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復讐完遂者の人生二周目異世界譚【Web版】  作者: 御鷹穂積
【第二部・英雄狂奔篇】新七英雄、円卓を囲む
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52◇新七英雄、談笑ス

 



「そうすけだ。くろきそうすけ」

 迷ってはいけない場面だった。

 だから幸助は、ただ訊かれたから答えたとばかりに答える。

 まったくの自然体で。

 トワはしかし、手を離してくれなかった。

 馬鹿にするように笑う。

「あはは。そっか。そうすけか。じゃあ、コウちゃんじゃないね」

「当たり前だ。アークレアで彼女に再会したら、さすがに名乗り出る」

「トワね、変だなって思ってたんだよ」

「俺の話、スルーか?」

 トワは幸助の言葉を無視して続けた。

「クロって我は通すけど礼儀知らずじゃないよね。なのになんで初対面のトワを前に挨拶もせず、いきなりトワって呼んだんだろう」

「…………緊張してたんだ」

「トワ、自分で自分をそれなりに可愛いって思うんだよね。褒められたら『そんなことないですよ~』って意味ない謙遜するけど、事実は事実だよね。実際、いやらしい目で見てくる人多いし。でもルキウスとクロは違った。ついでにリガルもだね。あの人の場合はトワくらいだと子供扱いなだけだけど。ルキウスは誰に対してもそう。でもクロは違う。クウィンやエルフィのおっぱいが身体に触れてる時とか、冷静でいようとして真顔になってたし、女に反応はするんだ。なんでトワだけ例外なんだろう?」

「…………貧乳には興味が無くてだな」

「異性として興味が無いのに、トワにすごく優しいよね。博愛主義? 戦争だからって理由で殺人に順応出来る人が? まさかだよ、有り得ない。じゃあさクロ、訊くよ? 今のを踏まえた上で、同じ日本出身で、歳と誕生日が同じで、『こうすけ』の癖に『そうすけ』とか嘘吐いちゃう人は、トワのなんなんだろう?」

 きりきりと、彼女が手に力を込めていく。

「……他人だ」

 腕が、より一層締め付けられた。

「あのさ……! ……いや、言いたくない理由は分かるよ。トワの記憶が戻るかもって、エルフィあたりに釘でも刺されたんでしょ。なら、別にいいんだ。クロは、クロとしてトワと関わることにしたんだよね? じゃあ、トワも『紅の英雄』でいてあげる。だから、一つだけ聞かせて。この質問には、嘘を返さないで」

 幸助は、もう抗う力を捻出出来なかった。

「……俺に、答えられることなら」

「トワが死んで、お父さんとお母さんは、不幸になっちゃった……?」

 目を合わせていられずに、幸助は目を逸らした。

 覚えてすらいない父母のその後が、唯一知りたいことなのだ。

 トワは、そういう人間だ。

 だからこそ、真実を告げるのが苦しかった。

「……離婚した。母親は実家に帰って、父親は仕事を続けてたよ。俺の知る限り」

「そっか……」

 彼女は幸助から手を離し、俯く。

「トワの所為だね」

 その言葉だけは、聞き逃せなかった。

 彼女の肩を掴み、一度は逸らした視線を合わせる。

 涙に濡れる黒曜石の瞳を見据える。

「違う……! あの日、あの時、お前だけは悪いことをしてないんだ……ッ!」

 母は後悔した筈だ。塾になんか通わせたことを。

 父は後悔した筈だ。仕事を優先して車で迎えに行けなかったことを。

 幸助は後悔している。塾をサボって友達と遊び呆けたことを。

 でも、永遠トワだけは悪く無い。

 後悔なんて、してはいけない。

 幸助の言葉に、彼女は喉を鳴らした。

 涙を堪えるように、何度かそれを繰り返す。

「……やっぱ、トワのこと知ってるんじゃん、クロ。嘘つきめ」

「……ごめん」

 彼女は、わざとらしく悪役っぽい笑い方をして、それから言う。

「トワのこと、守りたいんでしょ。でもダメ。嘘つきへの罰なのだ。そもそもトワ英雄だし、クロより先輩だし、心配とかおこがましいんじゃないの~?」

 幸助は力なく彼女から手を離した。

 なんなのだ、この状況は。

 他人でもない。

 友人でもない。

 兄妹でもない。

 記憶喪失の人間に、昔の知己であると認められた。

 言葉にすれば、そういうことだ。

 でも、その状態でどう接するのが正解か、分からない。

「それどころか、トワがクロを守っちゃうから」

「……え」

 呆ける幸助を余所に、トワは力強い笑みを湛えている。

「クロが言ってた目的って、トワに関係あるんでしょ? それくらい分かるよ。その為に、クロが何をしたのか、想像出来るよ。全部、一人でしたんでしょ? なら、教えてあげるよ。この世界じゃ、もう一人じゃない。この世界じゃトワが先輩なんだよ? 新人くんを守るのは先輩であるトワの役目だよね~」

 仲間でいよう、ということか。

 ほんの少し、距離感を縮めて。

 彼女がそれを望むなら、幸助に断る理由は無い。

「あぁ、よろしく頼むよ」

 どうにか微笑むことが出来た。

 トワも、はにかむように笑い返してくれる。

「おにいさま~! こんなところにいらっしゃったのですね!」

 空気を断ち切るようにして、パルフェが現れた。

 幸助の右腕にがっちりと腕を絡ませる。

 少しアルコールが香った。

 年齢的には問題無いのだが、パルフェの顔が酒気に赤らんでいるというのは少々不安になる光景だった。

「あのさパルフェ、今クロとトワが喋ってたの見えてたよね? わかんなかったのかなぁ?」

「あらトワ、いましたの」

「……カチンと来るなぁ。トワちょっと不愉快になっちゃったなぁ」

「何故ですの? あなたまさか、おにいさまの魅力に遅れに遅れながらも、気づかれたとか? 」

「あのさ、そもそもパルフェってクロの強さが気に入ってるだけだよね? 基本的にきみも男嫌いだったし」

「男は男というだけで偉そうにする者が多くて気に食わないのですわ。わたくしよりも弱い人間を、どうして認められましょう。等しくマイナス五千点というところですわね」

 幸助は確か、兆単位で嫌われていた筈だ。

「ち、な、み、に! おにいさまの今の点数は~! なんと、無限点ですわ~!」

 酔ってるなぁ、と幸助は呆れた。

 ただでさえテンションの高い人間が酔ってなおそれを上昇させると、こうなる。

「クロ! アナタこういうタダ酒の時にたらふく呑まないでどうするのよ。自分のお金で呑むとは違う美味しさがあるのよ、タダ酒には! 呑みなさい! たんとお呑みなさい!」

 エルフィが酒の載ったサービスワゴンごとこちらに近寄って来た。

 幸助に酒を押し付ける際、耳元で囁く。

「トワの記憶、どうやら戻ってないみたいね」

「……あぁ、でも俺のことに気付いてるみたいだ」

「元々疑ってたんでしょう。その分心に受ける衝撃が少なくて、記憶領域が強く刺激されずに済んだのかもしれないわ。……これからも出来るだけそういう事態は避けて」

「わかってるよ。で、それだけなら抱きつかなくてもいいよな?」

 彼女は正面から幸助を抱きしめていた。

 豊満な胸が幸助の胸板に当たって形を変えるし、美しい顔が目と鼻の先にある。

「あら、邪魔? アタシ、邪魔かしら?」

 男として名残惜しく思う気持ちが無いと言えば嘘になるが、それでもシロへの想いを優先して、幸助は彼女から離れた。

 酒だけをありがたく頂く。

「アナタほんと面白いわよね~。普通そんな力手に入れたら、その力で好き勝手したくなるでしょう」

「充分好き勝手生きてるよ。周りが良い奴ばっかだから、そう見えないだけかもな」

「いやいや、もっと獣のように女漁りしても誰も文句言えないでしょうってことよ」

「…………ハーレム願望自体は普通の男並みにあるけどな。それ以上に、シロが嫌がることはしたくないんだ」

「うわぁ……酔いが覚めるくらいの一途ね~。はいはいごちそうさま~」

 彼女は自分で持ってきておいて、ぐびぐびと凄まじい勢いで片付けていく。

 幸助が呑める分はそう多くなさそうだ。

 トワとパルフェの舌戦は激化していた。

 喧嘩するほど仲がいいというやつだろうと幸助は好意的に解釈。

 気付けばクウィンが目の前まで来ていた。

 いつも突然現れるので、幸助も別段驚かない。

 彼女は焼き菓子の載った銀の大皿をそのまま持って、幸助の前で止まる。

「お菓子、持ってきた。一緒に、食べよ?」

 エルフィといい彼女といい、英雄はマナーというものを気にしないらしい。

 それくらいは許される程、国家に貢献していると捉えるべきか。

 幸助は苦笑しつつも感謝し、それを口に含んだ。

「おーい、若者同士で集まらんで、ジジイにも構わんか!」

 リガルまで現れる。

 酒はめちゃくちゃ弱いようで、ルキウスに支えられていながら千鳥足だった。

「あ、ズルして勝ったリガルだ」

 トワがからかうように言う。

「仲間の力を考慮に入れるのは戦術として正しいですが、一対一の決闘であったことを考えると些か無粋かつ不誠実であるとは言えますわね」

 珍しく二人の意見が一致していた。

「……わたしも、任務時間外に、仕事させられて、嫌だった」

 言ってから、クウィンは焼き菓子を口の中にひょいっと投げ入れる。

「言われちゃってるわよリガル。アタシとしては戦術云々より捨て身の特攻でグロテスクな場面を見せられたのが辛かったかしらね~。皆びっくりしたでしょうし」

 リガルは拗ねるように「むっ」と唸ってから、幸助を見た。

「クロ、おんしなら乃公おれがあぁした理由も分かるだろうて! 説明してやってはくれんか!」

 もちろん、分かる。

 先程トワに説明したばかりだ。

 しかし幸助も人間だった。

 空気は読める。

「いやぁ、あれがなければ俺の勝ちだったかもしれないのになー」

 と、わざとらしく言った。

「なぬぅ! おんしら、ジジイをいじめて楽しいか! もうよい! ルキウス、真実を言うてやれ!」

 ルキウスは苦笑しながらも、若者グループについてくれるようだった。

「僕もエルフィの意見に同感です。『霹靂の英雄』ともあろう方が新人歓迎の決闘で死んだとなれば目も当てられません。もう少しご自身を労ってくださりませんと」

「ルキウス、おんしもか……!」

 リガルは裏切られたとでも言いたげにルキウスから離れた。

「もうよい! ジジイは怒ったぞ! 全員纏めて掛かって来るがよい! 叩き潰してくれよう!」

 言いながらも、彼の歩き方は不安定だった。

 それを見て、全員が笑う。

 強くて格好いい大人でも。

 どうやら弱点はあるらしい。




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◇書籍版(GCノベルズより1~4巻)
◇書籍版特設サイト◇
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◇ライドコミックスより1~4巻◇
◇コミックライド作品ページ◇
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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても
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◇勇者パーティを追い出された黒魔導士が魔王軍に入る話(GAノベルにて書籍化&コミカライズ)◇
難攻不落の魔王城へようこそ


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