィア】のステータス情報閲覧許可を得ました。閲覧しますか?』
なるほど、他人のステータスを確認するには許可が必要なのか。
酒場に入った時はダイレクトグラスデバイスを着用していなかったから、周りに見られ放題だったというわけだ。
幸助は覚束ない動作で、こちらも許可を出してから、閲覧した。
【名前】クウィンティ・セレスティス=クリアベディヴィア
【レベル】41
【クラス】英雄
【ステータス】
生命力1200(200)
魔力1500(200)
膂力500(200)
体力1300(200)
持久力500(200)
技力2500(200)
速力1800(200)
知力2900(200)
運命力9999(9999)
天稟9999(0)
【状態】極点
【経験値】非表示
【スキル】
◆先天スキル
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『白[???]』Unknown
◆後天スキルⅠ
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
◆後天スキルⅡ
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
◆後天スキルⅢ
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
『非表示』SSS
【魔法】
◆適性魔術属性『白』
【加護】
『エヘクルエスの思索』――非表示
『ヨルドロゼアの寵愛』――非表示
『エアヒルロウの神愛』――非表示
『メレクヒウスの心眼』――非表示
【呪い】
『英雄の業』――非表示
【功賞】
『非表示』――非表示
『非表示』――非表示
『非表示』――非表示
『非表示』――非表示
『非表示』――非表示
『非表示』――非表示
『非表示』――非表示
『非表示』――非表示
『非表示』――非表示
『非表示』――非表示
『非表示』――非表示
『非表示』――非表示
『非表示』――非表示
『非表示』――非表示
【装備】
『非表示』――非表示
『非表示』――非表示
『非表示』――非表示
『非表示』――非表示
『非表示』――非表示
『非表示』――非表示
『非表示』――非表示
幸助は絶句した。
「あんた、これ、詐欺だろ。能力値しか分からねぇ」
しかし、クウィンティはケロっとしている。
「当たり前、じゃない……? 自分の力、晒す意味、ないと、思う」
…………正論だった。
力は、別にひけらかさなければならないものではないし、ひけらかすのは賢くない。
能ある鷹は爪を隠すというやつだ。
その点、幸助は初心者だから仕方がないと言えばそうなのだが、迂闊だった。
自分のスキル含め、全てを晒してしまった。
おそらく、非表示設定が可能なのだろう。
何が視ていいだ。ほとんど視れていないに等しい。
「……あなた、凄い、ね。レベル1とは、思えない、ステータス」
「あぁ、前世がクソだったんでな。あんたも中々なんじゃないか、お上りさんだから詳しいことは分からないが」
どこか拗ねたような口調になってしまう。
一杯食わされたようなものなので、機嫌良くいろという方が無理な話だった。
「魔法属性、『黒』。色彩属性。逢うの、初めて、わたし」
「あぁ、これやっぱおかしいのか。普通はなんなんだ? 『火』とか『水』か?」
「うん、自然属性。それが、普通。今まで、色彩属性、わたしだけ、だった。特別なの、わたしだけ。世界で、一人。そう、思ってた」
「クラス、英雄だもんな。そりゃあ、特別に違いはないだろう」
彼女は一瞬、目を伏せた。
長い睫毛が、微動する。
「あなたの、黒塗り。クラス、未確定者」
なんとなく、確定しているのが当然のような口ぶりだ。
「あぁ、そうだな。こういうのは、どうすると変わるんだ」
ゲームのように、何か特定の条件を満たさねばならないのだろうか。
「生き方。グラスは、存在情報、汲み取る。あなたは、まだ、何になるか、わからない、ということ」
「じゃあ、あんたは、臣民の生け贄として生きていくわけか」
「生け贄?」
クウィンティが、怪訝そうな表情でこちらを見つめる。
やはり、睫毛が、とても長い。
吸い込まれてしまいそうな、強い力を宿した瞳だ。
吸い込まれたが最後、その紅に燃やされる。そんな妄想を、してしまうくらいに。
「求められて、祭り上げられ、消費される。歴史に名を刻みはしても、自らは満たせない。体のいい人身御供だろう、英雄なんて」
「……………………………………あなたは、そう思うんだ」
長い沈黙は、何に起因するものだろうか。
幸助はなんとなく申し訳ない気持ちになって、軽く頭を下げた。
「気を悪くしたなら、謝るが」
彼女は何を考えているかわからない表情で、こちらを目を見る。
そこから内部に侵入し、魂まで覗くような眼差しだ。
「ねぇ、クロって呼んでもいい?」
思わず圧倒されかけるが、どうにか平静を保ち、頷きを返した。
「あぁ、呼ぶ機会が今後もあればどうぞご自由に、英雄様」
「クウィン」
唐突に言われ、一瞬意味を計り兼ねるも、どうにか理解。
「……あ? あぁ、そう呼べって? 了解だ、クウィン」
「わたし、本当は嫌なの、英雄」
突然の話題転換だった。
喋り方からして、あまり他者とのコミュニケーションは得意では無いのかもしれない。
「へぇ」
とだけ、答える。
「ずっと、逃げたいって、思ってる。でも、皆、ダメって。すごいこと、だから、って。必要だから、って。嫌なのに。やれって、言われる。仕方なく、やってる。我慢、してる」
声から感情は汲み取れないが、その目が何よりも物語っていた。
世界に対する、憎悪の深さを。
「クウィンは、来訪者じゃないのか?」
「うん。多分、アークレア、生まれの中、だと、一番。最強、だと、思う」
なるほど、それなら逃げたくなるのもわかる。
来訪者は言ってしまえば外様で、傭兵のようなものだ。
認められるといっても、どこかで区別はされる。
スポーツ選手でも、自国の人間を応援する者が多いだろう。
潜在的に、自身との共通点がある人物に肩入れするように、人間は出来ている。
だから、来訪者並に強い、アークレア生まれの人間は、貴重な人材だ。
アークレア――この場合、範囲を狭めてダルトラと言い直すべきか――自体の誉れとして、使われて生きてきたのだろう。
でもそれは、当人にとって重圧にもなる。
耐えられるかどうかは、本人次第だ。
「嫌なら、逃げていいと俺は思うぞ」
幸助は何気なく、少なくともそう聞こえる声音で、言った。
彼女の目が、意識的にやったのだろう、一度閉じられ、少し経って、開く。
「でも、逃げた後、どう生きれば、とか、わからない」
「なら、それを調べてから、逃げろ」
何を馬鹿なことをとばかりに、幸助は即座に言葉を返す。
彼女は幸助を、本当に珍しいものを見るような目で、見る。
「…………逃げるな、って、言わない、の?」
ずっと、そう言われるのが、当たり前だったのだろう。
だから、というわけではない。
「残念ながら俺は来訪者で、この世界の事情に詳しくもない。だから他人事だと思って、言いたいことを言う。逃げたきゃ逃げろよ。それで誰が困っても、お前は悪くない」
「そう思う?」
「誰かの為に、お前を使い潰さなきゃいけない理由が、俺には思い浮かばないよ」
幸助自身の、本音だった。
自分の努力で、何かが変えられるのだとして。
何故変えなければならないのだ?
例えば、自分がサッカーを大好きだとして。
その、才能が無いとする。
でも、バスケなら才能があると、誰かが言う。
その瞬間、サッカーを大好きな気持ちを捨て、バスケに転向しなければならないのか?
幸助なら、サッカーを続ける。
好きだからやるのだ。
向いているからではない。
他人がどう考えようが、それは当人のものなので、侵そうとは思わない。
だから、幸助の考えも、どうか侵さないで欲しい。
そう思うだけだ。
「………………そっか」
しばらく黙り込んでしまうクウィンだったが、やがて綻ぶように微笑んだ。
「少し、考えてみる」
先程までのとは違う。
まるでその瞬間、彼女に喜びの感情が芽生えたような。
そんな、祝福したくなるような笑みだった。
「あぁ、そうしろ」
自然と、こちらの表情も明るくなる。
「また、逢えたら、ちょっと、嬉しい」
「当分は、多分、ここらへんに出没する」
「……クロは?」
彼女が尋ねるが、内容が分からない。
「なにが?」
「わたしに、また、逢いたいって、思う?」
幸助は少し考え、ミルクを口に含み、飲み込んでから、言う。
「俺の知らないこと、教えてくれるか?」
「わたしの、知ってることなら」
「なら、大事な情報源だ。是非逢いたいね」
「…………そっ、か」
彼女は、期待と違う言葉を貰ったように、少し表情を曇らせながらも、最後は笑った。
「クロ! 待たせたね。さぁ行こうか、魔物渦巻く悪領へ!」
やたらとテンションの高いシロが階段を駆け下りてくる。
この店の制服から、探検者風の格好に着替えていた。
「ん、あぁ」
と頷いてから、幸助は右を向いて、首を傾げる。
そこには、誰もいなかった。
一瞬で消えた?
「なぁ、俺の横にいたやつ、どっか行ったの見たか?」
「? あたしが階段から降り始めた時は、誰もいなかったけど?」
幸助は頬が痙攣するのを感じた。
マスターや、ヴィーネにも尋ねてみるが、答えは同じ。
額に汗が浮かぶ。
クウィン、お前、何者なんだ。
次に逢った時、真っ先に聞こう。
そう心に決めながら、幸助はダンジョン攻略へと向かうため、席を立った。