50◇紅の英雄、推論ス
しばらく集まった人達に対応していた幸助だが、キリの良いところで断りを入れて輪から抜け出す。
大体アルコールばかりだが、ジュースの類も多少は用意されていた。
ほとんど誰も手を付けていないこともありかなり余っている。その中からりんごジュースのような色合いの液体が入ったグラスを二つとり、幸助は目的の人物へ近づいた。
壁に背を預けつまらなそうに空を見ている、『紅の英雄』だ。
「トワ」
彼女の首の動きに追従するように、黒艶の毛髪が夜に舞う。
声を掛けてきたのが幸助だと気付くと、彼女は微かに表情を綻ばせた。
「あぁ、クロ」
「ジュース持ってきた」
「うむ、ごくろうである」
彼女は大仰に頷いてから、グラスを受け取った。
小さな口で、ちびちびをジュースを飲む。
「いやぁ助かったよ、男の人だらけで近づけなくてさ、あの一帯」
転生後の彼女は、ルキウスや幸助など一部を除き男性嫌いとなっていた。
「それなら、別に無理して参加しなくてもいいだろ」
言うと、彼女は幸助の顔をちらりと見てから、ジュースに視線を落とした。
「そう、なんだけどさ。待ってたらクロ来るかなぁって、なんとなく思って」
なんて、可愛げのあることを言う。
同じセリフでも、大事なのは誰がそれを言うかということだ。
気になっている異性に告白されれば嬉しいが、嫌いな人間に告白されても喜べない。
それは当然のことで、汚い感情なんかではない。
妹から妹として言われれば、それは兄として構ってやるかと思えるもの。
しかし、今のトワは幸助の妹である記憶を失っている。
一人の男子に向かって、その言葉は放たれているのだ。
だから、幸助の胸中には形容した難い感情が生まれて、居座る。
「ジュースくらいなら、幾らでも持ってくるよ。リガルの奢りだし」
「……そういう意味で言ったんじゃないけど……まぁいいや」
彼女は幸助に視線を戻し、呆れるように笑った。
「さすが『黒の英雄』、本物の色彩属性持ちなだけありますなぁ。リガルと引き分けるなんて凄いじゃん。っていうかリガルはクウィンの魔法ありきで特攻したわけだから、クロの勝ちじゃない?」
励ますような言葉に、されど幸助は首を横に振る。
「……いや、あれは俺に『命を棄てて特攻する人間』がいることを教える為にやったことで、引き分けもその結果そうなったってだけだよ。あの反応速度からすると、リガルはトラップがあるのを知ってた。だから本当に勝つのが目的なら、【霹靂】をもう二、三発落とせば済んだんだよ。リガルは俺がつまらないミスで死なないように、脅威の手本になってくれたんだ。それでも、勝ちたかったけどな」
トワは幸助の話に、目を丸くする。
「……クロって結構戦闘狂?」
幸助は曖昧に苦笑した。
「本当に勝負事が嫌いな男って、あんまりいないんじゃないかな。勉強でもスポーツでもゲームでもいいけど、好きなもので誰かに劣ったら悔しいだろ。俺は身体を動かすのが好きだから、手段に魔法が加わったこの世界だろうと、誰かに負けるのはやっぱ悔しいよ」
幸助の答えが納得出来なかったのか、トワは「むむっ?」と難しいことを考えるような顔になってしまう。
「トワにはよくわかんないなぁ。悔しいって、どこからどこまでが範囲内なの? 例えば学校のテストで一位になっても、それって世界で一番じゃないよね? 国中どころか、近くの学校にだって自分より勉強出来る人っているし。満足したいなら、どこかで妥協が必要になってくるってトワは思うんだよね。そうしないと、いつまで経っても悔しさが消えない。分野ごとに一人しか頂点に立てないなら、それ以外の人達は踏み台にしかなれない」
皮肉にも取れるが、表情からそうではないと判断。
「お前、結構面倒臭いこと考えるんだな。そういう風に冷静に考えられる人間なら、もっと違う向き合い方があるんじゃないか? そもそも競わないとか、お前が言ったように妥協点を見つけるとか。俺は馬鹿だから、次はどうやってリガルに勝つかとか、その程度のことしか考えてないよ。その後でリガルより強い奴に出逢ったら、また同じことを考える。勝ちたいって」
トワも真剣に答えを探していたわけではないようで、幸助の回答に「なにそれ」とこぼれるような笑い声を漏らした。
「そんな単純思考で、英雄が務まるのかなぁ?」
なんて、からかうように言う。
幸助は、チャンスだと思った。
今なら、流れとして悪くないだろう。
暴れ出す心臓を意思の力で制御。何気ない話題転換を装う。
「頑張るよ。……ところで、そういうトワはどうして英雄になったんだ?」
彼女は特に不審がることなく応じた。
「え、気になるの? クロ、トワのこと気になって仕方ないのかなぁ?」
「からかうなよ」
幸助はあくまで平常心に見えるよう振る舞った。
トワがグラスを持っていない方の指で毛先を巻き取り、弄ぶ。
「あはは、冗談冗談。教えてもいいけど、先にクロのを教えてよ。恥ずかしい話をさせたいなら、自分から恥ずかしい話を差し出すのだ」
幸助は一瞬迷ってから、頷く。
「俺、前にクウィンに言ったんだ。英雄ってのは民衆の生け贄だって。で、別の知り合いはこう言ってた。英雄は兵を鼓舞し、民を安堵させる存在だって。どっちも間違ってないんだよ。英雄は人間を象徴に押し上げたものだ。だからそれを求める人間の命や心を救う。でも、象徴になっても無敵にはなれない。大体は戦いの途中で死ぬ。だからそれは、人間の“英雄を求める心”に消費されているのと変わらないんだ。一方向からじゃ物事の本質は見えない。綺麗な部分と汚い部分、両方あって一つなんだ。その一つを、自分がどう思うかって話なんだと思う」
「クロは、英雄をどう思うの?」
「俺は別に、どうでも良かった。前世で、どうしようもない失敗を犯したんだ。取り戻せない失敗を。それでも償いたくて、でも俺は無力だった。だから、力が無いなりになんでもしたよ。五年掛けて目的を果たして……それでこの世界に来た。アークレアでは、俺は無力な子供じゃなくなってた。力があった。理由はそれだけじゃないけど、この世界で生きることを決めて、思ったんだよ。もう、取り戻せない失敗は犯したくないって。力で解決出来る問題は、俺にどうにか出来ることは、したいと思った。英雄っていう肩書は、それに都合が良いと思った」
「でも、『どうでも良かった』って過去形だよね?」
「この世界で、大事な人達が出来た。やりたいことをやりきるだけじゃだめなんだ。生きて帰らないと。それに、リガルからアークスバオナの話を聞いて、戦争を他人事とも言えなくなった。今は、必要なものだと思う。多分、俺はその為に転生させられたんだ」
最後の部分に、トワは反応した。
「あはは、変な偶然。出身や歳と誕生日だけじゃなくて、そこも同じなんだ」
「そこ?」
「トワも、決め手はそこなんだよ。ねぇ、クロは思わなかった? この世界に転生させられる人間の条件って、どう考えても『不幸』なだけじゃないよな、って」
それは、考えていたことだ。
同時に、考えても答えが出ないと結論付けたものでもある。
「不幸なだけじゃなくて、別の判断基準や要因があるとは思ったよ。膨大な数の来訪者から情報を集めて傾向を分析でもすれば何か分かるのかもしれないけど」
「そういうさ、研究してる人もいるんだよね。魔導師って言うらしいんだけど、まぁとにかくとある魔導師がこういう仮説を立てたんだ。神は人の世に英雄を与えたいのではないか、って」
幸助としてはそんなことより彼女が英雄をやっている理由を聞きたかったが、話をぶった切る理由も思いつかないのでひとまず付き合うことにする。
「……まぁ、誰でも思いつきそうなものだよな。現に今の時代だとクウィン以外は皆異界出身の英雄だろう。ただそうなると、英雄じゃないステータスの人間は…………って、まさか」
トワはこくんと頷いた。
「そう。つまり『転生させるまで、神様もその人間がどんなステータスを得るのか分からないんじゃないか』って説なんだ。トワたちはさ、ガチャガチャみたいなものなんだよね多分。何かしらのシリーズで統一されているけど、どんなレアリティかは回すまで分からないって具合に。トワやクロは、他の人達と何かが違って、最上級レアリティの景品だったってこと」